第11話 犯人①※ヒーロー視点
ユーフェミアから手紙を受け取ったヴィクターは首を傾けた。
押されている消印がノワールのものであり、どう考えても留学を隠しているようには思えないからだ。
「相変わらず、変なところで抜けているなぁ」
彼女は優秀だ。マナーに勉強に刺繍に人脈作り、教えられたことはスポンジのごとく吸収していく。突然受験を決めて、最高峰の学園に合格するほどには頭は良い。
ただ思い込みが激しく、習っていないことに関しては非常に疎い。それは心配になるほどに。
だからこそ幼かったとはいえ、宰相の息子に対して臆することなく「話はよく分からないけど、顔が好き」なんて言えるのだろうが。
ヴィクターはその天然なところも可愛く見えており、手紙の消印は見て見ぬふりをした。
手紙にはヴィクターの交友関係について質問が書かれていた。どんな人と仲が良くて、その人とどのように過ごして、どんなところが良いのか。
ユーフェミアの近況については一切書かれていなかったが、毎日のように男装した彼女を見ているのでかまわない。
重要なのは彼女がどういう意図で質問を書いたということだ。
「これは遠回しに僕がユーリ……ユーフェミアについて、どう思っているのか聞いているつもりなのか?」
だとしたらチャンスである。
ここでユーリについて良いところをあげて誉め言葉を率直に書けば、自分のことを書かれているユーフェミアはついにヴィクターを男として意識し、進展があるかもしれない。
最近ユーリとは随分と気安く会話ができるようになった。留学前のユーフェミアよりも確実に距離は縮まり、親しくなれている実感がある。
婚約者同士の義務というよりは、ヴィクターとユーフェミア個人としての交流は彼の心に潤いを与えていた。
それもこれもユーフェミアが男装して、ユーリとして接してくれているお陰だ。
そのままの彼女の天真爛漫な姿と快活な言葉の前だと、どうしても「大好き」が溢れすぎて、胸がいっぱいになって無口に拍車がかかっていたのだと最近気がついたのだ。
どんな姿でも可愛いのだが、ユーリの前だとまだマシだ。ユーリは正体を隠そうとしているのか、少しだけぶっきら棒でクールな人柄を演じているからだ。
「しかし……ユーリとは二時間ほど図書館で会っているだけ。率直に書いたらユーフェミアのことになってしまって、僕が正体を知っていることがバレてしまうな」
目を瞑り腕を組んで、ユーリとして書ける内容は無いかと記憶を探る。
「大変だ……可愛いしか書けない。ネタがない。どうするべきか」
どう可愛いかは永遠に書ける気がするが、さすがにドン引きされることは分かった。
「なら、ネタを作ればいいのか」
ヴィクターはペンをおいて、棚から『徹底調査! デート完全ガイド』というタイトルの本を手にした。
数日後ヴィクターは「買い物の相談に乗ってほしい」と頼んで、ユーリを学園の外に誘い出した。
ユーフェミアへ返信の手紙を送る際は、必ず贈り物を添える。一緒に選ぶことで確実に好きな物を送れるし、ヴィクターが彼女のことを大切にしていることが直接伝えられる。
尚且つユーリとの思い出も作れて、どれだけ良い時間が過ごせたかと書ければ完璧だと、ヴィクターは考えた。
デートらしく待ち合わせ場所は学園近くの噴水公園を指定した。
約束の時間よりも随分と早くついた彼はベンチに座って、浮き立つ気持ちを抑えるように哲学の新刊を読んで待つことにした。
(大丈夫。時間には余裕ができるように計画を立てたし、いつもより顔の筋肉もほぐしてきた)
すると、軽やかな足音に気付き、振り向いた。
「ヴィクター、お待たせしました」
「~~っ、おはよう。ユーリ」
あまりの可愛さに言葉が出なくなるところだった。
もちろんユーリの姿は少年に見える服装なのだけれど、いつもの制服ではなく真新しい私服だ。男装だとしても、自分とのお出かけのためにお洒落してくれたと思うと嬉しくないはずがない。
男の姿なのに胸が高鳴ってしまい、変な趣味に目覚めそうだ。
(僕はユーフェミアであれば、どんな姿でもかまわない。男への憧れが強くてその恰好をしているのなら、一生男装していても良い! ユーリとして愛そう)
ヴィクターは静かに拳を握り、神に誓った。
「どうしました? そんな厳しい顔をして」
「ご、ごめん。一緒に出掛けられるのが楽しみで、噛みしめていた」
「は、はぁ……それなら良いんですけど」
表情と感情が一致していないことでユーリに怪訝な視線を向けられ、慌ててニッコリと笑みを作った。
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