第16話 追及
(ヴィクター様が私の留学を知っているですって? なのに話しかけてこない……つまり私はやっぱり彼から見たら、なんとも思っていない……むしろ邪魔な存在なのね)
思わず視線を下げてしまう。
「分かれば宜しいのですわ。あの方の方が見た目も麗しく儚げで、まさに図書館に舞い降りた天使! 病弱なのに毎日図書館に通う健気さもあり、ヴィクター様の恋人に相応しいのですから」
「――ん?」
主語に違和感を感じ、視線を上げた。
「お待ちになって……皆様は誰の親衛隊ですの?」
「もちろん、放課後だけ分校から本校に通っている美少年ユーリ君ですわ! わたくしたちは、ユーリ君の恋を応援しておりますの」
「――えぇえぇえええ?」
まさかの
しかも彼女たちは男同士だと分かっていて、応援しているのだ。彼女たちも騙しているようで、申し訳なくなってくる。
「あの……もうユーリは現れないわ」
男装は先週でやめたのだ。
優しさのつもりで諭そうとしたが、ジョゼットは目を釣り上げた。
「あなた! ユーリ君に何かしましたのね!」
「え?」
「だって、今までは仲睦まじく過ごしていたのに、テスト二日前、ユーリ君は急に泣いて図書館を去ってしまったのよ! まだ友人として過ごしていただけなのに、それすらも許さず排除しようとしたに違いありませんわ。婚約者の立場を笠に、卑怯でしてよ!」
突っ込みどころが多くて、ユーフェミアは言葉に詰まる。
それを肯定と受け取ったジョゼットを始め、ユーリ親衛隊はユーフェミアを一斉に糾弾し始めた。
それに噛み付いたのがメリルたち、お茶会のメンバーだ。
「お黙りなさい! ユーフェミア様を侮辱するなんて許しませんわ」
「そうよ。誰よりも正義感のあるユーフェミア様がそんなことするはずがありませんわ。最低なのはあなた達よ」
「それにユーリ君という人も最低よ。ユーフェミア様という素晴らしい方を差し置いて、下心ありでヴィクター様に近づくなんて」
ジョゼットは怯んだものの、すぐに睨み返した。
「何なのよ、あなた達!」
「ユーフェミア様の親衛隊よ!」
「えぇえぇえええ!?」
単なる仲良しグループだと思っていたユーフェミアは、自分がその中心人物だと初めて知って驚きが隠せない。
つまり、自分の親衛隊同士が目の前で対立しているのだ。
(カオスだわ。でも私のせいよね……どうやって収拾をつければ良いのかしら)
複雑すぎる関係に頭が痛くなってくる。
そうやって悩んでいる間も、ユーフェミア派とユーリ派の罵り合いは激しくなっていく。
「ヴィクター様の本命はユーフェミア様に決まっているわ。魅力的すぎて、話しかけられないだけですわ! ユーリ君とやらはユーフェミア様と少しお顔が似ているから、練習台なのよ」
本人なんですけどね――とはいえず、やはり口を噤む。
「練習台なんてありえないわ。本命はユーリ君よ。あの美少年たるお顔は男女構わず魅了してやまないんですから!」
確かに男装してるときの顔の方が美しく見えるので、それにも口が挟めない。
「ぐぬぬぬ」
「うむむむ」
「こうなったら、本人に聞きましょう」
「メリル様、言いましたわね。良いわ、既に呼んでおりましてよ」
ジョゼットは勝ち誇ったような笑みを浮かべて、手のひらを前から後ろに向けた。
その先にはこちらに向かってくるヴィクターの姿があった。
(どうしよう……男装してないから逃げなきゃ。でもヴィクター様は私の留学を既に知っていて……なら逃げても意味はなくて……だけどまだユーフェミアとして顔を合わせる勇気はなくて)
ユーフェミアは思わず立ち上がり、後退った。
「待ってくれ、ユーフェミア!」
「――っ」
すると引き止めるように、ヴィクターが大きな声で名前を呼んだ。
そうすれば、逃げられるはずもなく。
「ほら、皆さん見まして? 逃げようとするなんて、やましいことをしていた証拠ではありませんこと?」
ジョゼットはヴィクターにも聞こえるように言った。
否定できないユーフェミアは思わず、手で顔を覆う。
(彼に合わす顔がないわ。男装して騙してしまったし、私のせいで浮気の道に走らせたし、避けていた私に無理やり会うことになってしまったし)
申し訳なさがこみ上げ、顔をあげられないでいると、ぎゅっと体が引き寄せられた。
指の隙間からヴィクターの香水の香りがして、彼に抱きしめられたのだと分かる。
「ヴィクター様?」
「大丈夫。分かっているから」
「え?」
ユーフェミアにしか聞こえない声で、囁かれる。体が離され、見上げた先には優しい微笑みを浮かべた彼の整った顔があった。
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