第4話

「旦那様、昼食の準備ができました。」


飽きもせず長々と言い合いをしていたウェディルとアインズ様。


そんな二人の言い合いを止めたのはシェリーだった。


「ほぉ、もう準備ができたか。行くぞ、ヒナタ、ついでに害虫。」


「どぅぁあれが害虫だぁぁぁぁぁ!!……ん?おい待て、今僕にも声をかけたか?」


大きな声で叫んだ後、すぐに感情を怒りから驚きに変えたアインズ様。


感情の起伏が激しい人とはこういう人を言うのかもしれない。


というか、食事に誘われてこんなに驚いているという事はまさかと思うが、今までこの屋敷では食事を出してもらえていなかったのだろうか。


「うむ、そのまさかだな。」


俺の心の中での疑問に当たり前のように返答してくるウェディル。


そんなウェディルを俺は軽蔑の目で見つめてみる。


こいつは本当になんて奴なのだろうか。


「よせ、ヒナタ。そんな熱い視線で私を見るな。」


いい笑顔で俺に馬鹿げたことを言ってくるウェディル。


決してそんな視線送ってねぇよ。


俺は心の中で反論した。


何はともあれ、初めて食事の誘われたアインズ様、そして駄目主と食堂へ向かい歩き始めた。


本当に可愛そうなことに道中、アインズ様はひどく困惑されていた。


きっと裏があるに違いないといったり、しかしもし素直な好意だったら――――


など、自問自答を繰り返していた。


そしてそんなアインズ様を見て面白がっているのか、ウェディルは突然対応を変えた腹の内を明かさない。


やはり最低だ、この主。


なんて思いながら食堂にやってくると、突然アインズ様がテーブルを見て驚きの様子を見せた。


「お、おい、ディル……まさか僕に君のすぐ隣の席に座れというんじゃないだろうな?」


食堂にある大きなテーブル。


そのテーブルは入り口から見て左右に席が一つずつあり、

そして扉がある手前側、窓がたくさん並ぶ奥側に

それぞれ五つずつ椅子が配置されている。


そして、食器が用意されているのはいつもウェディルが座っている席と

俺が座っている席だった。


「言っておくが私の傍にある席はヒナタの席だ。

彼は執事の様に振舞っているが実際は執事ではなくペットだからな。」


あいも変わらずペット扱い。


もう反論する気も起きない俺は遠い目をしながら主の戯言を聞き流した。


そう、一応俺も執事の仕事を一てずいぶん経つけど、

ちゃんとした執事に思われていない。


ウェディルにとってはあくまで執事ごっこをしているペットだかおもちゃだか

解らないけど、使用人ではないのだから食事は共にしろといつも言われている。


リディ様の時は流石に一緒には食べなかったけど、今日はどうやら一緒に食べるらしい。


けれど、だとしたら可笑しい。


(食器、ツーセットしかないんだけど。)


アインズ様の事を誘ったくせにアインズ様の分の食器がない。


え?なんだこれ。


新手の嫌がらせか?


期待させて落とすみたいな?


「うわぁ……最低。」


「おいヒナタ、心の声が音として出ているぞ……。」


心の中で思おうが、口に出して言おうがどの道

全部伝わってるじゃねぇか。


なんて思わなくもない。


というか―――――


「どういうことなんだ、ディル!!彼が実は使用人ではないという事はこの際

どぉ~~~でもいい!!何故食事に誘われたはずなのに僕の食器がないんだ!!」


(まぁ、そりゃそうなるよな……。)


普通に考えて非常識だ。


怒るのも無理はない。


「落ち着け。何も食事を出さないとは言っていない。

お前には特別料理を運ばせることにしたからな。

まぁ何、黙って私の正面に座るといい。

とはいえ、いらぬというのなら不要と指示を出すが?」


意地悪く不敵に笑うウェディル。


とことん性根の腐っている俺の主はなんていうか、

本当にアインズ様で遊んで楽しんでいるようだ。


しかも、食べないなら食べないでいいとこの場においては言える立場だからか

更にたちが悪い。


いや、まぁ普通に考えて客人にだけ食事出さないとかありえない話だけど。


なんて思っているとアインズ様のお腹が大きな音を立てて空腹を訴えた。


「くっ……。い、良いだろう!ならばその特別料理とやら?

是非ともいただこうじゃないか!」


不服そうに、だけど余裕な姿を見せたいのか引きつった笑みを浮かべながらウェディルと向き合う事になるウェディルの正面の席に座るアインズ様。


アインズ様が着席したのをみてからウェディルも席に着く。


それを見て俺も着席をした。


そしてそれからすぐに食事は食堂へと運び込まれた。


(うわぁ、今日は一段と美味しそうだな。)


前菜として野菜をふんだんに使ったテリーヌが出される。


異世界といえど、この国の食文化はそう俺のいた世界と遜色ないようで、

まぁ、名前は違うらしいけど俺の世界ではテリーヌという名前の料理だと

料理長のメイドさんが教えてくれた。


そのテリーヌは野菜だけでなく、エビや木の実も使われていて、本当に味わい深い。


(食事だけは向こうの世界にいるよりもいいもの食べてるんだよなぁ……。)


元いた世界よりこちらの世界の方がいい生活ができているかと聞かれると

まぁ、もとの世界では確かに苦労することは多かった。


とはいえ、こっちの世界ではこっちの世界での別の苦労がある。


どっちもどっちで生活に関してはそう変わらないけど、

食事だけは間違いなくこの世界の方がはるかに良い。


(これでこの世界にラノベさえあればなぁ……。)


続きが気になる作品、山ほどある。


とはいえ、続きが完全に読めないわけではない。


ウェディルの機嫌が本当にいい時はウェディルの見えすぎる目の力を

応用したとか何とかで、鏡に俺の読みたかったラノベの続きを映してくれる。


……まぁ、それでもウェディルの力で見せてもらってる訳だから

勿論、ウェディルが疲れたらたとえいい所でも終了。


不便は多い。


でも、何だかんだ不便はあっても最終的に読ませてもらえるのだから

文句は言うべきでないし、そもそも感謝してる。


暇つぶしなんて理由で呼び出されたんだからそれぐらいしてもらわないとな、

と言いたくなる気持ちもあるけど。


(そういや、アインズ様の特別な料理ってどんなのが用意されたんだ

――――――――――え?)


アインズ様の料理が気になり、アインズ様の方へと視線を向けた俺。


そんな俺の視界に映ったのは俺がひどく見慣れたお椀だった。


(こ、この世界に御椀、あったっけ?)


俺だってどっかの誰かさんに言わせれば執事のまねごとならしいけど、

この屋敷で執事として仕事をさせてもらってる。


厨房の立ち入りだって頻繁にしている。


つまり、食器棚だってよく開けて、食器の出し入れだってしている。


けれどこの世界――――は、解らないけど、

少なくともこの屋敷にはお椀はなかったと思う。


まさかわざわざアインズ様に出すために買ってきたとか?


(というか、あのお椀の中身って一体――――――)


そう思いながらアインズ様の手元にあるお椀を見つめていた時だった。


「ふ……ふざけるなぁぁぁぁ!!」


アインズ様は大きな声をあげ、机を思い切りたたくと勢いよく立ち上がり、

ウェディルを指さした。


「ディル!!いや、ウェディル!!貴様、仮にも天使の一人であるこの僕に何たる所業だ!!今日という今日はその態度に辛抱できん!!

この僕に、いずれ【神】になるこの僕に、泥水を飲ませるなど言語道断だぞ、雷の天使、ウェディル!!!」


(うわ……俺のいた世界だとすごい痛い発言だな……。)


いずれ神になるだなんて痛すぎてヤバい。


いや、この世界だと別にいたくない発言なのかもしれないけど、

異世界から来た俺にはちょっと引いてしまうような発言だ。


っていうか、まぁ薄々は気づいてたけど、天使様だったのか。


(しっかし、泥水って……いくら何でもそれは……。)


神や天使云々はともかくとして、

間違いなく人に出すものじゃないだろう。


「勘違いをするな、ヒナタ。あれは味噌汁だ。」


「は?何で味噌汁…………あ。」


(まさかと思うけど、ウェディルの奴、アインズ様が泥水と間違えて怒るのを望んで――――……なんて、流石にそんな訳――――――)


「流石ヒナタだな。その通りだ。」


俺の心の言葉にわざわざ言葉を返してきやがるウェディル。


そう言うやつだよ、お前は。と、俺は心底思った。


(というか、味噌汁って事は俺にとっては全然問題ない食べ物だし……)


「あの、アインズ様。よかったら俺の料理と交換しませんか?俺、

結構味噌汁―――――えっと、その料理好きですし。」


「な……なぁぁぁぁぁぁ!!??」


俺の言葉にひどく驚きを見せるアインズ様。


そこまで驚く事だろうか。


なんて思っているとアインズ様テーブルに両手をつき、項垂れた。


「どどど、泥水料理が好きだと?ななな、なんと言う事だ。もしや彼は今までどこかの貧困街で生きていたのか?いや、そうに違いない。出なければ泥水など

上手いといって飲めるはずがない……。」


騒がしく叫ぶのではなく、ひどくショックを受けた様子で

早口でぶつぶつと言葉をするアインズ様。


何を言っているかよく聞こえないけど、とりあえず絶対変な事を想像されている事だけはなんとなく理解できた。


多分、とんでもない被害妄想をされている。


「っ……すまない、ヒナタ君。僕は君のご馳走にケチをつける真似をっ……。」


「え?いや、誰もご馳走とまでは――――」


「なら僕は君の尊厳を守るためにもこの料理を口にしなくてはなら無いようだ。」


(お、大げさなことに……。)


そもそも泥水でなく味噌汁だ。


俺のいた世界ではごく普通に食卓に並ぶ一般家庭料理、味噌汁だ。


そんな決死の覚悟で飲まれるものじゃないんだけど……。


「ししし、しかし、僕の胃はひどくデリケートだ。これを飲んだら僕は……いや、しかしこれを飲まなければ僕は彼の尊厳を……」


味噌汁を何とも言えぬ表情で見つめながらぶつぶつ言うアインズ様。


というか、だから泥水じゃないって。


なんなら胃に優しい物なんだけど。


「あ、あの、アインズ様?だから、それは俺が――――」


俺が飲む。


そういおうとした瞬間だった。


俺の言葉は俺の言葉にかぶせられたウェディルの言葉にかき消された。


「ふむ、どうやら気に入らぬらしいな。ならばあれを、シェリー。」


「はい、旦那様。」


今度は何を出そうというのか。


どうせろくなものではないのだろうと容易に想像できる。


そして今度は少し大きめの陶器が運ばれてきた。


「こ、今度は何だというのだ……?」


陶器には蓋がしてあり、運ばれてきた陶器のふたを恐る恐る開けるアインズ様。


そして―――――


「き、貴様はやはり僕をバカにしているだろぉぉぉぉ!!!」


軽く涙目でアインズ様は怒りの声を上げた。


(今度は何用意したんだよ、馬鹿主。)


とりあえず客人がいる前での暴言は控えようと俺は心の中でウェディルに問いかけてみる。


するとその返事はすぐに帰ってきた。


「茶漬けだ。とはいえこの世界には緑茶という茶はないからな。紅茶で作ってみた。」


「え?それ、美味いの?」


「意外といけたぞ?」


意外といけるのか……。


なんて関心していると俺はふとある事に気づいた。


(あれ?確かお茶漬けって京都で「お帰り下さい」って隠語のある料理じゃ……。)


俺の元いた世界のどうでもいいことばかり勉強しているウェディルの事だ。


勿論それを知らないわけはないだろう。


そう思いながらちらりとウェディルを見るとウェディルはひどくいい笑顔をしていた。


間違いなくそういう趣旨で出し手やがるぞ、こいつ。


伝わる訳もないのになんでわざわざ……。


そう思っていたその時だった。


「食事は結構だ!!!だが、例え空腹で倒れる事になろうとも、貴様と勝負をするまでは僕は決して、屋敷に帰らないからな!!!!」


アインズ様は大きな声で怒りのこめられた言葉を発すると

ウェディルに言いたいことを言った後に大きな足音を立てなら食堂から

出て行ってしまう。


「なぁ、いくら何でも可哀想だと思うんだけど。いくらなんでもからかいすぎっていうか……」


「仕方がないだろう?からかって遊びでもしなければ私は退屈なのだからな。」


どうもまたいつもの暇つぶしに人の反応見て遊んでいるだけならしい。


(つくづく困った主。)


そう思いながらも俺はウェディルと食事をつづけた。


ついでに、もったいない精神の強いお国で生まれた俺はせっかくだし一度も手が付けられることがなかった味噌汁とお茶漬けもおいしくいただいたのだった。

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