第8話
「あぁ、やっぱり思った通り、貴方はショートパンツがよく似合うわね。」
リディ様の選んだ服を着せられている俺。
男とばれた俺はとりあえずおとなしくリディ様の頼みを聞いていた。
別に男とばれていたからといってこれといって性別を偽っていたことをとがめられるわけでもなし、なんか普通に可愛がられていた。
「そうそう、昨日クッキーを焼いてみたのよ。はい、あーん。」
リディ様に言われるままに口をあけ、クッキーをもらう。
いや、本当に、なんかすっげぇかわいがられてるんですけど。
「……あの、何時から気づいてたんですか?俺が男だって。」
「最初からよ。だって貴方、すごく美味しそうな匂いがしたのだもの。
絶対私の好みの子だって思ったわ。で、貴方が酔いつぶれて寝ちゃった後、
ちょ~っと体を触らせてもらったの。」
(まさか、触ったんすか……俺の大事なとこ……。)
なんて思うけど流石にそれは聞けない。
なんかセクハラくさいし……。
なんて思っている俺の目にふと窓の外の景色が見える。
外はもうすっかりと暗くなってしまっている。
(そろそろ帰らないとな……。あ、やば。ウェディルの機嫌直す方法、まだ聞いてない。)
自分の本来の目的を見失ってしまっていたなんてなんて馬鹿な話だろうか。
いや、だって、こんな絶世の美女にかいがいしく世話妬かれてたらもう、楽しくて時間を忘れるのは仕方ないと思う。
俺、今なら浦島太郎の気持ちが解る。
帰りたくなくても帰らなきゃいけない浦島太郎の気持ちが。
「あの、リディ様。俺、そろそろお暇しますね。なので変える前にウェディル様の機嫌直す方法、教えてもらっていいですか?」
「……あら、帰るの?じゃあ……――――――」
リディ様は妖艶な笑みを浮かべ、そっと俺との距離を詰めてくる。
そして――――
「…………え?」
気づけば俺はリディ様に押し倒されていた。
「あ、あの、リディ様……?」
「ねぇヒナタ、帰る前にお姉さんといいことしましょう?」
(え……えぇぇぇぇ!?)
まさかのまさか、このタイミングでお誘いが来るとは思いもしなかった。
いや、というか、やばい!!
俺の胸の高鳴りが女に化けていた時のウェディルに襲われた時と
比じゃない程に高鳴っている。
だめだろ!こんな絶世の美女が迫ってきたら!!
「あ、あの、俺的にはすごい嬉しいんですけど、でも、帰らないと……」
「あら、そうやって逃げるつもりなの?なら、無理やりその気にさせてあげようかしら?」
「っ!!!!!」
リディ様は俺の首筋や胸元をそっと人差し指でなでてくる。
ただ人差し指でなでられただけなのに俺の胸は変に高鳴っていた。
「……ねぇお願い。私と楽しいことしましょう?でないと私、きっと狂って貴方を食べてしまうわ。」
「いやいやいや!!今も俺を食おうとしてるじゃないですか!!」
「あら、比喩じゃないわよ?食うというのは貴方の血肉すべてを私のお腹の中に納めるという意味よ?」
「……え?」
色っぽいリディ様のしぐさに胸を高鳴らせていた俺。
しかしその高鳴りはすっと引いていく。
今、耳を疑うような言葉を聞いた気がする。
「何故かしら。こんな気持ちは初めてだわ。今までならこんな気持ちになる事なんてなくて、ただ業務的にとても甘い夢を見せてあげた後に頂いたものをしっかりと食べるだけだったのに……。」
「い、今まで……?」
不思議そうな顔を浮かべながら悩んでいるリディ様を見て俺は恐る恐る問いかけた。
今までこの人はどんなことをしてきて、俺に何をしようとしているのだろうか。
きっと、甘い夢だけでは済まされない事に違いない。
「あぁ、そうだわ!きっと私、貴方に一目ぼれだったんだわ。
そうよ、よくよく考えたら自分から欲しいと思った事は初めてだったわ。
いつもは借金を返せない代わりにってもらっていたものだったし。」
「……借金……?」
(なんだ、一体、何の話をしているんだ……?)
借金を返せない代わりだなんて全く想像もしていなかった話だ。
この人は一体、普段何をしているのだろう。
「……知りたい?何の話か。」
「……そ、そりゃ……。」
聞くのも恐ろしい気もする。
だけどこれから我が身に降りかかるかもしれない事態に
聞いておかなければいけない気がした。
だから、怖いけど覚悟を決めて聞いてみる事にしたのだ。
「……いいわ。教えてあげる。私は領内で金貸しもしているの。私は優しいからどんな人にも臨んだ額を貸し出すわ。勿論、何に使うかは聞くけどね。それで貸してもいいと思えたなら貸し出すのだけど、時折、返せない人がいるの。その場合は若くてかわいい男の子を差し出してもらっているのよ。時々成人した可愛い男も差し出されるけどね。」
差し出された男たちを思い出しているのか懐かしそうな顔をして笑うリディ様。
そのリディ様の表情は少しだけ猟奇的に感じた。
というか、どこかで聞いた話というか、まさかとは思うけど―――――
(リディ様って、いわゆるヤクザやマフィア的なことしてるんじゃ……。)
金かして返せなきゃ臓器を売り払うてきな……。
(だとしたらこの人は見た目こそ女神でも、中身はとんでもない悪魔だ……!)
でも、できればそうでない事を願いたい。
人殺しなんてしていないって……!
「まさかとは思うけど、その差し出された男たちを殺してるんですか?」
「あら、とても物騒なことを言うのね。殺してはいないわ。でも、大事なものをもらってる。……これよ。」
これ。
そういってリディ様が触れたのは俺の股についている男として大事な大事なものだった。
(な、なんて残虐なんだぁぁぁ!!!)
男の命といえる場所。
そんな場所を切り落とすなんて何事だっ!!!
「しってる?ここを切り落とせばね、ずっと可愛いままでいられるのよ。年をとっても男臭くなる事もない。そう、永遠に可愛いままでいられる。だから最後に私と体を重ねる事で男としての甘い夢を見てもらって、その後にこれをいただくの。切り落としたそれは大事に大事に料理して私の胃袋に入れるの。だって、肉には変わりないし、それに捨てるだなんて相手に失礼でしょ?」
恍惚とした表情でお腹をさすりながら話すリディ様。
そんなリディ様を見て俺はいかれていると思わずにはいられない。
人道に反する行為だと思う。
とはいえ、それは異世界であるこの世界では言っても仕方がない事なのかもしれない。
(リディ様と寝た男がほかの女とはどうこう慣れないってのと、ウェディルが言っていた「男でいたいなら」という言葉。まさかそういう事だったなんて……。)
というか、ホラー的な話じゃなくて、リアルなホラーだった!!
(……この人かなりやばいし、できるだけ刺激しないほうがいい……よな……?というか……)
「あ、あの、リディ様俺のそこ……まさか切り落とそうなんて考えてはいないですよね……?」
「思っているわよ。だって、男としての貴方を私だけのものにしたいのだもの。」
そういってリディ様は俺の下腹部を弄ってくる。
(いやいやいや!!絶対嫌なんですけど!!ってか俺、別に借金とかしてないし!!くそっ!切り落とされるのだけは何とかして阻止しないとっ……!!)
ウェディルの忠告、俺が男でいるため……その言葉に聞く耳持たなかった俺、マジ殴りたい。
(でも、どうすればいいんだ!?俺は貴方だけの物ですよっていえばいいのか!?でも、そんなの無理!絶対無理!こんな猟奇的な人と永遠に一緒とか死んでも嫌だ!!!こうなれば暴れて―――――――)
暴れて逃げよう。
そう思った瞬間だった。
俺の体がピクリとも動かない事に気づく。
(あれ……なんで……。)
「体が……動かない……。」
声は出るのに体は動かない。
これは一体どういうことなのだろう。
「ふふ、薬が回ってきたみたいね。口以外が回らなくなる薬をクッキーに混ぜておいたの。時々いるのよ、大事なタイミングで逃げ出そうとする子。だから逃げそうな子にはあらかじめ逃げられない様に薬を盛っているのよ。」
「じょ、冗談だろ……なんで、ここまで……。」
「あら、冗談なんかじゃないわ。だって私、貴方が欲しいのだもの。
最初は一度抱かれてみたいって思っただけだけど、一緒に居ればいる程に貴方が欲しいという気持ちは大きくなったわ。私だけのものにしたいって。だから私、貴方が家出したことにしてしまったの。」
「……え?」
愉快そうに自身の行ったことを話すリディ様。
どうやらリディ様は最初から俺を屋敷に返すつもりはなかったらしい。
家出したことにしたというのはそういう事だろう。
「だからね、ヒナタ。貴方はもうあの屋敷に変える必要はないの。
あ……そうだわ。貴方に選ばせてあげる。私と結婚して、これから死ぬまで私の屋敷で、私の傍で私だけを愛して生きるか、ここで心臓の活動を止めて、貴方のすべてを私のここにいれるか……。」
とても不気味な笑みを浮かべてリディ様は自分のお腹をなでる。
どうやら俺の場合は男の象徴だけじゃすまないらしい。
(なんなんだよ、この究極の二択っ……!)
身体が動かない以上、どちらも選ばないなんて選択肢はきっと存在しない。
こんな奴の傍に居続けるくらいならあの面倒くさい変態馬鹿と一緒に居るほうが何十倍、何百倍もマシだ。
そう思うものの、抵抗なんてできない俺は選択を迫られる。
どうすれば、どうすれば――――――
(……命のは、大事だもんな……。)
悩んだ末、俺は決断した。
そう、命は大事だ。だから俺の選択は―――――
「解った。するよ。結婚――――――」
「お父さんは許さぁぁぁぁぁ―――――――ん!!!!」
「っ!!」
勢いよく部屋の扉が開く音が聞こえたと思うと、扉の音が鳴りやむより先に聞き覚えのある声が聞こえた。
(顔が動かないけど声でわかる!この声は――――――)
「ヒナタ、お父さんが助けに来たからにはもう安心だ!」
(あんなド変態が親とかないわ。)
俺の大事なところだけでなく、俺の命の危機だというのにボケ倒すウェディルに俺は心底呆れて思った。
いや、でもある意味重苦しい空気を一瞬にして変えてくれた。
何故かほんの少しだけだけど気が楽になった気がする。
「ヒナタ様!!お母さんもいますよっ!!!貴方の大事な一物はお母さんが護ります!!」
(あ……シェリーもいるのか。)
ウェディルに悪乗りしてる時点で自称ママのその人物がシェリーだとはすぐにわかる。
っっていうか、本当にこいつら、いついかなる時も賑やかだな。
「……ディル。よくヒナタがここにいるってわかったわね。」
「ふっ……簡単な事だ。リディ、お前は一つミスを犯した。それはこの手紙だ!!」
「……その手紙がどうしたというの?彼が家出する確率なんてなかった、とでも言いたいのかしら。」
「いや、違う。それは大いにあっただろう。」
(自覚ありかよ……。)
ウェディルの奴、いつも思うが何故俺の嫌がりように気づいていて
何時もしつこく俺を困らせてくるのだろうか。
全く性格の悪い奴だ。
(でも、だったらなんで俺がリディの元にいるってわかったんだ?)
「ふふふ、その質問に答えてあげようヒナタ君。何故なら君は―――――――この世界の字が書けないじゃないか!!!」
(あっ、本当だ!!!!)
あまり字を目にする機会がなくてしみじみと思った事はなかったけど、そういえばこの世界と俺が元いた世界の字は違う。
だとしたら俺が字を書けるはずがない。
この世界の字で書かれた手紙=偽物と分かるという訳か!!
「……どういう事?この世界の字……?まさかディル。貴方、異世界人を召喚したの?」
「はっ!!しまった!!……これ、内緒だった。」
やっちゃった。みたいな感じで声高めに口走るウェディル。
やはりあいつ、馬鹿だろ。
「……残念だわ。なら殺せないじゃない。」
(え……?)
「なっ……!お前っ……ヒナタを殺そうとしていたのか……?」
「えぇ、私の物にならないというならね。でも異世界人だと知った今、
そんな事はもう考えていないわ。……とても惜しいけれど、ね。」
残念そうに俺の頬を撫でるリディ。
そんなリディの手は下へと下っていく。
「でも、ここだったら食べても平気かしら。」
(なっ……!)
まさかの諦めの悪さで、殺せないとわかった今、ならばと妥協したみたいに俺の大事なところを求めてくるリディ。
食べて平気なわけあるか!!!
なんて思っていた時だった。
「ヒナタから離れろ、リディ。」
リディの首元に剣が突きつけられる。
リディの顔は恐怖におびえるでもなく、とても涼しい顔をしていた。
いや、どちらかといえば白けたという顔かもしれない。
「……いいわ。この場は引きましょう。たまには正攻法で落とすのも悪くないわ。女の魅力で落とすことにしましょ。」
「悪いが何があってもヒナタだけはやらん。ヒナタは……この魂だけは二度と誰にも。」
(……魂……?)
よくわからないが、もしかするとそれが俺がこの世界に召喚された理由なのかもしれない。
特別な力はないけど、特別な役割はあるという事だろうか。
殺せないって言っていたし……
「……なるほど。女好きの貴方が男だというのに偉く執着していると思ったら、そう……なるほどね。じゃあ貴方は私のライバルなの?ねぇ、とりあえず目障りだから貴方を殺していい?」
「とりあえずで従兄を殺すような奴にヒナタは仮に死んだとて渡さんがな。」
「ふふ、冗談よ。いかなる理由があっても天使同士の殺し合いはご法度。私もまだ生きていたいもの。そこまでのリスクは冒さないわ。でも、ヒナタは必ずもらう。それまでせいぜいヒナタを可愛がることね……ふふ……ふふふふふ……――――」
いきなり笑い始めたリディ。
その次の瞬間だった。
リディを中心にとても強い風が吹き、リディの姿が見えなくなった。
そして風がやんだ後にはリディの姿はなかった。
恐らくリディが風の力を操る天使なのだろう。
(はぁ……とりあえず命と俺の大事なものの危機は去った……。)
ようやく息がつける状況になり、俺は大きく息を吐いた。
でも、残念ながらまだ体は動かない。
(ん~……どうしたものかな……。)
身体が動かないせいでまともにウェディルの顔が見えない。
多分だと思うけど、めっちゃ怒ってるよな?
(おとなしく先に謝罪を―――――)
「お前はどうして私の忠告を聞かない。」
「っ…………。」
どうやら先に謝罪させてくれるつもりはないらしい。
怒鳴りつけるわけではないけれど、怒りを感じずにはいられない怒気を含んだ声で俺は問いかけられてしまう。
「……ごめん……なさい。」
「ごめんなさいではない!!一物だけならまだしも、殺されるところだったんだぞ!?」
(っ……そんなに怒らなくてもいいじゃんか。一番怖かったの、俺なのに……。
ってか、一物だけならまだしもってなんだよ……。)
一物は別に取られてても良かったってか?
なんてひどい奴だ。
それに……ちゃんと反省はしている。
自身の行動が一番軽率だったことに関しては一番自信が身に染みて理解している。
そう思うとついそんな事を思ってしまった。
「……きつい言い方をしてすまない。だが、それだけ心配したんだ。
その……男の象徴が無くなったら本当に男か女かわからなくなるし……。」
そういいながらウェディルは身動きが取れない俺の頭をなでた。
その手はとても大きくて、暖かくて、何故か不思議と安心する。
……だが。
(いや、さっきそれだけならまだしもっつてた癖に。)
思ってなかっただろといいたくなる。
というか、なんだよ、本当に男か女かわからなくなるって。
(えぇえぇ、どうせ俺は女顔ですよ。)
なんて悪態をついてみる。
とはいえ、心配させたのは事実だし、そもそも、
今のだって場を和まそうとわざと馬鹿な事を言ってくれたのかもしれない。
変な奴だけど、悪い奴じゃない事はもう知ってる……。
「……ウェディル。ごめん……。本当、ごめんなさい。」
「解ればいいんだ。でも、罰は与えるぞ……。」
「うっ……な、何?何すれば言い訳?」
「……今晩は私と寝てくれ。何もしないと誓う。ただ、お前が生きているという事を感じていたい。」
(……ちょっと大げさだろ。)
なんて思うけど、正直、俺も怖い思いをした後だからだろうか。
ちょっと一人であの大きな部屋で寝るのは怖いかもしれない。
(曲がりなりにもこいつ強いし、何かあってもこいつがいれば安心だよな……。)
「……罰なんだもんな……。甘んじて受ける。」
素直に俺も怖いなんて言えないから、俺はしぶしぶ了承するみたいな言い方をしてみる。
でも、そんな俺の言葉にウェディルは満足なのか、ウェディルは俺の頭をまた撫でた。
そして俺たちは屋敷に帰宅後、空気を呼んで先に帰宅していたシェリーの手際のよい準備により、早々に寝る用意を終えた俺たちは仲良く、兄弟の様に一緒に眠ったのだった。
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