第71話 知っているも何にもなあ……くくっ。


「ねえ? リヴァイア……外海そとうみって言ったよね」

 レイスが外海という言葉が気になり、尋ねてきた。

「ああ……外海と言った」

 冷静さを取り戻したリヴァイアが頷く。

「私ね……港町アルテクロスのスラム育ちのころから、ずっと外海しかみたことがないんだ」

「そうか……」

「うん……」


 この世界には3つの大陸がある。

 西にあるサロニアム大陸、そのすぐ東のグルガガム大陸、そして、両者の下にあるのがゴールドミッドル大陸だ。

 その3つの大陸の中心に内海うちうみがある。

 港町アルテクロスは、サロニアム大陸で最西端にある。

 内海からは遥か遠い外海の幸と共にくらしてきた街なのだ。

 

「俺はあるぞ! 内海を」

 誇らしげに自分の胸に手を当てながら、ルンが自慢する。

「ルン君、それってゴールドミッドルから飛空艇で強制送還された話でしょ」

「勝手に異国まで飛空艇で行ってしまったという興味本位な行動の末に……だったっけ?」

 アリアとイレーヌがくすくすと身を寄せ笑った。


「笑うなって……」


 ぷんすかと……、ああそうです。

 強制送還されたんです……とほっぺたを膨らませるルン。

 自慢するんじゃなかったと、話に乗っかるんじゃなかったと失敗。


「レイスさん。私の故郷の魔法都市アムルルは内海に面していますよ。だから私内海は見たことがあります」

「そうなんだ……なんかいいな~」

 羨ましいそうにアリアの顔を見つめるレイス……。

「いや全然よくないぞ! レイス」

 そこへ、イレーヌが待ったをかけてきた。

「内海はな……かつては穏やかな海だったと聞くけれど、あたしが物心ついたくらいには、すっかりと荒れ狂う海に変貌してしまった」

「そうなんだ……。なんだか怖い海なのかな?」

 自分がイメージしていた内海の景色とはずいぶんと真逆な話をされて、レイスの表情が少しだけ曇ってしまう。


海蜘蛛うみぐもだ……」

 リヴァイアが呟いた。


「海蜘蛛?」

 レイスが尋ねる。

「そうだ……あいつが内海を縄張りにしてから数百年か? すっかり内海は荒れ狂う難波なんぱな海になってしまたな……。懐かしいな……オードールやアムルルの街の海蜘蛛との攻防戦が」

「オードールやアムルルの攻防戦? いま……オードールってリヴァイア」

 またまた、レイスが聞きなれないキーワードに反応した。

「ああ、言ったぞ。それがどうした?」

「オードールって、サロニアム大陸の南西端の中立都市――オードール砦灯台のことだよね?」

「中立都市オードール砦灯台? 今はそういう名称だったな」

 空を見上げるリヴァイア――

「そうか……そうだったな。あははっ」


 リヴァイアが大きく高笑いしてしまう。


 それを横から見つめるレイスは、

「何がそんなにおかしいの……リヴァイア?」

「いや、これは失敬だな……」


 疑問に思っているレイス、その顔を見ると木箱の隣に座るリヴァイアは喉を唸らせた。


「……いいか、レイス? オードールはな……1000年前はサロニアム・キャピタルの同盟国だったぞ」

「そうなの? あのオードールが同盟国だったんだ」

「え? あの中立都市オードールが……昔はサロニアムと仲良しだったのか」

 スラムのころから港町アルテクロスで生きてきたレイス、アルテクロスの御姫様でもあったレイスが知らなかったサロニアム大陸の都市――オードールの意外な歴史を教えてもらい驚いた。

 ルンも同様に。サロニアム・キャピタルの王子としての記憶は少ししか……、上級メイドのころのイレーヌのスカートの丈の短さくらいしか思い出せないのだったけれど、飛空艇乗りとして日々クエストをこなしてきた港町アルテクロスには精通しているつもりだった。

 内海も見てきた過去があった……。

 そんな自分でも、オードールが同盟国だったという話は聞いたことがなかった。


「ああ……今は関所の検問が厳しいのかもな? よく知っている……」

「知っているって……何をですか」

 興味津々になるイレーヌがリヴァイアに質問する。

 イレーヌには事情通の女忍者という経歴があった。

 オードールのことも自分なりに調べていたつもりだったけれど、リヴァイアが生きた大昔の同盟国だったという話は初耳だ。

「ああ、イレーヌ。オードールがどうして中立都市を選択したのかってことをだぞ……。くくっ!」


 そう言うと、リヴァイアはニヤついて笑ってしまった。


「……あのリヴァイアさん? オードールのどういう歴史を知っているのですか?」

 今度はアリアが聞いてきた。



「知っているも何にもなあ……くくっ。われだからな」


 

 まだ笑っているリヴァイアだ――



「アリア! 聞け」

「は……はい! リヴァイアさん」

「お前は元魔法使いで、魔法都市アムルル育ちだったな?」

 笑い顔から一転、したり顔を作るリヴァイアがアリアに意味深な質問をかけてくる。

「御名答です……」

「ならば……魔法都市アムルルがどうして城塞都市グルガガムの配下……属国になり下がったかを知っているな」

「……あ、はい……。アムルルの歴史の話ですね」

 アリアが空を見上げる。

 遠目になり、自分の生まれ故郷である魔法都市アムルルで学んだ記憶を思い出そうとする。

「確か……、グルガガムはサロニアムを攻めるために、オードールを味方につけようとして失敗しちゃって、その後にサロニアムからの猛攻撃を死守するために城塞化させたって」

「それから、どうなった?」

「……えっと……確か? 城塞化するための城壁に大量の魔力のマナが必要だから……、でも内海に面しているアムルルには外海からの良質なマナが必要なわけで……。その良質なマナを手に入れるためには、外海に通じているグルガガムを通る必要性があるって」


「そうだぞ! つまり――」



 城塞都市グルガガムは、サロニアムからの攻撃を防御するためにオードールを占領しようとして失敗、


 魔法都市アムルルはマナを手に入れるためには、グルガガムと仲良くなるしか方法がなかった、


 オードールはグルガガムとアムルルからの侵略をやめさせるために、大帝城サロニアム・キャピタルと同盟関係を解消して中立都市になったのだ。



「この三国関係を……我がすべて計画したんだぞ!」

 ほこらしげに?

 リヴァイアが腕を組む。

「すべてはな……内海に屯しているあの海蜘蛛と我との攻防だな」

 そう言うと、リヴァイアがまた甲高く笑い声を飛空艇デッキに響かせたのだ。

「リヴァイア……どういうこと? すべて計画したって……ことは」

 レイスが尋ねる。

「ああレイス! 知りたいか? 我が聖剣士になってはじめての遠征の物語を……」

 リヴァイアのしたり顔は継続中だ。


「お……おお……。知りたいぞ、俺は。リヴァイア!」

 と、ルンがリヴァイアの遠征物語という昔話に興味を持つ。

「う……うん! 私も知りたいな!!」

 瞳を輝かせるレイス。聖剣士リヴァイアのことをもっと知りたいと思った。


「リヴァイアさん……聞きたいです」

「あたしも、知りたい。聖剣士リヴァイアの過去を――」

 アリアとイレーヌも同じく、リヴァイアの話に興味を持った。



「そうか……。では、何から話そうかな? そうだな! 我が聖剣士として、はじめてオードールに入ったときから話そうぞ!!」

 飛空艇仲間を見つめるリヴァイアは、それから静かに両眼を閉じる。




 そして、遠い遠い。

 自分の1000年前の思い出を巡らせるのだった――





 続く


 この物語はフィクションです。

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