第12話 犯人②

 

 ユーフェミアは数日前、ヴィクターにお出かけに誘われ大急ぎで私服を手に入れた。

 学園内でしか尾行するつもりがなかったので、制服以外の服を持ち合わせていなかった。

 幸いにも学園内には生活に関するお店も多く入っており、服屋を見つけた彼女ははじめてひとりでお買い物をしたのだった。


 そう、今まで淑女教育で多忙だったのと、「可愛くて誘拐されちゃう」という過保護な両家の反対により、お忍びですら平民の街に出かけたことがなかった。

 平民のファッションが分からなかったので、着ている服は完全に店員のコーディネート。親切な店員で、ものすごく吟味してくれたから悪くはないはずだ。いつもよりカツラの髪を整えて、何度も鏡の前で確認した。


 どうしてか男装でも少しでもよく見えるようにと思ってしまい、ユーフェミアはギリギリの時間での出発となった。



(待ち合わせ場所が学園外で良かったわ。寮って言われたらどうしようかと思ったけれど……)



 そうして噴水公園に足を踏み入れた瞬間、ヴィクターの姿が目に入った。



(私服のヴィクター様が眩しい……高貴なオーラが隠しきれてないわ! 私よりずっとシンプルな服装なのに……は? 美の化身?)



 質素な服なのに着こなし具合が半端じゃなかった。いつもはきっちり首元までネクタイを締めている彼は、今日だけは襟元が開いていて首筋が見える。

 遠目でガン見して、面食いメーターを満たしてからヴィクターに駆け寄った。

 いつもと少し違う雰囲気の彼に「どうしたのか」と聞けば――「ご、ごめん。一緒に出掛けられるのが楽しみで、噛みしめていた」と言われる。

「は、はぁ……そうですか」と素っ気ない返事をしたが、内心は大荒れだった。


 無表情だけれど頬にはほんの少しだけ朱がさした顔で言われ、不覚にも胸がキュンとなってしまった。

 生まれた沈黙は、どこか甘ったるさもあってユーフェミアは落ち着かない。



「ヴィクター、今日はどこに買い物に行くんですか?」

「まずは雑貨屋に行きたいんだ」

「なら行きましょう!」



 甘い空気に耐え切れず出発を促したが、到着した雑貨屋は更に甘い雰囲気のお店だった。

 キラキラの可愛いものばかりを扱う女性向け雑貨店。種類豊富で、どれも安価。それでいて安っぽさは感じさせず、一つ一つ丁寧に作られたものばかり。



「わぁ♡」



 可愛いものが大好きなユーフェミアは目を輝かせて、感嘆のため息を漏らした。



「元は貴族令嬢向けに作られたものなんだけれど、流行から外れたものはこうやって平民の店に流れてくるんだ。型落ちしてるけれど、綺麗だよね?」

「はい。凄く素敵です」



 ノワール共和国は愛の国。手軽に贈り物をするために、安価なものでも貴族に需要があるらしい。安価と言っても平民から見れば高価で、本気のプレゼントとしてまだ十分な価値があるものばかりだ。



「こういうの好きかい?」

「はい……いやっ、女性なら喜びそうですね。こういうのとか!」



 今はユーリだということを忘れかけ、素で答えてしまうところだった。ユーリは慌てて取り繕い、身近な品を手に取った。

 シルバーで出来たペーパーナイフで、柄の部分についたリングにはレースのリボンが結ばれていた。好みでリボンをカスタマイズできる一品で、母国レプトンでは見たことがないデザイン。



「ノワールの伝統的なデザインだね。この国には恋人の好みの色や瞳の色のリボンを普段使うものに取り入れ、周囲にアピールする文化があるんだ」

「そうだったんですか。勉強になります」

「一般的なお店では見かけないけれど、やはり元貴族向けのものとなると伝統的なデザインもまだ多く残っているようだね」



 そう言いながらヴィクターはユーリの手元を覗き込んだ。

 正面よりも横顔から見えるまつ毛は長く、宝玉にも見えるような瞳の曲線まではっきりと見えた。

 近い。美顔が近い。

 ユーリは慌ててペーパーナイフを置き、ヴィクターから距離を取って違う品を見ることにした。

 けれども違う品を手にするたびにヴィクターは顔を寄せて見るものだから、彼女の目は眩しさで潰れそうだ。



「ねぇ君なら見た品の中で、どれをもらったら嬉しい?」

「俺ですか!?」

「あぁ、いや。君ならどれを大切な女性に贈りたいと思う?」



 胸の奥がギュッと締め付けられ、なんだか苦しい。ユーリは内心で首を傾けながら考えた。

 前に貰ったブックマーカーはとても嬉しかったことを思い出す。



「日常に使えて、長持ちするものですかね。便利だと更に嬉しいと思うので……そういう物を贈ると思います」

「ありがとう。君とこの店に来れて良かった。参考にするよ」



 棚においてある商品を眺める彼の視線は遠くを見るようで、柔らかい。

 贈る相手を思っていて、その相手が自分だったら良いのにと期待してしまう。



「お役に立てて良かったです」

「じゃあひとまずお店を出ようか。まだ学園の外のこと知らないよね? 案内してあげるよ」

「はい。お願いします」



 今度はひとりで来て、たくさん可愛いものを買おうと決め、ユーリはヴィクターの後ろについていった。

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