第14話 検証①

 

「もしそうなら、浮気を誘導させたの私になっちゃうじゃない……ははは、まさか思い込みすぎよ。ユーリが好きだなんて、いやいやいや、はは」



 笑ってみるものの、部屋で虚しくこだまするだけ。

 これまでのヴィクターの調査内容を思い出すが、やはりここ最近で一番親しいのはユーリだ。お忍びでふたりきりで出かけるほど仲の良い生徒は、今のところユーリ以外に該当者はいない。



「浮気相手が自分って、どう対処すれば良いのかしら」



 ヴィクターが好きな相手が自分のはずなのに、どうも嬉しくない。ユーリの正体はユーフェミアであるけれど、決してユーフェミアが好かれているわけではない。

 しょっぱいどころか、苦い気持ちになった。



「ううん、思い込みで決めちゃだめよね。調査は事実が大切。し、調べてみるわよ!」



 意を決して、翌日ユーフェミアは再び男装して、久々に図書館へと向かった。



「あれ……なんだか混んでる」



 いつもは静けさが支配する図書館だが、今日は足音が多くて賑やかだ。空いている席も少なく、何事かときょろきょろと見渡した。



「ユーリ」

「ヴィ、ヴィクター!?」



 すると後ろから声をかけられ、振り向くとヴィクターがいた。

 彼はユーリを見つけるなり笑みを浮かべ、「お静かに」と人差し指を立てて口元に添えながら囁く。



「久しぶりだね。会えて良かった。テスト勉強で忙しいのは分かっていたけれど、もし風邪だったらと心配していたんだ」

「テスト勉強……はっ!」



 ユーフェミアは年に数回ある定期テストが、二週間後に迫っている件をすっかり忘れていた。

 彼女は国から推薦を受けて留学してきた、いわば国の代表だ。成績は国同士の学力戦争とみなされ、悪い成績を取るわけにはいかない。

 授業は問題なくついていけているが、テストは関連する話題であれば、教科書以外からも出題されるという曲者。

 その調べ物が大変だということを思い出し、ユーリは顔を青くした。



「その顔は……もしかしてテスト勉強が順調じゃなさそうだね」

「はい。恥ずかしながら」

「ならテスト本番までの間、放課後で良ければ僕が教えてあげるよ」

「え? でもヴィクターの勉強が」

「大丈夫。僕はテストが得意なんだ、ユーリに教えるくらい余裕だよ。今なら僕の満点回答付きの過去問を貸せるんだけど」



 ヴィクターが神童と呼ばれる頭脳の持ち主であることを思い出し、ユーリは「これだから天才は!」と心の中で悪態をついた。

 けれども教えてもらえるのなら、テスト対策もできて、ヴィクターの本心を探れて一石二鳥だ。



「お願いできますか?」

「もちろん。明日の放課後からできるように準備しておくね」

「ありがとうございます」



 こうして翌日から放課後に待ち合わせをして勉強を始めたのだが――



「すごい……分かりやすい」

「本当? 良かった」



 ヴィクターは単に過去問を渡すだけではなかった。過去問も予行練習を考慮した問題だけ書き写されたものと、回答入りの二種類。しかも回答入りの紙には丁寧な解説も加筆されており、教科書の掲載ページや参考文献の注釈まで記載。

 これを覚えれば満点を取れるのではと思わせる代物が、ユーリに渡されたのだ。

 過去問がある教科については順調だったが、問題はヴィクターが専攻しておらず、過去問がない教科だ。



「どれが分からない?」



 ユーリがペンを止めて問題集を睨んでいると、ヴィクターがサッと隣の椅子にずれて覗き込んだ。

 顔が真横に並ぶように寄せられ、彼の長く綺麗な指が文字をなぞっていった。



「あぁ、これはね」



 専門外だというのにパッと見ただけで理解したのか、彼はヒントを教え始めた。

 耳を揺する低い声がくすぐったくて、早く解放されたくて、ユーリは必死に頭を回転させ覚える。



「じゃぁ答えはこれですか?」

「うん、正解。よくできたね」



 ポンとヴィクターの手がユーリの頭の上に乗った。

 ヤバい、カツラが――と思う余裕もなく、ユーリは「ありがとう」と赤くした顔を隠すように俯いた。


 過去にヴィクターに勉強を教えてもらったことはあったが、こんなに近い距離ではなかったし、褒めてもらったこともなかった。

 もし留学前からユーフェミアに対してこの態度だったとしたら、確実に惚れていた。

 見た目も完璧で、優しさも気配りも完璧。というよりもまさに今、惚れてしまいそうだった。



(待って待って! でもこれってユーリ限定の優しさよね?)



 ただの学友に対して、婚約者であるユーフェミア以上の世話を焼くのはおかしい。

 ユーリは覚悟を決めて、踏み込んでみることにした。



「どうしてヴィクターは、俺にこんなに親身になってくれるんですか?」

「君と、仲良くなりたいんだ」

「その……どういう意味で言ってますか?」

「――っ」



 いつも沈着冷静で返しの速いヴィクターが言葉を詰まらせた。

 異変を感じたユーリがおそるおそる横を見ると、口を固く結び、わずかに頬に朱をさした端正な横顔があった。



「――ご、ごめん。変なことを聞きました。今日はもう部屋で自習します」

「ユーリ? 急にどうして」

「少しは自力で頑張ろうかと」

「えっと」

「さようなら」



 ユーリは慌てて机の上を片付け、戸惑いながら引き留めるヴィクターを振り切って、図書館を飛び出した。





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