令嬢は見た![本]д゜)~美形婚約者の浮気現場をおさえてみせますわ~
長月おと
第1話 疑惑①
遠距離恋愛の男が急に優しくなったら、注意されたし――そんなことが書かれた小説があったなと、記憶が朧気に思い出された。
亜麻色の髪の十七歳の乙女――子爵令嬢ユーフェミア・ベネットは一通の手紙を読んで、やや強気に見える大きな薄紅色の瞳を瞬かせた。
「あなたに会えない日々が、こんなにも物足りないとは思いませんでした……ですって?」
手紙を持つ手だけではなく、綴られている文字をなぞる唇も震わせた。
上品な便箋には、ユーフェミアを気遣う優しさと愛情が感じられる言葉が並んでいた。見本のような書体に、しっかりと止められた筆跡は間違いなく彼女の婚約者――ヴィクター・ロックウェルからのもの。
彼の留学先であるノワール共和国から送られてきた手紙だ。
いつも手紙と共に贈り物も届くのだが、今回はピンク石が可愛く揺れるシルバーでできたブックマーカーだった。これだけなら誰もが羨む素敵な婚約者だと言える。
しかしユーフェミアは素直に喜ぶことができず、手紙を凝視した。
「真面目が服を着たような彼が、教科書を擬人化したような彼が、こんなこと書くなんて初めてだわ」
ヴィクター・ロックウェルは、ユーフェミアのひとつ年上の公爵家の長男。少し癖のある藍色の髪に、透き通るようなヘーゼルの色をした鋭い瞳、筋の通った鼻梁に薄い唇。まさに絵に描いたような美形。
沈着冷静で頭脳明晰。将来は宰相の地位が確約された、粗も隙もない完璧な男だ。
なぜそんなハイスペック次期公爵とど田舎の子爵令嬢が婚約したのかというと、ベネット家が何も力を持っていなかった故だ。
持ちすぎる権力と影響力は不和を生む。
ロックウェル家は王家への忠誠を示すために、あえてどの派閥にも属さない弱小貴族ベネット家の娘ユーフェミアを選んだのだ。当時十歳でのことだった。
だからヴィクターとの間に愛はなかったはずなのだが。
「明日は雨……いいえ、夏の雪……まさか槍でも降るというの?」
クールと言えば聞こえは良いが、ヴィクターの表情は死んでるというか、感情すら読めないほど終わっている。
まさに『無』。
だというのに彼は「常に笑顔でいてほしい」とユーフェミアに要求していた。お互い死んだ顔をして、仲を疑われ、周囲に弱みを見せるわけにはいかないからだろう。
幸いにも彼はきちんと義理は果たす人で、夜会には必ずエスコートしてくれるし、こまめな贈り物もきちんとあった。
政略結婚の相手として最良だと言えよう。何より顔が良い。目の潤いが半端ない。
自他ともに認める面食いユーフェミアは「この世で最高の顔」と称した男が夫になる。そのためならばと、彼女は相手の望むように微笑む令嬢であり続けた。
「一人仮面夫婦かよ」と何度思いながら、婚約して7年。彼は言葉数も少ないため、途中からは美しいビスクドールと思いながらユーフェミアは眺めていた。
結局、留学してしまう直前まで彼の表情は死んでいた。
そんなヴィクター
「何かあったのかしら……分からないわ」
ぐぬぬ、と令嬢らしからぬ唸り声を出す。
手紙もそうだが、同封されていたブックマーカーの違和感が強い。
贈り物はいつも公爵家の権威たっぷりの高級品だった。ユーフェミアの好みは考慮されず流行のものばかりで、いかにも義務で贈っている感が満載。贈り物の選定は使用人にでも頼んでいたのかもしれない。
それが今回はささやかな品。金任せではなく、純朴で可愛いらしいものを選んできたのは初めてのことだ。日常使いしやすく好みのデザイン。
留学先は全寮制のため、彼は使用人は連れて行っていない。
ヴィクターが自ら選んでくれた品かもしれない――そう思ったら今までの高級品より、正直嬉しい。不覚にもときめいてしまった。
留学先で刺激を受けて、何か心境の変化があったとしか思えない。本当に半年会えないことで、手紙のように寂しく思ってくれているのだとしたら……そう思うといつも凪いでいた心に小さな火が灯った。
「お嬢様、出発のお時間でございます」
「わ、分かったわ」
今日は令嬢たちとの読書会の約束をしていたのだった。
急いでユーフェミアは机の上に用意してあった本を開く。そして先にあった紙のブックマーカーを外し、代わりに銀のブックマーカーを挟んだ。
ふっと無意識に頬が緩む。けれどもしっかりと本を胸に抱きしめるよう手には力を入れ、部屋を出た。
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