第13話 犯人③
ヴィクターの案内は正直有難かった。
有名な銅像や流行りの店、危ない通りにおすすめの本屋などポイントを押さえて案内してくれた。
人の波に乗るのに慣れていないユーリの肩が他人とぶつかりそうになれば、腰を引き寄せ助けてくれる。
何度も男装していることを忘れそうになるほど、完璧なエスコートだ。
昼食のために入ったお店も、ユーフェミアの興味をそそるレストランだ。郷土料理がメインのお店で、学園内では食べられない庶民の食事がメニューに並ぶ。
「どうしよう……」
目移りしていると、ヴィクターが提案してくれる。
「君が好きなのを複数選んでいいよ。食べきれないようなら、僕が食べてあげるから」
「そんな悪いですよ」
「男ひとりでは入りにくいお店に付き合ってもらったからね。そのお礼だと思って」
「わかりました」
相手がそういうなら遠慮なく――と気になるメニューを選んだ。出てきたものはどれも手づかみの料理だった。
皿で取り分けるつもりでいたユーフェミアは、料理の豪快さに慄いた。同時に見たこともない料理が面白くもあった。
(今の私は男。お行儀とか気にしなくてもいいわよね?)
彼女は薄く焼いた小麦粉生地で野菜を包んだラップサラダというものを両手で持って、思い切りかぶり付いた。
「美味しいですね」
「この串焼きも美味しいんだよ」
ヴィクターが肉の刺さった串を手渡してくれたので、受け取ってそれもかぶり付いた。
「う、美味しいっ」
「たくさん食べてね。ほら、これも」
「わ、甘くないケーキですね」
「不思議だよね。パンの代わりに食べるんだよ」
勧められるままに食べていったが、その手はピタリと止まった。
姿は男だけれど、やはり胃袋は女のまま。食べ切れるわけがなく、残りはヴィクターに託すことになった。
(そういえば、ずっと私にすすめていてヴィクター様は食べてないんじゃ)
自分ばかり食事を楽しんでしまい、申し訳なく思いながら見上げれば、彼はにこやかなままだった。
「――すみません。俺ばかり」
「美味しそうに食べているから、僕が勝手に魅入っていただけだよ。もうお腹いっぱいかな?」
「はい」
「じゃあ、食べてしまうね」
ヴィクターの言葉に時折甘さが含んでいるのは気のせいだろうかと、思いながら彼が食べる姿を眺める。
(手づかみの料理なのに相変わらず上品に食べるわね。そのラップサラダなんて大口開けて食べるからどうしても……って、それ、私が口をつけたヤツ! か、間接キスじゃないのよ!)
食べかけを彼が食べるということは、間接キスになるのは当然だと今更気付き、ユーフェミアは顔を赤らめた。
それに対してヴィクターの表情は無表情。淡々と食べ進め、気にしているようには見えない。
(意識しているのは私だけなの? そうよね。ヴィクター様はユーリが男だと思っているから、意識するはずもないわよね……でも彼の恋愛対象は男……どういうこと!?)
あえて無心で食べているヴィクターの気持ちなど知らず、彼女はひとりで混乱に陥り、悶えるしかなかった。
もしかしたらヴィクター様は――と一度芽生えた疑念が気になりすぎて、ユーリはヴィクターの目が見られない。
だから「今日はありがとう。解散にしようか」と彼から言われ安堵した。
噴水公園まできて、ヴィクターは足を止めた。
「僕は買い忘れたものがあるから、ユーリは先に学園に帰ってて良いよ」
「そうですか。わかりました」
寮まで一緒にならずにホッとして、ユーリは顔を緩ませた。
「今日は貴重な経験になりました。ヴィクター、連れて行ってくれてありがとうございます」
きちんとお礼を言うことも忘れない。誘われていなければ、ユーフェミアはずっと学園内で過ごしていたに違いない。
恥ずかしいけれど、目を見て感謝を告げた。
するとヴィクターもどこか幸せそうに顔を緩ませ、ユーリを見ていた。
「いや、僕もユーリと出かけられて本当に良かった。また出かけたいな」
そう言いながら、ユーリの頬にヴィクターの指が滑らされ、パッと離された。
「あ、勝手に触ってごめん。またね、ユーリ」
彼は慌てたように踵を翻し、足早に人の波に消えていった。
「……へ?」
ユーリは何が起こったか受け止めきれず、しばらく立ち尽くした。
あれから一週間、ヴィクターの本心が気になって、ユーリは図書館から足が遠のいていた。男装する気になれず、授業後はすぐに寮へと帰る日々。
そして今日寮へと帰るとヴィクターからの手紙が届いていた。慌てて読めば、そこにはユーリについてぎっしり書かれていた。
可愛いものを見て目を輝かせる素直な性格の少年。でも照れ屋なのか、表情はぎこちない。でもそこが良い。本について語り合える貴重な相手で、放課後の時間がどれだけ素晴らしいかなど――ずっと一緒にいたい大切な人と、ユーリについて紹介されていた。
しかもいつものように添えられている贈り物は、ユーリが雑貨店ではじめに手にしたペーパーナイフ。リボンはヴィクターの瞳の色ヘーゼルを彷彿とさせる淡い黄色に変えられていた。
「ユーフェミアが好きな可愛いものを贈ります。どうか使ってほしい。君のことを思って買ったんだ……って、どう考えても私にユーリを投影している品でしょう!」
ユーフェミア・ベネット、婚約者の心の浮気相手が自分(男装)と気付いた瞬間だった。
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