第67話 ところで、このスイッチをオンにするのかしないのか……どっちなんだ?(初回最終話)
ダンテマ村から更に東に進むと、聖都リヴァイア・レ・クリスタリアがある。
その名の通り……である。
どうして聖剣士リヴァイアのフルネームが、都の名前になっているのか?
それは、リヴァイア自身の口から話すことになるだろう。
誰でも、気になるフルネームの都――それも聖なる都。
聖都の入り口の門――
そこからずっと離れた場所に、万年雪へ続く山道がある。
山道の緩やかな斜面に停泊しているのが、飛空艇ノーチラスセブンだ。
……停泊?
違った……強制的停泊。つまり不時着だ。
どうして不時着しているのかといえば、勿論、いつもの……お約束の、
飛空艇の故障――
緩やかな斜面から見える景色は格別である。
聖都というだけあって、門構えは勿論のこと立派な
まるで、フランスはパリの凱旋門のように巨石を積み重ねて建てられている。
門は外壁で囲まれていて、その向こうに街がある。
所々に塔がそびえている。
大帝城サロニアム・キャピタルの城も周辺にも、聖都と同じように高い高い塔が建っていたけれど、ここも同じように何本も何本も塔がそびえている。
塔の最上階なんて、北海の突風に当たって揺れるんじゃないか? 食事とか就寝とか大丈夫なのかな?
……こんな旅人の余計な心配なんて、それこそ余計なのかもしれない。
門構えと同じく、塔も頑丈な石を積み重ねて造られている。
とにかく、城塞都市のような街全体をすっぽりと防御している感じの街ではなく、ただ単に、それぞれの建物が頑丈に造られているだけの聖都の冠に相応しい街なのだ。
ずっとここから、都を万年雪の山脈を眺めていたい……。
木組みの街カズースの温泉街といい、グルガガム大陸はどうしてこうも……ワールドレガシーな名所が多いのか?
サロニアム大陸の名物なんて、飛空艇の燃料にもなる良質の塩と、飛空艇から眺める砂漠の風景とサンドウォームのウオッチングくらいだ。
あと、大渓谷を越えた旧都である『忘却の都ゾゴルフレア・シティー』と『中立都市オードール砦灯台』の観光。『岩塩鉱の街ウォルシェ』の洞窟探検。
港町アルテクロスと『蜃気楼の港町トモン』の海水浴もあるけれど、アルテクロスの住人からすればサロニアムと同一に見ないでほしい……とかなんとか。
ちょっとだけ文化圏が違うか……。
一方、グルガガム大陸は魔法列車ですべて繋がっているから、文化もほぼ同じ。
内海近くの魔法都市アムルルも、城塞都市グルガガムと同盟を組む間柄だから――
こんな観光気分を味わっている場合じゃなかった……。
毎度おなじみ、飛空艇ノーチラスセブンの故障である。
デッキに集まる四人――レイス、ルン、アリア、イレーヌ。
ところで、この物語で飛空艇が故障するのは……何回目だっけ?
*
「……ねえ? このスイッチ押せばいいのかな?」
レイスが恐る恐る……目の前のスイッチを押そうと指を出した。
「おい、レイスって! やめい! 勝手に押そうとするなって」
それをルンが慌てて両手で止める。
「え? これ押しちゃいけない……やつ?」
「レイスって! このスイッチ押せば飛空艇が直るかどうかがわからないから……俺達は考えてんだぞ」
彼女の手を掃い、両手に腰を当てるルンが呆れる。
「そうですよ……レイスさん。ここはレイスさんじゃなくて、整備士のルン君に任せましょうね」
彼の隣に立っているアリア。
相変わらずの天然ぶりだ。「レイスさんじゃなくって」と余計な一言をつける。
それも、レイスの真ん前でだ。
「あ……あたしもそう思う。レイス。ここは整備士のルンに任せよう……な?」
イレーヌが三人の後ろから歩み寄ってくる。
右手にはいつも所持する武器――魔銃を提げながらだ。
「……ちょい? ちょっと! 整備士整備士って、私も飛空艇の整備士です~」
レイスが頬を膨らませた。
ちょっとムカついたのだ。
「それは、わかってるって……」
ルンが彼女の背中を摩って、どーどーと宥めた。
「でもな……レイス。だからって勝手にスイッチを押そうなんて思うなって。俺に一声かけてからさ――」
「かけてから、押していいんだね。ルン♡」
両目に星をキラキラ輝かせるレイス。
そんなにスイッチを押すことの、何が嬉しいのか。
「……いや、よくないぞ。レイス」
ルンが、首を大きく左右に振って否定する。
「レイスが押すと……もっと故障するかもしれないからな」
「なにそれ……? ルン……誰が押しても同じでしょ」
理屈で考えれば当然の結果だ。
「ルン君、全く説明になっていませんって――」
「そうだぞ……ルン。ここはレイスに謝ろうな」
アリアとイレーヌが揃って、うんうんと
「……って。なんでレイスに謝らなきゃいけないんだ?」
ルンが飛空艇仲間の“女子軍団”三人を見まわして焦った。
「そーよ! ルンは私に謝ってね」
「そーですよ! ルン君」
「ルン……ここは男子として立派に」
「男子としてって、意味が分からんぞ……」
「ルン……。男子としてリーダーの私に謝りなさい」
「だから! なんでだって?」
「リーダーだからです~」
少し厭味ったらしく言ったのは、日頃の
レイスがまたも頬を膨らませる。
「……レ、レイス?」
女子軍団の威勢に、たじたじになるルンだった。
すると、
「……ふふっ! 冗談よ。ルン」
「そーですよ! ルン君」
「あたしたちの冗談を真に受けるなって……ルンよ」
レイスとアリア、そしてイレーヌがお互いを見合いながら唇を緩くする。
……これって、女子特有の言葉攻めですよね?
ルンよ……ここは男子として言い返してやる?
「は……ははっ。なんだそれ……」
と思ったら、ルンは頬を赤らめて微笑んでしまう。
四人が一斉に大笑いしてしまう――
場所は飛空艇のデッキだ。
いつものように、お約束の場面。
飛空艇の修理をしているのは、操縦士兼整備士のルン。
……と、整備士で自称リーダーのレイス。
この二人、スイッチを押すか押さないかで
いつものように……。
アリアとイレーヌも、
そんな中で――
「リヴァイア……遅いね」
突然、思い出したレイス。リヴァイアの名前を呟いた。
すると、彼女の隣でスパナを握りながら作業を進めているルン。
「俺達が聖都に早く着いちゃったんだから……。しょうがないだろ」
「そうですよ……レイスさん。ここは気長に待ちましょうね」
「そうだぞ、レイス。聖剣士さまは今もギルガメッシュと戦っているのだから。それに、あたし達は待つことしかできないから」
アリアとイレーヌが、二人の後ろからレイスの心配事を和らげてあげようと話しかけてくれた。
「そ、そうだけれど……」
数回ほど頷くレイス。
「……そういえば、ダンテマ様と母様……クリスタ王女さまは?」
「ダンテマ様とクリスタ王女も、とっくの昔に魔法列車で聖都に到着しているはずだな」
スパナを握る手を止めずに、レイスに顔を向けることなくルンが法神官ダンテマと彼女の実母――クリスタ王女の所在を察する。
「お二人は、先に
アリアが背伸びして、聖都の大門を見つめて言った。
「信心深い聖都のお偉いさんに、話しておくことがあるんだろうな」
イレーヌもゆっくりと立ち上がる。
同じように大門を見つめる。
「そっか……。ねえ、ルン? 何を話に行ったのかな?」
レイスは、忙しそうに作業しているルンにそっと聞いてみた。
「たぶん、入国の手続きとかグルガガム大陸の南東部の情報とか、そんなところだろ? ……まあ、俺達は俺達でリヴァイアが来る前に、ちゃんと……」
スパナを握る手に力を込めるルン。
「……ちゃんと、それまでに飛空艇の修理を終えないとな」
「そだね……。なんてったってアルテクロスの王女だもんね。ワールドマップで考えれば、最西端から最東端まで王族が旅してきたんだもんね。よく考えれば……、大事だよね……」
レイスがルンの両手に自分の両手を上に重ねる。
重ねてスパナを一緒に力強く回すのだった。
「ふぅ……。これでなんとか」
腕で額の汗を拭うルン。
「んでさ、このスイッチどうするの……ルン?」
再び、レイスがスイッチを押すのかどうかを尋ねてくる。
「……正直。わからん」
「わからんって……あんたって整備士じゃね」
「……レイスよ。そういうお前も整備士じゃね」
「それこそ、なにそれ? 責任転嫁って……」
ルンが腕を
彼の自暴自棄になった姿に、たまらず……というか呆れてレイスも腕を竦めてしまう。
*
「ならば、
「……え? リヴァイア?」
「……いたのか。リヴァイア!」
レイスとルンが声が聞こえた方、真後ろに同時に振り替えると、そこに立っていたのは聖剣士リヴァイアだ。
「……いや。さっきから……ずっと後ろにいたぞ」
みんなを驚かせてやろうとも思っていなかった。
普通に飛空艇のデッキに立っていただけなのに。
頬を指で触りながら、リヴァイアが少し照れている……。
「リヴァイアさん? ギルガメッシュは……どうしたんですか?」
「リヴァイアさま! 殺したのですか?」
聖都の大門を眺めていたアリアとイレーヌも、彼女の存在にまったく気がつかなかった。
二人も慌てて後ろを振り返る。
「否――しょっぴいた」
「しょっぴい……どゆこと? リヴァイア」
ギルガメッシュを殺していない? しょっぴいたってことは、殺していないってことだよね?
なんか聞いていた話と違う……。
レイスは、レイスだけではなくルンもアリアとイレーヌも、当然同じような疑問を持っていた。
「サロニアムまで連行したということだ。我はサロニアムには瞬間移動できるから……。我の拠点がサロニアムだからな。また脱獄するようであれば、いつでも戻って捉えることになるだろう……」
聖剣士リヴァイアのサロニアムへの瞬間移動は、RPGで例えればセーブポイントのようなシステムです。
空飛ぶ魔法を使って、街に舞い戻る感じだと思ってください。
「そっか……殺さなかったんだ。そうなんだ……」
あっさりと納得するレイスだ。
宿敵を殺さなかったことが、聖剣士らしい……なんて思ってはいない。
敵を殺すことで『聖剣士』という称号を貰っているのだから、何度も敵を殺してきたはず。
それくらいレイスも理解している。
「殺したほうが……よかったか?」
「そ……そんなこと。私はわから……ないって」
私に殺す殺さないなんて、判断できないって!
リヴァイアからのぶっきらぼうな質問に、レイスはたじろいだ。
……のも束の間で、レイスがリヴァイアの顔を見上げてとある異常に気がつく!
「リ……リヴァイア! その眼の上……頭のガーゼ! どうしたの??」
聖剣士リヴァイアの頭の右側には、白いガーゼが当てられていた。
「これか……問題無い」
「問題無いって、深手じゃないの!」
駆け寄るレイス。
心配そうに、頭のガーゼをいろんな角度から見入る。
「だから問題無いぞ……」
「問題無いって……。痛みとか……は?」
ガーゼの上から優しく
「じきに治るぞ……。しばらくすれば傷も癒えるだろう……。大丈夫だ」
その彼女の手をリヴァイアは掴んで止める。
「……そうなの」
「……すまない。レイス」
リヴァイアが少しだけ顔を俯かせた。
「それにルン。アリアとイレーヌ。我も聖剣士となって1000年――すっかり劣化してしまった。このザマだ」
聖剣士ともあろう聖者が、傷を負ってしまった。
悔しいという気持ちが無かったといえば、あった。
しかし、悔しさよりも……。
なによりレイス達にこのザマを見せることが、一番辛い。
「ううん……。リヴァイアが生きて帰ってきたことが、私は嬉しい」
レイスはリヴァイアの手を、逆に握り返して励ました。
両目はうっすらと濡れている……。
「は……はははっ」
突如、リヴァイアが大笑いする?
「……あの、リヴァイア?」
「あははっ! レ……レイスよ……。思い出せ! 我は死なぬ。死ぬことはできないのだぞ」
「あ……ああ。そうだった」
忘れてた……。
レイスは袖で自分の濡れた目を拭った。
「我は1000年を生きてきた伝説の女騎士――聖剣士リヴァイア……だぞ」
自分で自分のことを“伝説”と言い切るリヴァイア。
これ、聖剣士流のあるあるトークである。
(仲間に心配されたのは、久しぶりだな――)
心の内では、こんなことを呟いていた。
永遠に近い時間を生きぬいてきて、レイス達に出会えたことは不幸中の幸いなのか?
否、なのかもしれないと……思ったほうがいい。
「ところで? このスイッチをオンにするのかしないのか……どっちなんだ?」
大笑いから真顔に戻すリヴァイアが尋ねる。
「それを……今話し合っているところなのよ」
レイスが返した。
「俺は、正直言ってわからんな……」
ルンは両手を後頭部に当てて、視線を空に向ける。
「わたしもです」
「あたしも……同じく」
アリアとイレーヌも、お互いを見つめてからお手上げ状態だと返事した。
「……」
皆の意見? を聞いたリヴァイアがしばらく考え込む。
「じゃあ、我が決断しよう。ぽちっとな!」
リヴァイアが押した……。
押しちゃった。
「もう! リヴァイアが押したって!!」
「どうなるんだ……」
「どうなるのでしょうね……」
「あたしにはさっぱり……」
「我は聖剣士リヴァイアだぞ! まあ、元聖剣士ではあるが……だからといって戦う時の覚悟は同じだ」
「もう! リヴァイアって! 戦うって何よ!」
「このスイッチを押した後の……
しばらく考え込む?
本当に考えた?
リヴァイア、なんにも考えてなかったでしょ??
それに自分で顛末って言っちゃってるし……。
「くくっ! あははっ!!!」
何故か、腹を抱えてリヴァイアが大笑いする。
聖剣士リヴァイアが笑う。笑う。
大笑いする。
「さあ、これからどうなるのか。我は楽しみだぞ!!」
ですって……
第八章
初回最終話 終わり
この物語はフィクションです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます