第7話 接近①
「ユーフェミア様、今回は助けていただき本当にありがとうございました♡ 私、堂々たるお姿に胸が高鳴りましたわ」
淡い金髪に神秘的なヴァイオレットの瞳、幼い顔立ちは微笑むだけで甘い気持ちにさせる美少女――メリルはうっとりとした笑みをユーフェミアに向けていた。
メリルはユーフェミアの寮の隣部屋の女の子で、現在の学園内の美少女部門でユーフェミア最推しの人物である。
美少女ゆえに男子生徒からの人気も高く、どうやら彼女がいるにもかかわらず告白してきた男がいた。メリルには好意が無かったため断ったのだが、なんと男の彼女に浮気認定されて絡まれてしまい、現場に遭遇したユーフェミアが助けたのだった。
絡んできた彼女もなかなかの美少女で――
「あなた綺麗なのですから、目なんて吊り上げず、笑ったほうが愛らしくてよ。そんなあなたを無下にする殿方は許せませんわね。そんな殿方より私とお茶をしませんこと?」
気付けば相手の頬に手を滑らせ、そんな台詞を言っていた。
相手の子は「はぅっ」と胸を押さえてどこかへ逃げてしまい、どうにか修羅場を乗り越えたのだった。
(面食いの性に逆らえなかった上に、家庭教師モードになってしまったわ。いけない、いけない)
クールに決めていた表情を崩し、ユーフェミアはメリルに柔らかく微笑んだ。
「ふふ、大したことではございませんわ。お隣同士の仲ですもの。助け合うものですわ」
「さっきと今とのギャップ……ほぅ♡」
「え?」
「なんでもないですぅ」
何かメリルが呟いたが、聞き取れなくても可愛さのゴリ押しで誤魔化されてしまう。他の人であれば鼻につきそうなぶりっ子も、メリルなら許せてしまうから不思議だ。
ユーフェミアも「うふ♡」と返しておく。
「実はお菓子サークルでクッキーを作ったのです。どうか受け取ってくれませんか?」
メリルが鞄から可愛らしくラッピングされたクッキーを出した。
「まぁ宜しいの? 甘いものが好きだから嬉しいですわ」
可愛らしい女の子に甘いお菓子の組み合わせを前に、「これは殿方なら落ちない人はいないわね」とユーフェミアは悟った。そんなメリルは他の友人にもクッキーを渡しに行くからと、先に寮へと帰っていった。
ユーフェミアは近くにあったベンチに座って、クッキーを一枚齧る。サクッと音を鳴らすと、ホロホロと口の中で崩れて甘みが広がる。
「ふぅ、美味しい。それにしても、今日でもう入学してから二週間とは早いものですわね」
これまでの尾行で得られた情報を整理する。
あれからヴィクターと直接関わることはなく、正体もバレずに済んでいる。
彼は授業を終えたあとは寄り道せずに図書館で勉強をして、夕食の時間になると男子寮に真っ直ぐ帰るという模範生。
声をかけてくる女の子はミーハーな一年生ばかりで、上級生は挨拶程度の関係。その間、浮気相手と逢引したり、デートをした形跡は一切なかった。
浮気は勘違いだったのでは――と頭を過ぎったが、判断を下すのは軽率だ。
留学前には興味がなかったはずの恋愛小説や女性向け雑貨カタログ、お忍びデートの解説本を図書館から借りていたことが判明したのだ。貸出カードにしっかり名前が残っていた。
(あれを殿方が借りるなんて、生半可な気持ちではできないわ!)
どう考えても恋愛に前向きな行動だ。今は別れたが復縁を目論んでいるのか、あるいは片思いの相手がいるのかは分からない。
つまり浮気調査は全く進んでいなかった。
「困りましたわね。時間はあまりありませんのに」
「では私が手伝だってあげようか、レディ?」
「はい?」
頭上から声が降ってきたので、見上げる。
するとベンチの背もたれに手を付き、背後からユーフェミアを見下ろすノワール共和国の王太子レクトルがいた。
調査によると彼はヴィクターとともに行動することが多い。慌てて婚約者の姿がないか確認し、見つからずホッと胸をなでおろした。
「ヴィクターは教授の研究室に呼ばれてるから、ここにも図書館にもいないよ」
「な、なんのことでしょうか」
「誤魔化さなくていいよ。男装趣味でヴィクターの婚約者のユーフェミア・ベネット嬢。この私が可愛い女の子の変装を見破れないとでも?」
完全に看破されていた。王族相手に嘘はつけない。
制服であってもスカートをつまみ上げ、優雅に腰を折ってみせる。
「王太子殿下に対しまして、大変失礼いたしました。改めましてレプトン王国ベネット子爵家の娘ユーフェミアにございます」
「ユーフェミア嬢……って呼ばない方が良いかな? どうやらヴィクターには内緒にしているようだし、なんて呼べばいい? ユーリ君かな?」
偽名まで知られてしまっている。
けれどもヴィクターには教えていないようだ。
「ベネットとお呼びください……でも、どうしてヴィクター様にはお伝えになっていないのですか?」
「好きでもないのに、ストーカーまでしている理由が気になってね」
ユーフェミアは笑顔で固まった。尾行であって、断じてストーカーではない。浮気調査と言えるはずもなく、否定もできない。
けれども一点、引っかかる言葉があった。
「どうして私がヴィクター様を好きではないとお思いで?」
「ヴィクター本人が言ってたんだ。僕は婚約者から男として見られてないってね」
「いえ? かなり男として見ていますけど?」
あれ程の男前の容姿を前に、女の子と思えるはずがない。意味がわからず、きょとんと首を傾けた。
「じゃあ本心は大好きだってこと?」
「そういう訳では……あ」
慌てて口を押さえるが、レクトルはニヤリと笑みを深めた。
「なるほど、弱みを探りに来たわけか」
「ち、違います。ご存知かわかりませんが、ヴィクター様は私の前では笑顔をお見せになったことがありません。けれども、ここでは楽しそうに笑うのを見て、水をさすのではないかと思い、邪険にされるのが怖くて打ち明けることができておりません」
ナイス言い訳と自分を褒めつつも、ユーフェミアの口からは自然と憂いが含まれたため息が出た。
(愛はなくてもそれなりにヴィクター様と良好な関係だと思っていたのは私だけなのかな。私がいない方が楽しく過ごせるって……自分で言って、悲しくなるわね)
落ち込むユーフェミアを見て、レクトルは「ふーん」と不敵に笑った。
「あながち嘘ではなさそうだ。浮気調査かとも思ったんだけど」
「――っ」
「図星か。君は本当に分かりやすいよね」
「ちがっ――」
否定しようとするが、鼻先に人差し指を当てられ口をつぐんだ。
「大丈夫。ヴィクターは浮気なんてしてないさ……って信じていない顔だね。まぁいくらでもストーカーしていれば良いよ」
「……ではこれからも、ヴィクター様に私のことを秘密にしてくださると?」
ふいっと彼の指先から離れるように、顔を背けた。
隣を見なくてもレクトルが肩を揺らしてクツクツと笑っているのがわかる。
「今、見返りをくれるならね」
「今!?」
急に言われても、プレゼントできるようなハンカチもお金も持っていない。
(メリル様、申し訳ございませんわ)
苦し紛れで手に持っていた物を差し出した。
「とびきりの美少女が作った絶品クッキーです。ちなみに美少女は私ではありません」
「――他人が作ったものだし、食べかけを賄賂に出されるとは思っても見なかった」
「うっ、使用済みのハンカチや食事一回分のお金よりは価値があるかと思ったのですが……」
「くくくっ、面白い! いいよ、これで手を打とう。ということで、そろそろ逃げた方がいいんじゃないかい?」
レクトルは横目で校舎側を見やった。
その先にはこちらに向かってくるヴィクターの姿を見つけ、ユーフェミアは慌てて立ち上がった。
しかも彼はものすごい速さで歩いてくる。
「失礼いたしますわ」
軽く淑女の礼をして、ユーフェミアはベンチから駆け足で離れたのだった。
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