第7話
「はぁ……はぁ……一体どこ行ったんだよ、アインズ様……。」
アインズ様が心配になり探しに来た俺は一向にアインズ様が見つからず、
だだっ広い屋敷の中を駆けまわっていた。
そんな時だった。
(あ……。)
庭園にあるガゼボのベンチに人影を見つける。
それは俺が探していた人物、アインズ様だった。
「アインズ様。」
アインズ様を見つけた俺は歩み寄り、声をかけた。
俺の声に反応し、顔を上げてくれたアインズ様は苦笑いを浮かべていた。
「あはは、恥ずかしい姿を見せてしまったな。」
「そんな、恥ずかしくなんて……。」
無言で少しだけ腰かけているベンチに人が一人座れそうなスペースを開けてくれる
アインズ様。
隣に座っていいという事なのだろうと思い、俺は腰を掛けた。
「……昔からこうなんだ。僕は小さいころから力の扱いが下手で、他の天使たちが自由に力を操れる年ごろになっても僕は全く力を操れなかったんだ……。そう、僕は落ちこぼれ天使なんだ……。」
落ちこぼれ。
その言葉を聞いた瞬間、俺の心は何故かひどく痛んだ。
何でこんなに痛むんだろう。
なんて思っていると、アインズ様に話しかけられた。
「ヒナタ、少しだけ昔話をしていいだろうか。」
弱々しく問いかけられた言葉。
その言葉に俺は「もちろん。」と言葉を返した。
すると、アインズ様は静かにガゼボの外を見つめながら
ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「僕の家はとても厳しいことで有名な一族なんだ。
元は男爵の家でね。天使が生まれた家は必然的に公爵の爵位を賜る。
僕が生まれた事により公爵となったことで両親は僕に誇りを感じていた。
けれど僕はいつになっても力をうまく操れない落ちこぼれで、時が経つにつれて両親は僕に絶望していった……。」
「…………。」
寂しそうな瞳でガゼボの外を見るアインズ様。
どれだけその心変わりに傷ついたのだろうか。
俺には想像もできない。
(俺は鬱陶しい程愛されて育ったから……。)
自分で言うのもなんだけど、可愛いといわれ、甘やかされ、
俺は育てられた。
前世もしかしてあり得ない程不幸だったんじゃね?だから今、何不自由ない幸せな日常を送れているのかもとふとした瞬間、思うくらい甘やかされて育った。
望むことは何でもさせてくれたし、欲しいものは何でも与えてもらった。
嫌な事はしなくていいとも言われて育った。
まぁ、だからといってダメ人間になるつもりはなかったから常に普通の枠からはみ出ないようには 生活してたつもりだ。
でも、何だかんだ甘やかされて育った事実は変わらない。
そんな俺にはアインズ様の気持ちを理解できるなんて言葉、
間違っても口にできるわけがない。
勿論アインズ様だって同意が欲しいわけじゃないんだろうけど……。
「僕は努力に努力を重ねた。一度かけられた期待。
その期待は瞳を閉じればいつでも僕の脳裏に浮かんできた。
また両親の誇りになりたい。
そう思い血のにじむような努力をして、今があるんだ。」
アインズ様はそういって自分の手のひらを見つめた。
恐らく、俺なんて想像できない程の努力をされてきたんだろう。
なんとなくだけどそれだけは伝わってくる。
まっすぐで、一生懸命で……
そんなアインズ様の姿からきっと必死に頑張ってきたんだろうなって
なんとなく想像できた。
「……だが、現実とは悲しいものだな。
どれだけ努力を積もうが天才には敵わない。
僕の努力はディルにとっては軽くあしらえる程度の力でしかない。
僕は、強くなると誓ったのに……。」
今にも消えそうな弱々しい声。
そんな声でアインズ様は言葉を吐いた。
何でだろう。
そんなアインズ様を見ていた俺は何故か無性にアインズ様の手を握りたくなり、
俺はアインズ様の手を握った。
「絶対、絶対アインズ様ならいつか、いつかあいつを超えられる。
あんな努力もしない人間がずっとふんぞり返ってるなんて俺だって嫌だ!」
「……ヒナタ……。」
勝ってほしい。
ウェディルに。
あいつのあの一生懸命な人間をあざ笑うかのような態度なんて
取れなくなるようなくらい、完璧に。
見てみたい。
努力家でまっすぐなアインズが安全勝利する姿を。
「……彼女にも、同じセリフを言われたな。」
「え……?」
「昔、君のように僕を応援してくれる女性が居たんだ。
彼女はいつだって僕を応援してくれた。
いつだって、励ましてくれた。
彼女は、僕の……。」
そういいながらアインズ様は困った顔で笑いながら静かに目を伏せた。
そんな様子に俺は疑問を抱く事しかできずに首を傾げた。
その瞬間だった。
アインズ様のお腹はとても大きな音を立てて空腹を訴えた。
「ち、ちが!こ、この音はだなっ!?」
お腹の音が鳴った事が恥ずかしいのか、なんだか焦りだすアインズ様。
その姿がなんか面白くて、可愛くて……
「アインズ様、俺の手料理でよかったらご馳走しますよ。その名も味噌汁とおにぎりです。」
「み、味噌汁?お、おにぎり?なんだ、その珍妙な名前は……。」
「食べます?やめときます?」
「うっ……い、いささか聞き馴染みのない料理名に不安は覚えるが……頂く!君が振るってくれる料理、僕は一口も残さず頂こう!!」
何でかひどく覚悟を決めたような表情で食べる事を決意するアインズ様。
そんなアインズ様の姿がおかしくて、俺は失礼だとわかっていても笑ってしまう。
そして――――――
「こ、これは先ほどの泥水……。」
味噌汁とおにぎりを作り、俺の部屋でアインズ様に食べてもらおうとしていた。
(いじりすぎは駄目だけど、アインズ様いじりたくなる気持ちはちょっとわかるかも。)
素直でまっすぐすぎるアインズ様。
正直、からかうとなんか面白い。
泥水といいつつも俺が作った料理と知っているからか何とか不快そうな感情を表に出さないようにしている当たり、なんかかわいくも思えてくる。
でも――――――
「これ、俺の所では有名な民間料理だったんですよ。
茶色なのは泥じゃなくて【味噌】っていう大豆とか米とか麦とかの穀物に、
塩と麹を加えて発酵させて作る発酵食品なんです。
実はこれ、すごく胃に優しいんですよ?
父さんはよく酒でつぶれた時に飲んでましたし。」
たまたま知ってた味噌の知識を語りながら俺は味噌汁を口に含んだ。
昼の誰が作ったのか、なんか出てきた味噌汁の味も悪くなかったけど、
味噌加減は自分の好みの量が一番落ち着く。
「ほら、匂いかいでみてください。安心するにおいがしますから。」
「う、うむ……。」
半信半疑。
そんな様子でにおいをかいだアインズ様。
そして、覚悟を決めた様子で勢いよく味噌汁を口に含むアインズ様、
その様子を見て俺は声を上げた。
「ちょっ!!そんなに勢いよく飲んだら―――――」
「あつぅぅぅぅぅぅ!!!」
(や、やっぱり……。)
まだ温かい味噌汁だ。
火傷してしまうのは当然だろう……。
「し、しかし、確かに君の言う通り……ホッとするかもしれない……。」
穏やかな表情を浮かべながら今度こそ味噌汁に息を吹きかけながら
冷ましつつ飲むアインズ様。
俺の故郷の料理が危ないものではないと理解したのか、
味噌汁と一緒に用意したおにぎりには
何の抵抗もなくかぶりつくアインズ様。
そして、穏やかな表情で一言、「うまいな。」とほほ笑んでくれる。
なんだかその笑顔一つで俺はひどく満足な気持ちになった。
「にしても君は本当にあいつに大事にされているんだな。」
「…………え?」
満足げにアインズ様を見ているとアインズ様は突然突拍子もない事を言い始めた。
あいつって……ウェディル《あいつ》?
いやいや、だとしたら絶対ない。
そう思う俺にアインズ様は優し気な瞳で俺を見つめながら話をつづけた。
「今日二人の関係を見ただけで何を言うんだといわれればそれまでなんだが、
あいつは君をとても大事にしているように見えたよ。
まるで君を彼女と重ねているみたいに……。」
「……彼女?」
彼女とはいったい誰の事なのだろうか。
(まさか、元カノとかじゃないよな?)
いくら俺が女顔だからってそれだけは絶対嫌だ。
仮に女顔で?可愛くて?女装もすごく似合う俺でも、
恋愛対象は女性だ。
元カノと重ねられていい気ができるわけがない。
(でもまぁ……大事にされてない気もしないんだよな……。)
暇つぶしとか言う冗談じゃない理由で呼び出されたけど、
リディ様につかまったとき、あいつは助けに来てくれた。
「……大事に、されてるのかな……。」
「……あぁ、きっとな……。」
優しげな声と笑み。
それらを俺に向けてくれたアインズ様は優し気に俺の頭をなでてくれる。
(……何だろう、なんか、懐かしいな……。)
心地よくて暖かい手のぬくもり。
そのぬくもりに浸ろうと目を閉じた。
……その瞬間だった。
「いっ!!」
痛々し気なアインズ様の声が俺の耳に届いた。
驚くことに俺の頭をなでていたアインズ様の腕がウェディルによって掴みあげられていたのだった。
「こいつに触れるな。」
低く、鋭い声。
声だけで人をも殺せそうなその声を発したウェディルは
アインズ様の手を離すと、今度は俺の手を掴み、強引に俺の手を引いて歩き出した。
「ちょ、ウェディル!?」
訳が解らなくて名前を呼びかける。
けれどウェディルに反応はない。
それどころか、俺が名前を呼ぶ旅にウェディルの脚が速まっているような気さえしてくる。
「ウェディル!!ちょ、痛いって!!離せよ!!!」
力いっぱい握られて手を引かれる俺はやがて掴まれている手の痛みを訴えだした。
けれどその声はウェディルには届かない。
「ウェディル!!ウェディル!!お前、一体どうしたんだよ!!!」
訳が解らなくてただただ困惑していた。
そんな時だった。
「わっ!!!」
屋敷の地下へと連れてこられた俺は地下にある小さな扉の奥へと押し込まれた。
そしてその次の瞬間だった。
俺の耳に扉に鍵がかけられる音が聞こえたのだった。
「ちょ、ウェディル!ウェディル!!おま、何考えてんだよ!!」
鍵の音が聞こえた瞬間、俺は扉に駆け寄り扉をたたいた。
けれど鍵を開けてくれる様子はない。
そしてそのままウェディルは何も口にしないまま地下を後にする足音が聞こえたのだった。
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