第15話 検証②
「どうしてユーフェミアではなく、ユーリですの?」
寮に戻るなり、鏡の前にユーリの姿を映した。
美少年がいた。令嬢の姿では普通の顔でも、男性となるとやたらと綺麗な顔に見える自分が鏡の中にいた。
はじめの頃はあまり気にしていなかったが、よくよく見れば男にしては美しすぎる。
「これは惚れるかもしれないわ……男装の方が美しい令嬢ってどうなの? 本当っ、自ら墓穴を掘りすぎて嫌になるわね。そう……ヴィクター様はあなたが好きなのね」
鏡越しに自分の顔をなぞった。その顔からは涙が出ていた。
留学前、浮気を疑ったときには感じなかった感情が、胸の奥から溢れ出ている。悔しさと悲しみ、そして愛しさ。
ヴィクターの穏やかな微笑みや優しさを知ってしまったユーフェミアは、本人も気がつかない間に彼を好きになってしまっていたのだ。
「ヴィクター様は好きな相手が婚約者だと知ったら、どう思われるかしら」
恋が叶わないと思っていた相手が実は婚約者で、問題がなかったことを喜んでくれるのか。
あるいは弄んだのかと、怒りを向けられるのかもしれない。もう微笑みと優しい言葉をくれなくなることを想像して、ユーフェミアの指先は冷たくなっていく。
反応が想像できず、ただ怖くなってしまった。
「私とユーリ、何が違うの? 容姿? 性別? こんなに自分を忌々しいと思ったのは初めてだわ」
ユーフェミアとヴィクターの付き合いは約八年。笑顔を振りまき、勉強も頑張って隣に立てるよう努力をしてきた。
片やユーリは二か月弱。ただ図書館で近くに座っていただけの、パッと出のオトコの娘に負ける自分が悔しくて堪らない。
「顔か! やっぱり顔なのね! そうだとしたら……私はずっと男装していてもいいから、ヴィクター様に好かれていたい」
でも男装できる期限はもう終わりが近い。
テストが終われば成績上位者が発表される。ユーフェミアは国の推薦を受けている身なので、上位者に入るよう言われている。
私情で手を抜いてわざと成績を落とすようなことは、曲がったことが嫌いな彼女の選択肢にはない。ヴィクターが勉強を教えてくれているので、ギリギリかもしれないけれど成績上位者に入れる自信もあった。
「なら……テスト勉強期間の残り一週間だけでも好きでいてもらおうかしら」
男装してヴィクターを騙しているけれど、勉強を教えてもらったことだけは裏切らないようにと思ったユーフェミアは、教科書を開いた。
翌日からまたユーフェミアはユーリとして、図書館でヴィクターと放課後の時間を共にした。
意識してしまい、少しぎこちないのはお互い様だろう。先日ほどヴィクターは積極的に身を寄せるような教え方はしてこない。
それが少し寂しい気もするが、今はこのもどかしい時間すらも大切に感じている。
「ユーリ、明日はテスト前日なんだけど、勉強会は休みでも良いかな?」
「え?」
「忘れてた? カンニングや不正対策で授業が終わり次第、生徒は全員寮に帰るってルール」
「あぁ……そうだった」
あと一日あると思っていた貴重な時間が消え、ユーリは肩を落とした。
「大丈夫。明日くらい僕が教えなくても、ユーリならいい成績を取れるはずだよ」
落胆の理由を知らないヴィクターは、優しく励ましてくれる。その優しさは今日で終わり。たまらなく寂しくなり、視界が滲んだ。
「ユーリ!?」
「ヴィクター、良い思い出ができました。俺、すごく楽しかったです。短い間だったけれど、今までありがとうございました」
「どういう意味なんだい?」
「どうか聞かないでください。では――」
最後は声が震え、頬が濡れてしまっていた。懸命に笑みを作って、頭を下げて、振り返ることなく図書館を出ていった。
その夜から余計なことを考えずに済むよう、ユーフェミアは勉強に集中することに決めた。
お陰でテスト本番、彼女はスラスラと問題を解くことができた。過去問と同じ問題は出なかったけれど、ヴィクターが補足で書いてくれていたところがドンピシャで出題され、何度も彼に助けられたと実感した。
すべての教科を終えたユーフェミアは学友に誘われ、園庭の一角でお茶をすることにした。
その中には寮の隣部屋のメリルはもちろん、先月「彼氏を誘惑した」とメリルに因縁をつけてきた美少女も含まれていた。
「やはりこの学園のテストは難しかったですわね。ね? ユーフェミア様♡」
「わざと難解な言い回しで出題するんですもの。入試より大変でしたわよね? ユーフェミア様♡」
「ユーフェミア様もお疲れですよね? メリルが作ったお菓子をどうぞ♡」
お茶会の参加人数は10名と、知らないうちに大所帯となっている。メリルを始め、可愛らしい女生徒たちに囲まれたユーフェミアは「うふふ」と答えながらお茶を飲んだ。
(皆様、可愛い。テスト勉強での疲れも癒やされるわ♡ でもどうして皆様、私ばかりかまうのかしら?)
家庭教師モード発動で様々なことに首を突っ込み、毎回信者を増やしていたことを知らないユーフェミアは心のなかで首を傾けた。
おかげでヴィクターについて、ウジウジと悩まずに済んでいる。
するとそこに上級生の女子生徒の集団がやってきた。人数はこちらと変わらぬ10名。
和やかな雰囲気が、ピリッとしたものに変わる。
「ユーフェミア・ベネット様ですわね? わたくし、ジョゼットともうしますの」
上級生のひとり、艷やかな黒髪のクールビューティーが前に出てきた。
「ユーフェミア様はヴィクター・ロックウェル様の婚約者でお間違いないですわね?」
「……どうしてそれを?」
学園に来てから、ユーフェミアは一度もヴィクターの婚約者を名乗ったことはない。それを指摘されたのも今回が初めてだ。
思わず眉をひそめてしまう。
「私たち、非公認ですけれどとある方の親衛隊ですの。知らないはずはありませんわ」
ヴィクターの親衛隊だろうかと、ユーフェミアは当たりをつけて訪ねた。
「それで、親衛隊の方が何か御用ですか?」
「単刀直入にお伝えしますわ。彼の恋の邪魔をしないでくださいませ!」
「――はい?」
「せっかくいい雰囲気で、仲良く過ごされていたのに、あなたの出現のせいで彼がどれほど傷ついたとお思いで? ヴィクター様はあなたのことを知りながらも、学園で一度も話したことがないそうではありませんか。ユーフェミア様が今は婚約者かもしれませんが、ヴィクター様が避けている理由をお考えになって、真実の愛の邪魔をせず、身を引きなさい!」
真っ赤な顔でジョゼットにまくし立てられ、ユーフェミアはあ然とするしかなかった。
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