第60話 許せんのだぞ。でも、それを……今、許してやろうと思う。


 今から1000年前――


 聖剣士リヴァイアが、サロニアム第4騎士団長としてオメガオーディンとの戦っていた頃の物語から始めよう。


 それにしても……。

 どうして異世界では、魔物やラスボスと戦わなければいけないのだろう?

 主人公が現在から異世界に転生する物語は数多あまたあるけれど、そのほとんどが転生したら戦う運命を背負っている。

 戦いのない異世界というものがあるはずで、こっちのほうが世界の数は多いのかもしれない。

 でも、転生したらやっぱり戦わなければいけないのがラノベの常か?


 逃げちゃだめだ……


 主人公が戦わなければ、物語は始まらないし終わらない。

 それがラノベというものだと教わってはいないけれど、異世界についたらラブコメでした……という話はあるのかないのか?

 ラブコメだったら、現実の世界のほうが面白いのかもしれない。

 そうではない異世界ラブコメもあるのかもしれない。


 とにかく、まだ聖剣士ではない第4騎士団長リヴァイアの物語を始めよう――




       *




 死闘――

 

 サロニアムは砂漠の首都である。

 だから、サロニアム・キャピタルの城の周囲には砂地しか見当たらない。

 ところどころに枯れた木々がちらほら。黒い岩肌がむき出しに見えていて、とにかく城からの見晴らしはとても良い。

 海原ではなく砂漠が好きな人々からすれば、好条件な物件の城であることは保障する……。

 

 だが今は、オメガオーディンとの戦乱の世。

 周囲の砂漠の上では、人間と魔物が入り乱れて死闘を繰り広げている。

 黒い煙がそこらで立ち昇っている。

 肉の焦げた匂いが悪臭を放ち、これが潮騒であれば申し分ない観光気分を味わえるところなのだけれど、そうはいかないのが戦乱だ。

 剣を振る音が聴こえる。それを盾で弾いている鈍い音も聴こえる。

 弓矢が雨のごとく降っている。


 赤や黄色、それに青や黒の光、魔法使いが放つ攻撃魔法が砂漠を覆う砂嵐から発せられる雷のように光を放つ。すると光の色と色とが瞬間的に混ざり合って、まるでライブハウスの中の踊り狂っている上で光る光源のように異様な光景を生み出している。


 異世界らしいと言ったらそうであるけれど、異世界の戦だから見ることができる剣と魔法の場面そのものだ。




 サロニアム城下の白いテントの中――


「リヴァイア殿、到着したとの報告が……」

 入口の布をたくし上げる男の兵士が、しぶしぶと声を出す。

「そうか……。わかった」

 やっと来たか……。

 という待ちぼうけから解放された感で、大きく深呼吸をして返事するのはリヴァイア――サロニアム第4騎士団長のリヴァイア・レ・クリスタリアである。


「……あ、あのう」


 入口に立つ兵士が一歩中へと入って直立すると、弱気な小声でリヴァイアに口籠ってしまう。

 この兵士は位は高くない。一兵卒の伝令クラスの兵隊だ。

 武器も、RPGの冒険最初の装備品のような『どうのつるぎ』みたいな安物の武器を、腰に下げているだけだ。

 どう見ても、その武器じゃすぐやられるんじゃね?

 とてもソルジャー向きではない兵士である。


「なんだ?」

 リヴァイアは腰掛けていた騎士団長の椅子から立ち上がるなり、入口に立つ彼に軽く聞いた。

「……本当に会うのですか?」

「当然だ」

「しかし……」

「なんだ? 問題でもあるのか?」

 騎士団長の自分に、どうして伝令クラスのお前に念を押されなければならないんだ?

 リヴァイアは少し怪訝な表情を作ると、キッと彼を睨んだ。


「その……、相手は……その本当に会うのですか?」

 空気読めって。言われたとおりにすりゃいいんだから……。

 それでも兵士は伺ってくるのだった。

 だから、

「ふん!」

 リヴァイアは憤怒した。

 といっても騎士団長として、火山が爆発するような癇癪ではなく、身分相応な淑女としての品格を忘れてはいない。

 少しだけ鼻息を荒くしただけである。

「……それくらい知っている。だから会う。それが何かと」

「しかし」

「だから、くどいぞ!」

 リヴァイアは地面の石肌に剣を突いて兵士を脅した。

 さやに入れたままのこじりの先を……である。

 その剣というのは、勿論、後の聖剣士リヴァイアの聖剣のそれである。


『聖剣エクスカリバー』


 元名は、『ホーリーアルティメイト』である。

 クリスタリア家に代々伝わってきた最後の聖剣、その正体を隠したものが聖剣エクスカリバー。

 現在、聖剣たらしめるエネルギーはレイスとルンに託した『混血の聖剣ブラッドソード』にあるから、正確には元聖剣――それでも最強クラスの剣である。


 1000年前の第4騎士団長リヴァイアが振るそれは、まさしく聖剣そのものである。


「……は、はっ」

 兵士は慌て敬礼した。

 このまま騎士団長を怒らせては、自分が聖剣エクスカリバーで切られてしまうと恐れたからだ。

「おい! よく聞け」

「……は、はっ!」

 敬礼の姿のまま硬直している兵士――

 その姿を下から上まで一通り見終えてから、リヴァイアはもう一度深呼吸をする。

「……いいから、なおれ」

 リヴァイアは声の口調を優しく変えた。

 兵士は敬礼していた右手を下してから、両手を後ろに組んで小さく息を吐く。


「……いいか。第4騎士団長リヴァイアとして、この作戦を立案したことは知っているな」

 聖剣エクスカリバーの先に着いた土を払いながら、リヴァイアが言う。続けて、

「戦況は一向に好転しない。その原因をこの数日徹底的に分析したのだ。戦略会議のことだ……」

「……それは、作戦参謀も他の騎士団長も参加した戦略会議を言ったことを、兵士は皆知っております」

 兵士は声を真っ直ぐにして答えた。

「その戦況不利の原因が、ようやくわかったんだぞ」

 するとリヴァイアは、テントの窓の外を指さした。

 そして、大声で――

「あの大橋だ! 大渓谷をまたいだあの大橋を、魔物に占領されていることが原因だ!」

「し……承知しております」

 少しビビりながら、兵士はリヴァイアの指さすテントの窓の向こうを覗いた。


 窓の向こうには大きな陸橋があった。

 大川の橋ではない。大渓谷をまたぐ陸の橋だ。

 下には何があるのか、まったく暗黒で確かめることができない。

 兵士は皆、戦況が不利に運んでしまっている原因を感じていた。いや理解していた。

 そもそも第4騎士団がここに駐留している理由、駐留が長引いている理由は、すべてあの大渓谷の大橋にあることをだ。


「あの大渓谷の向こう――『旧都ゾゴルフレア』、その街と交易を重ねてきた『岩塩鉱の街ウォルシェ』からの援軍も補給物資も、あいつら魔物がとうせんぼしているために、だから何も届かぬ!」

 眉間を寄せて、大橋に多くいる魔物を睨んでリヴァイアは大声を出す。

「はい……承知であります!」

 その言葉に、兵士はすかさず返した。


 また、リヴァイアは大きく深呼吸をする。

「……属地の港町アルテクロスからの援軍も、大海沿いに向かってきているというではないか。魔法電文ではすでに……あの幻の……なんだった?」

 ふと言葉が思い出せないリヴァイア。

 視線を上にあげて記憶を探り出した。

「蜃気楼の港町トモン……です」

 ナイスフォロー! 兵士が即答だ。

「そ、そう……トモン!」

 視線を大橋へと戻すリヴァイア――

「蜃気楼という噂は知っておるが、その存在を発見するすべはアルテクロスの者しか知らないという……だったか?」

 詳しくは思い出せなかった様子である。

「……はっ! かつてアルテクロスがサロニアムと敵対していた時に、築いたという砦を兼ねた要塞だと……」

 またもナイスフォローである。

「要塞か……」

 戦の世に生まれた自分、かつてグルガガムとサロニアムが交戦していたときに、リヴァイアは飛空艇に密航してサロニアムの敵地に逃げ延びたことがあった。

 グルガガムの劣勢は明らかだったから……両親は自分を生き延びさせようと飛空艇の木箱の中に隠したっけ?

 それから、修道士見習いとして新しい自分の人生が始まったっけ?

 リヴァイアは要塞という言葉を聞いて、自分の生い立ちもまた戦に翻弄されているのだと辟易する。


「安息のアルテクロス島から良質の塩――食料が運ばれてくるみたいでして、前線基地とした役割があったらしく」

 兵士は補足を加えた。

「……うん」

 リヴァイアは郷愁の故郷――木組みの街カズースの頃の自分を思い出そうとしていたことに気がついてから、

「……ああ、そうか」

 今は戦乱の世、それもサロニアム第4騎士団長としての自分の責務を思い出して、脳裏から郷愁を振り払う。

「そのアルテクロスも今はサロニアムと共に戦ってくれている! 頼もしいことだ。しかし、トモンからの援軍も補給もなにもかも、あの……」

 自分は騎士団長だ――

 だから、使命を果たさなければいけない。

「あの大渓谷にたむろする魔物共を倒さなければ、とくに大橋の向こう側の中ボスぞろいの魔獣を殲滅しなくては、仲間はあそこを越えてサロニアムのここには参戦できぬのだ」

 リヴァイアは本気だった――


「いいから会わせろ。これは命令だ」


「め……は! では、呼んできます」




       *




「連れてきました!」

 兵士が、一人の男を連れてきた。

 乱暴に男の脇を握りしめながら、反対の手でリヴァイアに敬礼する。


「……お前が、カンダタキースだな?」


 リヴァイアは男の真正面に立ち、男に蔑んだ視線を向けて言う。

「……ああ」

 男は小さく頷いた。

「わかっているとは思うが、お前はすでに」


「死刑――」


 カンダタキースは、小声でボソッと呟いた。

「そうだ」

 リヴァイアが会いたかった相手は、カンダタキースという死刑囚だった。

「お前はサロニアムの古代魔法の図書館に通っていた多くの幼い子供達を、かたっぱしからナイフで殺害した。惨殺した……その罪は死刑にあたいするのだ。間違いないな?」

 リヴァイアはカンダタキースに確認する。


「……」


「こら! 返事をせんか」

 兵士が無言でそっぽむくカンダタキースの腕を強くする。


「……」


 それでも、カンダタキースは返事をすることなく不貞腐れた表情を見せた。

「かまわん……これくらい」

 リヴァイアは兵士を諭してから、

「端的に話を進めようか。今、ここに……第4騎士団長として、カンダタキースの死刑判決を取り消す。これは法神官ダンテマからの恩赦状だ……」

 テーブルの上に置いていた恩赦状を手に取ると、その文面をカンダタキースに見せた。


 カンダタキース、その恩赦状を前かがみになってじっくりと読んだ。


「俺、死刑には……ならないって?」

 読み終えてから、姿勢を上げリヴァイアに顔を向ける。

「ああ、そうだ」

 リヴァイアもカンダタキースの両目に視線を向ける。

「この魔物との戦いの最中に刑の執行なんてできんからな……。それに、サロニアム防衛のために、たとえ死刑囚であっても戦に加わってくれ……。というのがサロニアム王の率直な気持ちなのだ」



「……で、お前……カンダタキースに第4騎士団長リヴァイアから勅命を下す!」



「ちょくめい?」

 カンダタキースが聞きなれない言葉に、首を傾げた。

「要は命令だ!」

 それを察したリヴァイアがわかりやすく言い直して、

「この弾薬の木箱をあの大渓谷の谷向うで戦う兵士達に持って行ってほしいのだ。お前は逃げ足だけは早かったと報告が上がっている。古代魔法の時も捕まえるのに数か月もかかったと聞く。だからお前の足ならば、あの激戦地にいち早く弾薬を持って行ってくれるだろう」

 任務内容をカンダタキースに伝えた。


 しばらく考え込むカンダタキース――

「……あの? これを谷向うに持っていくだけで死刑にはならないんですか」

 自分は子供達を多く殺害したのに、こんな単調な任務だけで死刑を免除されるなんて本当なのかと?

 髪の毛を掻いてから、彼は自分の恩赦を尋ねるのだった。

「ああ……保障する」

 リヴァイアは何度も頷いた。

 口角を上げて、彼にお前なら簡単な任務だろ? という表情を見せた。

「お、お安い御用です」

「そうか……頼もしいな。では、早速任務に取り掛かれ!」

「……はい! 第4騎士団長のリヴァイアさま」


「まあ……、それはいいとして。われが許せんのはな」

 リヴァイアはカンダタキースに見せた安堵な顔を元の騎士の顔に戻すと、彼の肩に手を乗せた。

「もちろん、子供達を殺めたこともそうではあるのだが、もっとも許せないのはな――」

 乗せた肩から手を離すと、リヴァイアはカンダタキースの周りをゆっくりと歩き始めた。

「……はい」

 カンダタキースはリヴァイアの歩く姿を目で追いながら返事する。


「かつて、お前はサロニアム城の国旗に黒いシミをつけただろう? それが許せんのだ」

 彼の後ろまで歩いてから、リヴァイアは歩みを止めた。


「……ああ、思い出しました」

「サロニアムの国旗は青紫色をベースにした紋章を中央にあしらっておる。その……よりにもよって中央の紋章部分に、カンダタキースよ……お前は黒いシミをチョンとつけて、逃げ切ったな?」

「……それが?」


「ケッ!」


 リヴァイアは彼の後姿を睨んで舌打ちしてから、

「……弱っちいお前は愚かだ。いいか……お前もサロニアムの住人だろう? そのお前が住んでいるこのサロニアム……、いくらか気に入らない政治もあっただろう。境遇もあっただろう?」

 カンダタキースへ“罪状”を告げる。

「しかしな……。それでもサロニアムは住人の気持ちあっての世界の首都ではないのか? いいか……。かつての大干ばつで人々が飢饉に苦しんだとき。今のサロニアム王――あの次期王子が即位したときに、どれほどの恩給を人々にお与えになった? 覚えているのか?」


「……覚えていませんが」

 カンダタキースは後ろに立つリヴァイアに正直に答えた。


 その言葉にリヴァイアは動じない。

 もとは大悪人のカンダタキース――

 悪行の数々を行ってきただろうこいつにとっては、数ある罪の内の1つなのだろうと……リヴァイアは呆れていたのだから。


「所得の有無などまったく考慮することなく、サロニアム王は『民のかまどに煙が立っていないことは、すなわち、我が王になった故の使命である。それは下々しもじもが――貧民街の者達も含めて、世界の首都としてのメンツのためにも、我は王として皆に平等に恩給を与えたいと思う』――事実そうなさってくれた」


「……はあ」

 カンダタキースは軽くそう返すだけだった。

 自分にとっては、なんでそんなことで起こっているんだ?

 さすが死刑囚にもなるだけあって、変に肝が据わっている。

「その恩を、よりにもよって国旗へ付けた黒いシミで、仇で返したお前は、どうしても死刑にしたいのだぞ。どうしても――」

 こいつを、この腰に提げている聖剣エクスカリバーで切り刻んでやりたい……。


 リヴァイアの本音だった。


「……」

 リヴァイアが数秒無言になりカンダタキースを睨んだ。

「……お前にとっては、たかがチョンとつけた黒いシミだろう。けれどな――我は騎士団長としてずっとサロニアムの次期王子のそばにいた者として、どうしてもお前の犯した本当の罪を許せんのだ。許せんのだぞ。でも、それを……今、許してやろうと思う」


 リヴァイアは、大きく深呼吸する――


「……あ、あり……どうもです」

 一方のカンダタキースは淡々としていて、軽く頭を下げるだけだった。

 そして、

 大渓谷の大橋へと木箱を両手で抱えて、カンダタキースは走って行った――




 その数十分後、


 大渓谷に掛かる大橋の向こうで、大きな爆発が見えた――




「リヴァイア殿! どうやら」

 兵士がテントの中に入って来た。

 敬礼も忘れてだった。

「ああ、作戦は成功したみたいだな。カンダタキースの自爆作戦が――」

 リヴァイアは騎士団長の椅子に腰掛けて、兵士を見ることもなく、テーブルの上の書類に目を通しながら……口角を上げる。

「どうせ死刑の囚人だ。これで刑を執行することができたんだぞ。清々した――」

 と……安堵感たっぷりな表情で本音を吐露するリヴァイア。

 それから手に持っていた恩赦状を一通り読み終えると、蔑んだ視線で文面を見つめる。

「ダンテマ……あんた、やっぱり底意地が悪いな」

 と自分の夫へ皮肉を呟き、恩赦状を破って地面へと踏んづけたのだった。


 許せ――


 サロニアムの前線兵士よ。

 死守することが、我ら第4騎士団のサロニアム王からの命令なのだ。

 リヴァイアは作戦遂行のために、犠牲になってしまった戦友達に心の中で許しを乞うた……。



 無論、死刑囚カンダタキースへの慈悲な心なんてものは、これっぽっちも無く。





 続く


 この物語は、フィクションです。

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