第61話 迷い振りかざすエクスカリバーなんて……


 ……その通りだ。


 我は、人殺しの女騎士にすぎないのだ。


 誰もが、我を騎士団長と敬ってくれて、やがて聖剣士リヴァイアという名誉を与えられて。


 聖剣士という称号があっただけにすぎないのだ。



 ……ああ、そうだった。


 我はサロニアム防衛のために、死刑囚に嘘をついた。


 そして、前線で魔物と戦っていた兵士を道連れにして、爆死させてしまった女騎士だった。


 すべてはサロニアムのためで、でも、我はかつて敵対関係にあったグルガガムの、


 木組みの町カズースの田舎娘にすぎなかった。



 そんな我……私は。


 だから、


 騎士たるもの、私情は御法度だと心に誓って生きてきた。


 騎士たるもの、自分はサロニアムの剣として戦い抜く覚悟だった。



 しかし、死なせたことは事実だ。


 見殺しに……。


 許せ。


 どうか……、私を……許してくれ。


 許してくれないだろうか……?



 我、聖剣士リヴァイアを――




       *




「お前だけは、どうしても許せんぞ……ギルガメッシュ」

 相変わらず、土砂降りの大雨が二人を飲み込んでいた。

 聖剣士リヴァイアの上着もスカートもずぶ濡れになっていた。


「ええ! 仰る通りで、聖剣士さま」

 対して向かい合う、魔賊奴ギルガメッシュ。

 彼のセンスの悪いド派手な色のマントもビショビショである。

「聖剣士リヴァイアさま! さあ……戦いますか!」

 大雨に自分の声をかき消されないように、ギルガメッシュは大声でリヴァイアに戦闘を促した。


 いよいよだ!

 リヴァイアのエクスカリバー、ギルガメッシュの終局魔法メテオレミーラがバトルモードになる!


「最後に、冥途の土産に言っておくぞ! ギルガメッシュ―― 我は死ねん。死ねないのだ」

 念を押すように、自分は大海獣リヴァイアサンの毒気で無敵なんだということを、負けるとわかっているのに自分と戦ってもいいのだなと確認をとるリヴァイア。

「承知です!」

 ギルガメッシュは大きく両手を振って問題無いことを知らせた。

 自分が死ぬために、聖剣士と戦って綺麗な最期をとげるために、ギルガメッシュはそのことで頭がいっぱいだ。

 彼の歪んだ恋愛感情が、死んだら治ることを祈ろう……。


 手を振り終えると、ギルガメッシュは両手を重ねてリヴァイアに向ける。

 そして、ごにょごにょと……何やら小声で口を動かして呟き始めた。


 魔法使い特有の口上――呪文を唱え始めたのだ。


「どうやっても死ねない。そうして1000年を生きてきたのだ。我にとって命を奪うことは、数多あまた倒してきた魔物から人間から……。つまり、お前はその内のひとつの命に過ぎないことを理解しているんだな?」

 リヴァイアが言いたいことは、こうだ。


 ギルガメッシュがこれから我に殺されたとしても、我はお前に対して残念とか無常心なんて気持ちを抱くことはない。

 死刑囚カンダタキースを囮にして、味方のサロニアム兵士まで道ずれにして命を奪って生きてきた。

 その結果、サロニアム城は1000年をた今でも健在だ。

 オメガオーディンが何度も再来して襲ってきても、我はそうして数多の命を使って犠牲にしてサロニアム城を“死守”してきたのだ。


 我にとって他人の命は軽い――


 この気持ちが騎士なのだと、聖剣士なのだと、修練仲間のギルガメッシュもまた同じだと言ったのだ。


「……それも承知です!」

 呪文を呟く小声を一旦止めて、ギルガメッシュはまた大きく返事をした。

「そうか、だったら……」

「だったら、ですか? リヴァイア」

「おい! 『さま』が抜けておるぞ! 小賢しい奴めが……イライラするぞ」

 あいつと会話をすると、いつも自分は腹立たしい気持ちにされてしまう。

 リヴァイアが大きく嘆息をついた。そして、


 足を一歩前へと前へと差し出した。敵――ギルガメッシュに向かい、グイっと前進していく。


「……まさか、リヴァイア自らが動かれようとは……焦りましたかな?」

 無敵の強者である聖剣士が先手を取ってくるなんて……珍しかった。

 ここ死者の村――ダンテマ村があるグルガガム大陸の雪深い北海地方の言葉を借りれば、『……明日は雨かしらね』である。

 雪が降り積もることが当たり前の北海地方であるからして、雪ではなく雨が降るなんて珍しい。そういう感じのことわざだ。


 事実、今まさに土砂降りの大雨――


「焦ってはおらぬ……」

 歩みを進めながら、リヴァイアがエクスカリバーを大きく振り上げる。

「おらぬ……ですか? いや、本当は焦っていますよね?」

 切り殺される覚悟のギルガメッシュが、冷静にリヴァイアの語尾に注文をつけた。

「リヴァイアサンの毒気で1000年前に不死になってしまい、不覚にもホーリーアルティメイトの魂まで吸い取られてしまった。その魂がよりにもよって、私――魔賊奴ギルガメッシュの手中しゅちゅうにあるなんて、屈辱そのものって今思っているでしょう? 図星でしょう……」

 1000年前の屈辱が、1000年後に一番めんどくさい相手と戦うことになった。

 どうして聖剣で……こんな奴を切らなきゃいけないんだ。

 ギルガメッシュにはわかっていた。

 また、つまらぬものを……という聖剣士リヴァイアの性格を。

 プライドが傷つくだろうと……彼得意の言葉攻めなのだ。


「ああ……小賢しい」


 そう!

 リヴァイアは焦っていたのだ……。

 でも、ホーリーアルティメイトの魂を奪い取ることの焦りではなかった。

 修練仲間としてロッジで一緒に励んだ間柄の相手、ギルガメッシュ。その相手を殺すなんて。

 これがサロニアム大陸やグルガガム大陸に広まったら、えっ? あの大盗賊と……魔賊奴と一緒に修行していた?

 聖剣士の称号に傷をつけてしまうではないか……。


 だから、ここダンテマ村で死者の村で穏便に始末してしまおう……という、まるで暗殺者があと一発しか放てない状況で失敗するわけにはいかないから……全集中。

 という気持ちが、今の聖剣士リヴァイアの本心なのだ。




 振り上げているリヴァイアの剣――エクスカリバーを見上げるギルガメッシュ。

 すると、

「……剣先がぶれておりますよ」

 と、エクスカリバーの切っ先が右左にチカチカと揺れていることに気がついた。

「否! ぶれてはおらんぞ。これは怒りだ!」

 リヴァイアは否定した。

 事実そうだった。

 焦っているのはここで葬らないと……という気持ちからで、では剣先のそれは何を表現しているのかといえば、魔賊奴ギルガメッシュへの怒り。つまり――

「本当に、お前という奴は小賢しいな……」

 ひっくるめると、こいつめんどくせー相手だ。という鬱陶しいかんからくる嫌悪だった。


「もう死ね! 切るぞ! 行くぞ」

 歩みを早める聖剣士リヴァイア――

 大きく振りかぶっていたエクスカリバーを、ギルガメッシュ向けて一刀両断の勢いで切り殺そうと飛び掛かった!


「……そうですか。怒りですか」

 ギルガメッシュはそう言うと、再び小声で呪文を唱え始めた。

 いや、唱え終わったのである。


 すると――


 明るく……。

 その明るく赤黒い不気味な光が、両手から出現する。

 その不気味な光が、素早くオーラのようにギルガメッシュを包み見込んだ。


 ギュルン!


 聖剣士リヴァイアのエクスカリバーが、終局魔法メテオレミーラの赤黒い光にぶつかり、飲み込まれる。

 なんと! ギルガメッシュは黒魔法を防御に使ったのだった。

「我のエクスカリバー。……それを受け止めた?」

 RPGで例えれば、しかしこの呪文は不思議な力でかき消されたとメッセージされたときの、しまった……魔法使うんじゃなかったという、それこそ焦る気持ち。

 聖剣士リヴァイア――少し驚きを隠せなかった。

「終局魔法で我の剣を受け止めるか?」

 表情には、今度こそ正直な焦りの気持ちが出てしまっていた……。


 あれ? こんなに強かったっけ?


 慌てるリヴァイア、エクスカリバーを光から抜き取る。


 本来――終局魔法メテオレミーラは攻撃魔法である。

 クリスタミディア牢獄塔を破壊して脱獄できたのも、この攻撃魔法あってこそだった。

 それが、ありえない……防御にも使えるのかと。

「ええ、今まさに防御しましたよ」

 光が周囲に拡散して、ギルガメッシュが冷静な口調で姿を現す。

「びっくりですか? 聖剣士なのに」


「今まさに……? 聖剣士……なのに? ケッ!」


 聖剣士が魔賊奴を切れない……。

 否――そんなはずはない。

「やはり、リヴァイアさまは迷いか何か」

 どうして……魔賊奴ごときに、聖剣士が苦戦に持ち込まれなければいけない?

「……」

 リヴァイアは考える――

 ギルガメッシュが強くなった……どうして?


 我が修練仲間だったからか……。

 その通りだ。正解だ。


 中ボス級の強さになっていたギルガメッシュ――


「差し当たり、私を殺しがたいと?」

「こ……殺しがたいと。何を言う?」

 今これから、我も力いっぱい本気を出して戦おうと覚悟しようとした矢先に、本当に小賢しいギルガメッシュ。

 また、ぬけぬけといちいちとかんに障ることを言ってくるものだから、

「いい加減にしろよ……」

 聖剣士リヴァイアが、とうとうダメージ限界突破! 本気モードになる!!

「いいえ、加減しません!」

 周囲に拡散させていた終局魔法メテオレミーラの光を、


 グイッ!


 ギルガメッシュは両手の手の平を合わせて、引き寄せる。集結させる。

「この程度だったのですか? 聖剣士リヴァイアのエクスカリバー」

「わ……我がこの程度?」


 屈辱だった――


「……それこそ、何を言う?」

「迷い振りかざすエクスカリバーなんて……哀しいですね」

「哀しい? ほざくな!」

 カチーン……

 リヴァイアの頭の中で、目の前の敵――ギルガメッシュへの怒りの感情が、ズキズキと神経にうずき出す。

 もう考えるのは、よそう……。

 聖剣士のスキルをもってすれば、力攻めでも倒せる相手であることは変わりない。

「今度は必ず……、お前の頭を」

 エクスカリバーを両手で握り直して、剣先をギルガメッシュの頭部に合わせる。

「そうですか……」

「ああ、そうだぞ」

「そうですか……」


「だから、そうだぞって言ってるだろうが!」


 剣先は今度はぶれていない。

 修練仲間として鍛えた結果、ギルガメッシュのレベルがアップしたのだとしても、それならなおのこと、戦い相手として戦いがいのある相手になったのだと思えばいい。

 それだけだ……。

 そう考えればいいだけだ。


 もう、死者の村で穏便に仕留めようという気持ちを捨てて、世界中のどこに行ってでも魔賊奴ギルガメッシュを倒さなければいけない――

 

 聖剣士リヴァイアの1000年を戦い抜いてきた女騎士のプライド。


 自分はずっと命を奪ってきた騎士なのだから、何を今更ためらうことがあろうか。

 そう覚悟を決めるリヴァイアである。


「私はこれでも、あなたの修行仲間として……」

 両手に終局魔法メテオレミーラの光を集結させたまま、軽い口調でギルガメッシュが話しかけてくる。

「それがどうした?」

 安く見られたもんだと……リヴァイアはエクスカリバーの握りに力を一層込めて返した。

「どうしたも、あなたの気持ちが今よくわかると」

「それこそ、ほざくな!」


「私は、あなたリヴァイアの焦る気持ちが」

「だから、さまをつけろ!」



 その時――



『やっちゃいなって、リヴァイア――』


 誰だ?

 心の中に自分に話しかけてくる声が聞こえる。


『簡単! 殺せばいいんだからね。殺せば簡単にケリがついて……』


 誰だ?

 聞き覚えのある声だと、リヴァイアは思い出す。


『ホーリーアルティメイトも、“最後の聖剣ホーリーアルティメイト”になれるんだからさ!』


 この声……。

 ああ、そういうことか。


 また現れたのだな。





 続く


 この物語はフィクションです。

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