第6話
「あの、旦那様……?」
リディ様が自身の屋敷に帰られてから早3日。
我が家の主であるウェディルの機嫌はひどく悪かった。
それもこれも、俺がリディ様との晩酌で飲みつぶれ、寝台を共にしてしまったという失態のせいだった。
いや、俺もちゃんと反省している。
飲みすぎたせいでまさか警戒心の欠片もないような状態になっていたなんて。
でも――――
「旦那様、いい加減起きてください!!旦那様!!!」
絶対起きているくせにベッドから出てこないウェディル。
自分の言いつけを護れなかった俺に対し腹が立っているのは解っているが、シェリー曰く今日はずいぶんと片づけなければいけない書類が多いらしい。
つまらない怒りで仕事を放棄されては困るのだ。
「はぁ……どうしたら起きてくれるんです、旦那様。」
「キスしてくれたら。」
「本気で言ってるんですか?男の俺に本気でされたいんですか?」
「……嘘です。」
完全にウェディルの過剰なスキンシップがからかっているだけだと理解した俺は
むしろ逆に真面目に取り合う事にした。
すると逆に向こうに拒まれるという。
ちょっとだけ腹が立つが、こうしてるおかげで口での嫌がらせには対応できるようになった。
「……なぁウェディル。ごめん。本当に反省してる。だから許してくれ。」
執事ぶっていてもウェディルの対応が何も変わらない事に気づいた俺は言葉を崩してウェディルの頭に触れる。
まるで小さな駄々っ子をあやしている気分だ。
「あら、お忙しいはずのシュベール公爵はまだお寝んね中なの?」
「っ!!」
聞き覚えのある声が聞こえ、その声がした方へと振り向く。
そこはウェディルの部屋の窓際に腰を掛けるリディ様の姿があった。
(一体何処から入って来てんだよ、あの人……。)
なんて思っている時だった。
俺の手首がいきなりウェディルにつかまれ、ウェディルは俺へと視線を向けて勢いよく起き上がった。
そして、俺の姿を見るなり安堵のため息を漏らした。
「……よかった……。」
良かったとは多分俺の格好についてだろう。
女装しているほうが過度にスキンシップされづらいかもと思った俺は
ここ数日、メイド服で仕事をしていた。もちろんウィッグもつけて。
それに、女好きなウェディルには女装姿の方が許してもらいやすいかもと安易な考えを持っていたのもちょっとある。
全然許してもらえてないのが現状だけど。
「ねぇヒナタ。そんな使えない当主置いといて、私にお茶を入れてくれない?」
「あ、はい。かしこまりました。……ちゃんと起きて仕事してくださいね、旦那様。」
俺はウェディルを放っておくことに決めた。
だってこいつ、マジで面倒くさいし。
それにこの間だって一緒にベッドで寝はしたが、別に何もなかったみたいだし、
友達として警戒心を緩めてもいいと思っているところだ。
そんな俺はリディ様を談話室に案内するためにウェディルの部屋を後にした。
そして、談話室前に着た瞬間だった。
「やっぱりお茶はいらないわ。ねぇヒナタ。私のショッピングに付き合ってくれない?」
「え……。」
いきなりすぎる提案に俺は口が空いてしまう。
突然の訪問はまさかのお買い物のお誘いだったのだろうか。
「せっかくのお誘いですけど、仕事があるんで……。」
正直、このお屋敷から出たことないし、俺的には外を見に行きたいけど、
勝手についていけば後で絶対さらに不機嫌になるウェディルがいるはずだ。
了承することは出来かねる。
「あらそう?残念ね。付き合ってくれたらディルの機嫌の直し方、教えてあげようと思ったのに。」
「え……?」
「私、従妹だもの。あの子の機嫌の直し方、知ってるわよ?でも残念。仕事を取るなら仕方がないわね。あの子、一度機嫌が悪くなると下手すると数か月は機嫌が悪いから、頑張ってね。」
(す、数か月!?)
数か月もあんな状況だなんて、耐えられるはずがない!
いじって遊ばれてはいないけど、でも、面倒くさすぎていじられる以上に今の方が面倒くさい。
(背に腹は代えられぬ……。)
「解りました。同行します。」
「ふふ、そうこなくっちゃ♪」
この先も機嫌の悪いウェディルの世話をし続ける事の方が後々怒られるよりもはるかに怖かった俺は後の事より今の事を優先することにした。
そして、この選択のせいでえらい目に遭うなど、この時の俺は考えもしなかったのだった。
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