回想 これはアインズの物語です
僕、アインズ・ヴァール・クラウドラインはヴァール公爵家の五男に生まれた。
ヴァール家は代々土属性の天使が生まれる家系で、天使としての力を発現させたのはまさかの五男僕だった。
最初はそんな僕を誰もがチヤホヤしてもてはやしてくれた。
そして一族から僕に向けられる視線はいつだって期待のまなざしだった。
正直、上の兄たちはひどく優秀だ。
そんな優秀な兄たちはなぜ自分が天使になれなかったのかと嘆くことはなく、末の弟である僕が天使の力を発現させたことを喜んでくれた。
だからこそ僕はそんな兄たちよりも立派にいろいろな事をこなし、兄たちにとって誇りと思ってもらえるような立派な天使になりたいと日々努力していた。
けれどそんな僕は天使の中で誰よりもうまく天使の力を扱えない出来損ない天使として皆に知れ渡ることになった。
そんな僕に期待が寄せられることはなくなった。
僕に期待して優しかった父親はそっけなくなり、兄たち僕ではなく天使の中で一番神に近い男であるウェディルをもてはやした。
ウェディルに勝てばきっと兄たちにとって一番の天使は僕になる。
きっと僕を見放したみんなだってまた僕を見てくれる。
今思えばウェディルの屋敷に初めて自ら尋ねに行った七歳の時の僕はひどく寂しかったのだと思う。
あくまで天使と人は違う。
家族ですら見えない線引きがされる。
期待や羨望すら注がれなくなればその線引きのせいでひどく孤独になる。
特別だからこそ特別故の悩みもあるのも仕方がないのだろう。
でも、もしかするとウェディルを訪ねた理由はまだほかにあったのかもしれない。
天使同士ならそんな線引きなんてきっとなくて、友人になれるかもしれない。
そんな淡い希望が。
だがあのウェディルだ。
僕のそんな淡い希望など即座に打ち砕いてくれた。
「お前うるさいから帰れ。」
ウェディルはわざわざ自分を訪ねてきた僕をものの30分もしないうちに屋敷から追い出してくれた。
その礼儀も何もないウェディルにむかついた僕は嫌がらせのようにウェディルの屋敷に通ってやった。
……多分嫌がられているとわかっていても通い続けたのは僕に向けてくる感情が嫌悪感であったとしても線引きなどせずにまっすぐぶつけてくれたからなのだと思う。
やがてウェディルはあきらめて僕を受け入れてくれるようになった。
そして僕は事あるごとに勝負を持ち掛け、何か一つでもウェディルに勝ちたい思いで必死に戦った。
残念ながらそのころから現在に至るまで僕の全敗だ。
こうもコテンパンにされて起きながらよくもまぁ懲りもせずに勝負を挑み続けられたなと誰もが思うだろう。
僕だって思っていた。
そして誰もが勝てる日は来ないだろう。
そう思って疑わなかった。
たった一人を除いては。
「アインズ、貴方は馬鹿正直すぎるわ!」
ある日の勝負終わり、ウェディルの妹であるウェディ―ことディーは屋敷へ帰ろうとする僕を呼び止めてそう告げた。
「そ、そうだろうか……?」
すごい剣幕で僕に告げてくるディー。
そんなディーの気迫に僕はたじろいだのを今でも覚えている。
そしてそんな後ろにたじろいだ僕に迫ってきたディーの表情を見た瞬間、僕はひどく不思議な気持ちになった。
それは僕にすごい剣幕で発言してくるディーの表情がひどく悔しそうだったからだ。
(な、何故彼女が悔しそうな顔をしているんだ……?)
負けたのはあくまで僕であって彼女ではない。
僕は彼女の表情の理由がわからなくてひどく困惑した。
すると彼女はそんな僕の手を両手で握りしめ、真剣な瞳で僕を見つめてきた。
「アインズ、私も協力するわ!一緒にディルを倒せるように頑張りましょう!」
「…………へ?」
真剣な瞳で真剣に訴えかけられた言葉に僕は力ない返事をしてしまった。
それもしたないと思うのだ。
僕が倒したい相手の妹であるはずのディーがまさかの僕に協力するというのだから。
「き、君はウェディルと仲がいい兄妹に見えるが……もしや違うのかい?」
恐る恐る理由を探るべく問いかけるとひどくふくれっ面になってしまうディー。
彼女は僕の言葉を否定した。
そして僕の手を握る手を少しだけ強めた。
「努力してる人があんなふうにコケにされていいわけがないわ!人それぞれ生まれ持ったものは違うから優劣があるのは仕方がないけれど、だからって自分より能力のない人を見下すなんて絶対間違ってるもの!」
彼女は怒っていたのだ。
兄の為ではなく、負け続けている僕の為に。
それから僕はウェディルと勝負をした後は必ず彼女と共に話すようになった。
その日の勝負の反省点とどうすれば次回に生かせるのかをいつもいつも一緒に考えた。
彼女はとても心がきれいで優しい人だったため、彼女に心を奪われるのに時間はそうかからなかった。
僕の為に笑って、僕の為に怒ってくれる。
ディー、感情豊かで明るい君こそ僕にとっては天使だったんだよ。
でも、だからこそ僕はあの日勇気が出せなかったんだ。
君がロナウドの元へ嫁ぐと聞いた日、君が初めて僕に涙を見せた日、僕は勇気が出なかったんだ。
「お願いアインズ……私は貴方が好きなの……。貴方と一緒に居たい。貴方といつか一緒にディルを倒して、貴方が努力の末に神になる姿を誰よりも傍で見たいの。」
君は僕と雨に打たれながら胸の内を明かしてくれた。
僕は泣きながら思いを告げてくれる君を抱きしめようとしたものの、それはできなかった。
出来損ないの僕が公爵家同士の婚約を妨害してまで彼女を幸せにできるのだろうか。
彼女にとって僕といることは本当に正しい事なのだろうか。
それに、また家族に失望されないだろうか。
普段自分を奮い立たせるように自信満々にふるまっていても本当の僕は自分に対して欠片も自信がない人間だ。
決断を迫られた僕の中を埋め尽くしたのは自分の不甲斐無さからくる不安だった。
ディーを幸せにできる自信がなかった僕は彼女の肩を掴み、彼女の願いを拒んだ。
どうか弱い僕を許してくれと心で謝罪しながら。
ディーはそんな弱い僕を理解してくれたように「困らせてごめんなさい。」と僕に謝罪した。
そして――――――
「ねぇアインズ。約束して。いつか必ず、貴方が神になるって。約束してくれたら私はこの先もずっと、どこでも笑っていられる気がするの。」
涙をこらえて微笑むディーの肩は震えていた。
だけど僕にそんな彼女を抱くことはできない。
そんな僕が何故ウェディルを差し置いて神になるということを宣言できるのだろうか。
一度たりとも勝てたこともないのに。
卑屈になっていた僕は返事をすることなくただただ黙り込んでいた。
するとディーは声を震わせながら僕に言った。
「じゃあせめて、何があってもずっとディルの傍にいてあげて。きっと私がお嫁に言ったらディルは寂しいだろうから。……最後のお願い。」
彼女はこんな弱くて卑屈な僕にもできる願いを最後の願いといって僕に懇願した。
僕はこんな僕にでもかなえられそうと感じられるその願いには頷いた。
それからしばらくしてディーが死んだという知らせを聞いた。
ロナウドという男が暴力男だと知らなかった僕は自分の弱さを嘆いた。
だけど僕はもし事前にディーの夫となるロナウドという人物が暴力男だと知っていたら僕はディーを連れて駆け落ちできたのだろうか。
もしかしたらわかっていても僕は……。
そう思うと弱い自分がひどく憎くなった。
強くなりたいじゃない。
強くならなければならないんだ。
神になりたいと夢を語っているだけじゃだめだ。
ならなければならないんだ。
僕が弱いせいで愛する人の救えたかもしれない命を救えなかった。
弱いままでいいはずがない。
強くなるんだ、誰よりも。
僕はいずれ【神】になる男、アインズ・ヴァール・クラウドラインだ!
「ウェディル、さぁ、今日という今日は僕と勝負しろ!!!」
ディーに駆け落ちを迫られたことを知っていたウェディルは言葉にこそしないが僕を恨んでいるのは彼女の葬式に行った際にひどく睨まれたから理解していた。
それでも僕はもう逃げない。
いつか必ず、ウェディルに勝ち神になるその日まで時にうつむくことがあろうとも僕は決してあきらめないと固く誓ったから。
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