第八章 リヴァイア・レ・クリスタリアの覚悟……(初回最終章)

第58話 ……ギルガメッシュよ。お前、そのマントをどこで買った?


「変わらんな……」


 郷愁。

 ……なんて気持ちが、リヴァイアには少なからずあったことは確かだった。

 リヴァイアは遠景を眺めていた。

が亡き夫の名を与えたダンテマ村――死者の村は、恐ろしいほどに変わっていないな」

 このダンテマとは初代の人物、1000年前のサロニアム次期王子の教育係をしていたダンテマのことである。

 悠久の時間を経ても、リヴァイア・レ・クリスタリアの彼への気持ち、恋愛感情というか共に寄り添えようという婚姻関係を結んだ二人の間にある、他の誰にも砕くことを許されない愛ある関係。

 それを、例え囚人の亡骸が葬られたところから名付けられた蔑称――死者の村。

 リヴァイアがそのことを心苦しく思って、彼らに慈悲を与える意味を込めた名前――ダンテマ村。

 彼女以外の人物からすれば、ただ男性の名前を付けられただけでしかないのだと思うのだろうけれど、彼女なりの愛情を込めた新しい村の名前だった。


 リヴァイアのダンテマへの気持ち、“愛”は本当なのだから――


「1000年前は、ほとんど何もない廃墟同然の村だったが、いつしか……ここがクリスタミディア牢獄塔の囚人達の亡骸を葬る墓場の村になってから、城塞都市グルガガムの命令でそうなってから……村は村でも悲しい記憶の村だな」

 リヴァイアは遠景に見える村の家々から視線を上げる。

 グルガガム大陸の北東地方に位置しているこの村。村のはるか遠くには海が薄っすらと見える。

 その海――北海特有の曇り空を見上げた。

 雪が降る前に見せる灰色にくすんだ雲のうねりは、港町アルテクロスや砂漠の都サロニアム・キャピタルでは、決して見つけることはできない自然現象だ。


 しかし――

 その自然現象も、今日はリヴァイアにとって“特別”な日であることを知ってか、

 珍しく、死者の村に雪ではなくて、大きな雨粒が落ちてくる。


「雨……? 珍しいな」

 リヴァイアは両手を前に差し出して、数滴の雨粒をすくった。

 雨粒をしばらく見つめて……。

 魔法列車の車中で少し気を張っていた自分を、脳裏に思い出す。


 今更、気負うこともバカバカしい――


 相手はよく承知している人物ではないか。自分が負かされることもありえない。

 と、これから『戦う』ことになるにもかかわらず、リヴァイアは冷静だった。

 腰にげているエクスカリバー――魂を抜かれたホーリーアルティメイトのつかに指先を乗せている様子も、剣呑けんのんに殺気立つ緊張感も……ない。


 お椀にした手の平に溜まった雨粒をそっと指の間から垂らすと、リヴァイアは唇をゆっくりと開ける。

「……泣いているのか? 我が夫、ダンテマよ」

 彼女の両目のまぶたの力が抜けていく。

「一体、何に泣いているのだ……? ああ、そうか……。俺のことなんか1000年前にさっさと忘れて、リヴァイアは新しい人生を歩んでほしかった……。とか、なんとかだろうな」

 リヴァイアの独り言は、自分自身が1000年間も思い続けてきた哀愁への自責だった……。

 瞼の裏にうつるダンテマの面影と残像。

 見れば見るほどつのっていく自分の自責……。

 すべてを1000年前に置き忘れてしまったような気持ち――哀愁。

 でも、後悔では決してない……。

 時が経てば経つほどに反比例してしまう思い出。1000年を生きてきたのに、自分の心の支えはおっとダンテマとの日々しかない自分……。

 聖剣士リヴァイアとして名をとどろかせる自分が“光”であるならば、ダンテマの面影は“影”――


 光が輝けば輝くほど、暗闇もいっそう暗くなっていく――


 それが辛いのだ。

「ダンテマよ……」

 ギュッと手の平を握りしめたリヴァイア――もう片方の掌はエクスカリバーを力無く握っている。

「では、どうしてお前は私を選んだのだ? あんたこそ騎士団長の私ではなく、もっと他にいい女と出会えたはずじゃないのか?」

 もちろん、リヴァイアの発したこの言葉は、亡き夫への皮肉である。

 皮肉なのだけれど、同時に彼女の本心でもあった。

 死者の村に、自分が名付け親として与えたダンテマという名前……。

「泣きたいのはダンテマよ……われのほうだ」

 もしかしたらリヴァイアは無意識に、夫の死を受け入れようと、1000年も感じてきたあなたの死を忘れようとしたいがために、わざわざ死者の村の名前をダンテマに選んだのかもしれない。

「……お前は、とてもモテたんだから」


 リヴァイアの独り言はしばらく続いた……。

 彼女の亡き夫への愛する気持ち。内容は本人……達にしかわからない。


 決して、1000年を経ても変わらない真心の愛だ。




       *




 ここは、ダンテマ村の集落の外れに建つ小さな教会――

 リヴァイアと墓守を任された修道士の男性と、かつて会話をした教会だ。


 修繕も何も手につかないのだろうか?

 城塞都市グルガガムからは修繕の予算ももらえないのか?

 教会の外観はボロボロで、隙間から見えてくる内装も崩れ落ち、荒れ果てている。



 ――聖剣士リヴァイアは、教会の正門に広がる丘の上に立っている。


 その理由は、ギルガメッシュを殺すことだ。

 殺して、ホーリーアルティメイトの魂を奪い取り戻すことだ。

 何がなんでも、世界の平和のために、オメガオーディンを封印して、やがては打倒するためには、どうしてもホーリーアルティメイトの魂が必要だからだ。


 自分と会いたいがために……リヴァイアサンから強奪した魂ではないことは、大海獣から直接聞かされた。

 もっと自分と親密になりたいがための悪巧み。

 要するに、未亡人への恋愛感情から、ダンテマ村にわざわざ聖剣士を呼び出した。


 亡き夫を忘れて、ギルガメッシュを慕えと――因縁をつけるとは、このことだ。


 大盗賊ギルガメッシュも名ばかりだ。

 迷惑千万、聖剣士リヴァイアにそのような浮気心は、無論、まったく無い。



「……」

 心の中で、リヴァイアはこんなことをブツブツと思っていた。

 雨は次第に、土砂降りになる一歩前くらいの勢いに変わりつつある。

 その雨粒がリヴァイアの身体全体を濡らしていく。

「……」

 リヴァイアは無言で、エクスカリバーをにぎる手に力を入れて目を閉じている。

 ようやく戦闘モードに切り替えようとしていた。

 ダンテマ村に来て亡き夫の面影に、決して忘れたくない、忘れてはいけない夫との思い出への執着が脳裏に出ては消えて、消えては出てきて……。

 哀愁の記憶と郷愁の村の記憶とが重なり合って、こうしてダンテマ村の教会に来てから、


 ずいぶんと時間が経つ――


「……?」

 なにやら人の気配を感じとる。

「……ようやく、来たか」

 薄目を開ける聖剣士リヴァイア――

 べつに確認したいわけではない。

 始めから誰が来るかはわかっているのだから。

 そして、まるでデートの約束で待ちぼうけをくらった女子の気持ちのように『無いな……、この人とは』という呆れた表情をつくっている。


 その人物、

「懐かしいです。聖剣士さま。師匠。そして……」

 まったく悪びれる様子も、謝罪も、弁解する気配も見せなかった。

 大雨で教会周辺の土砂には、大きな大きな水溜まりができている。

 その水溜まりに足をつける音、自分の後ろにいるその人物の足音を水溜まりを通して、リヴァイアは相手の気持ちを察知していた。

「――修行仲間とでも言いたいみたいだな。相変わらずの傍若無人なその態度は、われがロッジで見つめたお前の寝顔からは想像もつかない変貌……否! 修行していた頃から自分本位な修行態度であったな」

 リヴァイアは、ゆっくりと後ろを振り返る。

 足元の水溜まりでスカートのすそが濡れてしまうことなんて、何も気にすることなく。

 その人物の言い様に、亡き夫ダンテマへの哀愁なんてすっかりと消えていた。

 残ったのは怒りだ――


「大盗賊ギルガメッシュ……」


 これを飼い犬に手を噛まれると言うのだろう?

 あれだけ手塩に掛けて修練を重ねてきた間柄あいだがらだったのに、今ではどうしてか敵対関係になってしまった。

 聖剣士と魔法使いと、恋愛のもつれから発生した慕情ぼじょうの修羅場……そんな綺麗事の御託ではない。

 聖剣士リヴァイアの今の気持ちは、怒りだ――


 ……なので、……あったけれど?

「おい大盗賊! それにしても……。また一段と垢抜あかぬけさを増した様相の……ギルガメッシュよ。お前、そのマントをどこで買った?」

 肩で大きく嘆息をついてから、リヴァイアは表情を引きつらせる。

 これ、ドン引きである――


「……これですか? 逃亡の途中で城塞都市グルガガムに入った途中に、裏路地の露店でもらい受けました」

 ギルガメッシュは、あっけらかんとした表情で、なぜか少し照れ笑いしながら答えた。

 羞恥心も感じることなく、自分がまとっている服を右に左に上から覗く。

 ギルガメッシュの服装は5色に彩られたド派手に羽織った、よくそんな恰好で街中を歩けるな……というような、普通は絶対に誰も着こなせないだろうと思えてならない。

 例えるなら、四季折々な色彩の風呂敷包みの如くである。


「……はあ、お前という奴は。なんて言うか」

 できることなら言いたくない……。

 ド派手なで立ちから目がかすむのか、リヴァイアは目頭に指を当てながら、

「それっ……グルガガムの仮装のお祭りのときに着るマントだろ? だから、もらい受けたんだろ? 売れないもんを……」

 吐き捨てるように、嘆きながらのように、ギルガメッシュに教えた。

「……そ、そうなのですか? ああ……! だから譲ってくれたんでしょうね。お店の人は――」

 ギルガメッシュの表情はいっそう明るさを増してしまう。彼の頭上にランタンの明かりがひらめきついたかのように……。

「……ああ。今、気がついたのだな。ま……まあ、それはそれでよかったぞ」

 こういうギルガメッシュの突飛な思考は、ロッジで修行していたころから、魔法を操るその姿からも想像できた。

 兎に角、魔法をぶっ放すときは無謀というか、勢い任せなMP消費だった。

 隣で彼を見ていたリヴァイアには、危なく映って気が抜けなかった。


「ああ、それと聖剣士さま……」

「……なんだ?」


 目頭から指を離すリヴァイアが、呆れた口調で呟く。

「私、今は大盗賊ギルガメッシュではなくて――」

「なくて?」

 今度は何を言い出す?

 リヴァイアは、今度は眉をひそめて苦みのく薬草を噛んだときみたいに表情を濁らせた。

「今は魔賊奴まぞくどギルガメッシュと称されているみたいですよ。グルガガム大陸の人々から――」

 口の端を尖らせてニヤけるギルガメッシュ……。

 魔賊奴ギルガメッシュ?


魔賊奴まぞくど……称されて? それ蔑称じゃないのか?」


「ええ……左様ですね。牢獄塔を『終局魔法メテオレミーラ』で、ぶっ壊してからというもの、私はずっとお尋ね者ですからね」

 ここで説明しておこう!

 この終局魔法とは、レイスや初代ダンテマから発動された『究極魔法』とは性質が違う。

 有名RPGで言うところ、魔力をすべて開放して敵にダメージを与える魔法が究極魔法である。

 終局魔法というのは、自分の命を犠牲にして敵を全滅させる自爆魔法である。

 まあ、終局魔法メテオレミーラはありったけめたMPで大ダメージを与える魔法で、自分の命までは犠牲にしないけれど……。


 では、究極と終局はどう違いがあるのか?

 究極は『白魔法』で、終局は『黒魔法』であると書けば理解しやすいでしょう。


「ああ聞いておる。長年MPをめ込んで究極魔法メテオレミーラを発動したことは、サロニアム大陸でも噂になっていた。オメガオーディンなみに強敵現る! ……とかなんとか」

「そうですか……。まあ牢獄塔を脱獄するためにはしょうがなかったんですから。ということです……」

 頭を触るギルガメッシュ――

 蔑称の割には、その姿からは極悪人とは思えないくらいのヒョウヒョウとした物言いだ。


「ということで……?」


 聖剣士リヴァイア――その言い様がかんに障る。

 修練仲間として一緒にいたときからそうであったのだけれど、この相手を小バカにしたような言い様が気に食わない。

 だからといって、べつに我慢をしようとも思わなかった。

 なぜなら我――聖剣士リヴァイアは1000年を生きてきた。

 自分よりもずっとずっと若いギルガメッシュの態度なんかに、カチンときて頭にくることも通り越した“菩薩”のような境地に立つ聖剣士さまだからだ。


「話を本題に戻すぞ……」

 こいつ……さっさと殺すしかないのか?

 エクスカリバーを握る指先が、ピクッと反応する。

 でも……、

(まあ待て、聖剣士リヴァイアよ……焦るほどの相手でもないのだから)

 彼女は自分で自分をなだめた。


「私に、このダンテマ村に会いに来いと? ギルガメッシュよ……そこまでして、我に会いたかったのか?」

「そりゃ……。ええです。その通りですよ」

 大きくうなずいたギルガメッシュ。

 ……なんだか、らしからぬ?

「……」

 変な違和感を察知したリヴァイア、口をつむぐ。

 さっきまでのあっけらかんとした口調から、今、目の前ではしおらしくなっている?

 様子がおかしい……。

 天下のお尋ね者に成り下がってしまった魔法使い上がりの大盗賊、魔賊奴ギルガメッシュ。

(……我にとっては強敵でもない相手ではあるが、油断はするな)

 少し目を細めて警戒するリヴァイアである。


「そりゃ……」

 そんな修練を共にした大先輩リヴァイアの気持ちを、ギルガメッシュが気がつくはずもなく。

「この魂を聖剣士リヴァイアさまに返すためにですから。どうしても、会わなければと私は思いましたから」

「……返すためとは?」

「これです。……これですよ」

 仮装行列で羽織る5色のド派手なマントに手をつっこむと、ゴソゴソ……ゴソゴソ……と手探った。

 その手が止まる。何かを見つけつかんだからだろう。

「ああ……これです」

 ギルガメッシュはゆっくりと懐から、自分の胸の前にを差し出した。


「……ホーリーアルティメイトの魂だな」


 一瞬でリヴァイアは反応した。

 小さく呟いてから、細めていた両目を大きくキッと見つめた。

 内心は、そこにあったのか……というホッとした安心だった。

 小さなガラスの小瓶の中に、まるで妖精がいるかのように明るく7色に光り輝いているホーリーアルティメイトの魂――

 形も何もない……。ただ、明るく輝いている――


 最後の聖剣ホーリーアルティメイトの魂だ。





 続く


 この物語はフィクションです。

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