第2話
「きゃぁぁ~っ!とっても可愛いです、ヒナタ様っ!!」
ウェディルに言われた通りシェリーの作った服に着替えた俺。
その服はあろう事か女性もののメイド服だった。
更にウィッグの用意まであり、俺は完全女装姿となった。
「本当変態だな、あいつ……。」
正直、この屋敷で働きだしてからというもの、俺は一度も女装を求められたことはなかった。
いや、シェリーには事あるごとに女物の衣類渡されてたけども。
だからそこだけはマシだなって思ってたのに、思い違いだったらしい。
なんて思いながらウェディルに対する嫌悪感を募らせていると、
シェリーは俺の首元のリボンの形を整えながら「違いますよ。」と語り掛けてきた。
「ウェディル様は別にヒナタ様の女装姿が見たくて着せたわけじゃないですよ。
これはヒナタ様を護る為なのです。」
「護るため……?」
「はい。というかそもそも、ウェディル様は別に変態じゃありませんよ。
そもそもあの方は大の女性好き。ヒナタ様は本当にからかわれているだけなのです。」
(いや、からかわれているのだとしてもあいつのスキンシップはキモイんだが。)
ちょっと行き過ぎているというか、それこそ本当に小動物のウサギかなんかを愛でている感じに近いと思う。
(あれ?もしかして俺、そもそも人と思われてないのか?)
だとしたら理解はできるが、それはそれでひどい話だ。
(っていうか、あいつ女好きだったんだ……。)
の割に俺がここに来てからというもの、俺はあいつが女性とイチャイチャしてるのを見ていない。
シェリーとは仲が良いが、シェリーを口説いたりはしていないし、別に俺にするみたいに抱き着いたりもしていない。
女好きという事が何だか疑わしい。
「それに普段は大好きな女性を前にしても過度なスキンシップはされない方なんですよ?あぁ、もしかしてペットショップで動物を選ぶような感じでヒナタ様を選んで召喚されたからか、ヒナタ様は小動物扱いなのかもしれませんね。」
(……やっぱりか。)
正直、普段あまり人にスキンシップをしないというのは信じがたいが、
小動物扱いというのが俺に対する扱いで間違いはなさそうだ。
それに……
(よくよく見るとこのメイド服。他のメイドたちと違って肌の露出ないよな……。)
女好きといわれればそうなのかもしれないと思うくらいよくよく見ればシェリーのメイド服は胸元ががっつり空いてるし、スリットも入っている。
所謂コスプレ用のメイド服みたいな感じだ。
でもそれは何もシェリーだけじゃない。
他のメイドもみんな少しずつデザインは違うけど、露出は多いと思う。
それに比べて俺が着ているメイド服はまぁ、別に身長も低いからさして肩幅もないんだけど、肩幅が隠れるデザインで、
腕の筋張った感じもわからないようにか幅に余裕のある長袖に更に長い手袋まで用意されている。
スカートは勿論ロングで、いわゆるクラシックメイドみたいな感じだ。
顔意外、何処も肌の露出はない。
首もしっかりと隠れている。
(マニアックな奴ならともかく、別に服は変態って感じの趣味じゃないかも……。)
いや、まぁ、女装させられてる時点であれではあるが。
なんて思いつつもちょっと可愛いデザインのメイド服に俺は少しだけ心が躍る。
近くの全身鏡に映る俺はまぎれもない美少女だ。
……これが自分でない人間であればどれだけいいか。
鏡の向こうの女の子は現実の自分だと思うとやはりどこか虚しくなる。
「ヒナタ様。ヒナタ様はたとえ小動物扱いであれ、何であれ、とても愛されているのですよ。だからどうか、ウェディル様の事を勘違いしないであげてくださいね。」
「…………まぁ、考えとくよ。」
勘違いも何も、勘違いされるようなことをするウェディルが悪いと正直思う。
だが、そうは言えども、俺はあいつとは一定の距離を置いていてウェディルを知ろうとしてこなかった点がある。
そこだけは少し、今後変えていってもいいのかもしれないとは思った。
「でも、なんで俺を護るために取る行動が女装?」
「それはリディウス様は大変男好きで、しかも可愛い男の子好きな、いわゆるヒナタ様のいた世界で【ショタコン】と呼ばれる人種だからです。くった男は数知れず。とても恐ろしい方なのです。しかも、あの方は欲しい物を手に入れるためには手段を択ばない上、独占欲がとても激しいんです。なんでも、リディウス様に食われたものはリディウス様以外の女性とは一切交流が持てなくなるとか……。」
「な、何それ、ホラー……?」
すごい形相で怖い話でもするかのような話方をするシェリーの話に俺は寒気がして体を一瞬震わせた。
余りにも大げさすぎて嘘の様な話だが、事実だとかなり恐ろしい。
どんな怖い人なのだろうか。
「……ってあれ?リディウス……?それって女の子に変身してたウェディルが名乗ってた名前だ。」
「多分、ウェディル様の中で男好きな女といえばリディウス様。
名が思いつかなかったためにとっさに思いついたリディウス様の名前をご拝借したのでしょう。」
「ふ~ん……。」
となるとどうやら今日のお客人はウェディルの従妹ということになる。
つか、従妹も変態って、血筋なのか?
まぁなんでもいいけど、もしや俺を召還した際にウェディルが変身していた少女がリディウスという人なのだろうか。
あんな美少女であれば正直、迫られた男たちも流されちゃっても仕方ないような気はする。
その後の展開はホラーみたいだけど……。
なんて思っていた時だった。
俺の部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
(ウェディルかな?)
なんとなくそんな気がしてドアノブに手をかけ、扉を開ける。
「はーい。」
扉を開けながら返事をする俺。
扉を開けるとそこにはやはりウェディルの姿があった。
(もしかしてちゃんと着替えてるか確認に来たのか?)
シェリーの話が本当なら多分、リディウスさんにターゲットにされない様に女装させられたに違いない。
正直、美少女に迫られるなんて嬉しい展開だが、その後が怖いのでちょっと今回の対応はありがたい。
なんて思いながらウェディルの顔を見る。
不思議なことにウェディルは何故か固まっていた。
「……旦那様?」
「っ!!」
首をかしげて奇怪そうな顔をする俺。
何故固まっているのかが疑問で仕方ない。
(も、もしかして……。)
「に、似合ってない?」
個人的にはかなり可愛いと思うが、違う世界の人間だ。
俺とは感性が違うかもしれない。
正直、何処からどう見ても美少女だと思うんだが……
「ヒナタ……なのか……?」
「え?あ、はい。俺ですけど……。」
(あ、一人称、俺って言わないほうがいいのかな?)
こんなかわいい姿で俺なんておかしいような気がする。
俺の家族たちは見た目しか興味なかったから口調なんて気にしてなかったけど、
完全に女の子に見せるなら一人称も変えた方がいいかもしれない。
やるからには完ぺきに、だ。
「ヒ、ヒナ……ヒナ……。」
なんだかすごい形相をして俺に触れそうか触れまいかを迷っているようなウェディルの両手が目に入る。
もしかしてもしかするとだが、こいつ、女性にはきやすく触れない紳士な男なのだろうか。
実際は俺は男だけど、女に見えているが故にの何かしらの葛藤が今生まれているのかもしれない。
(過度なスキンシップされないならこの格好、ありかもな。)
こういう格好には慣れてるし、着ていて利があるなら今後、この格好で働くのも悪くない。
そしたらウェディルの変態行為も減るかもしれない。
(というか、女性好きやっぱ嘘だろ。)
女好きが女の前でこんな挙動不審になるはずがない。
「ヒ……ヒナタ……あの……だな……。」
「な、何ですか、旦那様……。」
何とも言えない怖い顔で俺の前で指を動かしながらこちらへと手を伸ばしてくるウェディル。
いつにもましてキモイと思いながら一歩後ずさった瞬間だった。
俺の肩にウェディルの手が置かれた。
そして――――――
「スカート……めくってみてもいいだろうか?」
「いいわけあるかぁぁっ!!!」
いつも通りな変態ぶりを見せられ、俺はウェディルの顎に拳を突き上げ、ウェディルをぶっ飛ばした。
「ど、どうやら、ヒナタのようだな……。」
「なんっつぅ確かめ方してんだよ!つか、俺じゃなくても誰でも断るわ!!!」
俺にぶっ飛ばされて床に倒れこむウェディルは倒れながらも馬鹿げたことを言う。
やはりこいつの発言は冗談で言ってるんじゃなくて本気で言っているように聞こえて仕方がない。
「んんっ……そんな事はない。シェリーなら普通にめくらせてくれるぞ。めくりたいと思わないが。」
「ひどいですよ、旦那様っ!私はいつ見えてもいいようにいつだって穿いていませんのに!」
(穿いてない!?そのメイド服で!?つか、見えてもいいようにでそれっておかしいだろ!!)
思春期男子としては想像すると鼻血もので、ちょっと顔がのぼせてしまう。
そう、ちょっと想像してしまった。
しかも、シェリーの服は先ほども言ったように胸元は開いていて、スリットの入っているメイド服だ。
え、ちょ、普通にヤバいと思います。
「ちなみにヒナタ、女装している時はあまりシェリーに近づかないほうがいいぞ。そいつは大の女好きだ。」
「……――――はぁっ!?」
余りの驚きに俺は大きな声を出してしまう。
すごく女らしくてかわいいシェリー。
いや、実際はとんでもない変態だったわけだが……。
そんなシェリーの知られざる顔に俺は驚かずにはいられない。
(って事はあれか!!シェリーはまさか、岡田がよく読んでる本に出てくる様な女の子みたいに、女の子が好きな女の子!?)
驚愕の事実だ。
「ちなみにこの屋敷で働くメイドの採用、そして個別のメイド服の制作はすべてシェリーが行っている。」
「旦那様と私の好みが同じなんですよ。」
「おい、シェリー。余計なことを言うんじゃありません。」
どうやらこの屋敷には女好きが2人いて、その2人が主と使用人代表であるメイド長だという事実。
その事実に俺はこの屋敷の現状を納得せざるを得ない。
「この屋敷に俺以外の男がいない理由って……」
「男はいらないからですよ!」
いい笑顔で返答するシェリーさん。
でしょうね……と思わずにはいられなかった。
「ん?いや、ちょっと待てヒナタ。男は一人いるぞ。」
「自分もいるぞと言いたいんですか?」
「違うぞヒナタ。使用人の中でもう一人、執事長がいるにはいるのだ。ただ……。」
少しだけ気落ちしたような表情を浮かべるウェディル。
いや、ウェディルだけでない。
シェリーも同じような顔をしていた。
「正しくはいた……の方がいいですかね……。」
(い、いたの方が正しい!?)
なんだか重苦しい空気。
その空気のせいか、俺は嫌な考えが脳裏に浮かんでしまう。
「ま、まさか、その執事長って……――――――」
「そう、そうなんです……実は執事長は―――――――女性の尻を追っかけてどこかに行方をくらましているんです!!」
「誰も想像してねぇよ、んな事は!!」
どうやら俺の予想は外れていたらしい。
というか、この屋敷女好きばっかりかよ。
「ちなみに女性以外を採用しない様に決めたのは執事長だ。そして、この屋敷のメイド全員にフラれたから屋敷の外にまで範囲を広げたのだろう。」
「いや、仕事しろよ、執事長。」
とんでもない奴ならしい、執事長。
「あれ?なら俺は採用してよかったんですか?執事みたいなことやりたいって言ったら即オッケーだったじゃないですか。」
女性以外を採用しないと決めた執事長がいない今はともかく、帰ってきたら絶対大変なことになると思う。
何故男がいるんだと暴れだしたらどうしよう。
そんな不安が俺の中に産まれてきた。
「まぁ、ヒナタは執事ごっこをしているペットみたいなものだからな。」
(やっぱり俺をペット扱いしてやがったか、この野郎。)
というか、誰がペットだ。
と思うものの、何処からどう考えてもそれ以外俺も想像がつかなかったし、
やっぱりかという気持ちの方が正直大きい。
でも……
(ここまで女好きなら、異世界召喚の際、俺じゃなくて女の子選べばよかったのに……。)
誰を召喚するか選べたなら何故男の俺をわざわざ召喚したんだろうか。
実に謎である。
「……ふふ、不思議か?」
「え?ま、まぁ……。」
当然のごとく俺の心の声に勝手に回答してくるウェディル。
隠す事でもないし、俺は素直に答えた。
教えてくれるなら正直聞いてみたい。
「女の子でも、他の男でも駄目だっただけの話だ。そう、お前じゃないとな。」
「…………?」
俺の疑問に対する答えには足りなさすぎる返答。
でも、それ以上の言葉をウェディルは発しない。
(俺じゃないとダメだった……?何でだろう。俺、別に特別な力とか何もないんだよな……。)
だとしたら本当に俺じゃなきゃいけなかった理由が解らない。
正直、まぁ、この世界での生活は退屈はしない。
怒ってばっかで、ツッコミばっかで疲れるけど、それはそれで楽しいとも思わなくはない。
だから、もうこの屋敷から出してくれとか、もとの世界に返してくれとかは全く思ってないのが現状だ。
だけど……
(俺にしかできない何かが……ちゃんとあるんだろうか……。)
もしあるなら俺はその俺にしかできない何かをやり遂げたい。
そう思う俺にウェディルは絶対俺の心の声が聞こえているはずなのに
俺の悩みに答える事はなかったのだった。
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