第5話
(さぁて、食うもん食ったし、庭掃除でも頑張るかな!)
昼食を終えた俺は庭に出てきて腕を上に上げて大きく体を伸ばした。
いやぁ、今日はとてもいい天気だ。
なんてすがすがしい掃除日和――――――
「だぁぁぁあくそっ!!あんの堕天使め!!こっと如くこの僕を馬鹿にしてぇぇぇ!!」
……前言を撤回したいと思う。
(なんだなんだ?出てったと思ったら庭に出てきてたのか?)
食事のあと、屋敷内を見て回ったときに見つからないと思ったら
まさか庭に出てきていたとは……。
激しく地団太を踏みながら怒りを口にしている。
いや、まぁ、怒る気持ちはわかる。
「いずれ僕が神になったときは覚えていろぉぉぉぉぉ―――――!!」
「…………。」
……聞かなかったことにしよう。
俺はそう思った。
(いや、悪い人じゃないのは解るし、別に発言自体がこの世界ではおかしなことではないのもわかるんだけど、現代日本人である俺にはあの人の発言はちょっと痛い人なんだよな……。)
なんかこの世界に来てから俺は変な奴ばかりとしか関わっていない気がする。
変態で自分勝手な女好きな主人。
女好きで悪乗り大好きな変態メイド。
猟奇的なショタコン。
……うん、関わらないのが身のためだと思う。
なんて思い、静かにその場を後にしようとしたその時だった。
「な、なんてことだっ……。」
(……ん?)
静かに驚く声が俺の耳に届いた。
その声は他の誰でもなくアインズ様のものだった。
「あぁ、すまない。僕はなんてひどいことを……。」
アインズ様がうずくまり、何かに向かい語り掛けている。
一体何に語り掛けているのだろうと覗いてみると、
そこには踏まれたせいで折れたと思われる野花があった。
恐らくアインズ様が激しく地団太を踏んでいた際に踏んでしまったのだろう。
正直、花壇などに植えられていたわけでもないわけだし、
そこに野花があった事に気づかなかったのはしょうがない事だと思う。
けれど、アインズ様は本気で心を痛めているのか、
ひどく困惑し、申し訳なさそうに花を見つめていた。
「僕は最低だ。いくら怒り狂っていたとはいえ、罪のない花を傷つけてしまうとは……。すまない。すぐに元気な姿に戻してやるからな。」
そういうとアインズ様は野花を両手で手包むように野花の左右に手を置いた。
その次の瞬間だった。
オレンジ色の暖かな光が辺りを包み込んだ。
その光はとても温かく、優しい感じがした。
初めて見る。
でも、俺は不思議と確信があった。
……これが、天使の力だ、と。
多分、俺の想像は当たっていたのだと思う。
アインズ様の放った優しい光に包まれた野花は光が静かに止むと
元気な姿を取り戻していた。
(……騒がしいし、自分が神になるとか何とか、俺からしたら痛い発言する人だけど、優しい人だな、アインズ様って。)
まぁ、ちょっと変な人だけど今までこの世界で出会ってきた誰よりも
思いやりのある優しい人なんだなと改めて実感した。
そう思うと関わらないほうがいいと思っていた俺はどこへやら。
俺はアインズ様と仲良くなりたいと思い始めた。
そういえばさっきあまりアインズ様に近づくなとか馬鹿主に言われていたような気もするけど、そんな事はどうでもいいかと思いながらアインズ様に近づいた。
「おや……ヒナタじゃないか。箒をもっているという事は掃除かな?使用人ではないらしいのに、感心だな。あの堕天使にも君を見習ってもらいたいものだな。」
「いえ、そんな。美味しいご飯食べさせてもらってる礼みたいなものなんで。」
決して屋敷においてもらっている礼なんかじゃない。
可能ならすぐにでも出ていきたいし、こんな屋敷。
ご飯はおいしいけどストレスが半端ないこの屋敷に、
そもそもおいてくれと頼んだわけでなく召喚されたのだ。
屋敷においてもらってる礼なんかしてやるものか。
でも、ご飯はすごく豪華でおいしいからその分、どっかのメイドの思い付きであれなんであれ、執事になると決まった以上はちゃんと働くと自分で決めているだけの話だ。
「それはそうと、アインズ様の力って素敵ですね。えっと……土の力を操る天使様、ですよね?」
「天使様はやめてくれ。……本当はそんなすごい存在ではない事を僕は理解している。」
「…………?」
いずれは神になるとか何とか威勢のいいことを言っていた人物とはまるで別人のように塩らしく花をなでるアインズ様。
いきなりどうしたのだろうか。
そう思いながらアインズ様を見つめているとアインズ様は困ったような笑みを俺に向けた。
「君も大変だな。いくら天使としての力は優秀でも、あんな人格破綻者の屋敷で使えているだなんて。……君もおもちゃにされることが多いんじゃないか?」
「あはは、まぁ……。」
なんか同じおもちゃにされる者同士、なんとなく痛みが解る、的な感じの空気になる。
とはいえ、俺、アインズ様程ひどい扱いは受けていないけど。
……とはあえていうまい。
「そういえば君は花は好きか?」
「え?まぁ、好きか嫌いかで聞かれると好きですよ?」
突然の質問に意がつかめず、とりあえず思ったままの言葉を返すと
アインズ様は「そうか」とにっこり優し気な笑みを浮かべた。
そしてポケットから種の様なものを取り出すとそれをそっと俺に握らせた。
「あの、アインズ様?」
「なんだか君とはいい友達になれそうだと思ったんだ。それでこれは友情の証に僕からの贈り物だ。」
アインズ様は種を握らせた俺の手を握った。
そしてその次の瞬間だった。
俺の手の中にとても暖かな光が広がった。
そしてその光は俺の手の中に納まりきらず、辺りをまばゆく照らした。
やがてその光がゆっくりと止むと、俺の手の中にはとても綺麗な花があった。
「す、すご……。」
種が一瞬で花へと成長したそんな奇跡の様な、夢の様な驚くべき現象に俺はただただすごいという言葉しか発せなくなっていた。
綺麗な白い花。
そんな花の花弁をひっつけている真ん中の部分は宝石の様な形をしてキラキラと光っている。
コスモスに少し似ている気がする。
「それはジュエルフラワーという花なんだ。僕の操る土の力でしか咲かない花だ。
そしてもう一つ咲くには条件がある。心が綺麗な者の手の中でしか育たないんだ。
やっぱり君は心が綺麗なようだ。」
「っ……べ、別にそんな事ないと思いますけど?」
優しく、初春の太陽の光の様に温かな笑みを浮かべるアインズ様の笑顔を見てると
なんか非常に照れくさくなる。
っていうか、そもそも心が綺麗とか何?めっちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。
いや、絶対この照れくささはアインズ様のくさいセリフのせいに違いない。
でも、何だろう。
(格好つけるわけでもなく、この人は多分、思ったままの事を口にしてるんだろうな。)
飾らない感じ。
そんな感じがすごく伝わってくる。
(やっぱこの人、結構好きかも。)
一緒に居て居心地がいい。
この世界に来て初めてそう素直に思える相手に出会えた俺はひどく嬉しくなったのだった。
そしてそれからというもの、俺とアインズ様は他愛もない話を楽しく話し始めた。
そう、なんだか楽しくて話す事に夢中になってしまっていた。
……だから、俺は気づかなかったんだ。
俺とアインズ様の姿を屋敷の窓からウェディルが睨みながら身下ろしていたことに。
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