第13話 脇本 真司



脇本 真司


翌日から、脇本真司さんはボーダーレスドクター日本事務局や以前勤めていた総合病院、医薬品や医療機器の調達や輸送をしてくれている商社、

医薬品メーカーや財団への状況報告や挨拶周りに出かけて行った。

スーツに着替え、散髪屋に行き、髭を剃り、革靴を履いていると、普通のサラリーマンに見える。それもイケメンの。

夜は飲み会とかで遅くなるので直接、幽玄さんのマンションに帰る。

年に一度は日本に帰るがすぐまた出発する為、一週間も日本にいるのは初めてだと言う。

今回は、幽玄さんが仏照寺を引き継ぐと手紙を書いて送ったのを、脇本さんがそれではと今回の帰国となったらしい。

一通りの挨拶回りが済み、明日はまた出発という日の夕方の閉店前、脇本さんがカフェにやってきた。

「エスプレッソコーヒー、ブラックで。」来た時と同じ注文。

脇本さんが座ったテーブルへ結花が近寄る。結花へ「あなたの入れるコーヒーは美味しいね」と脇本さんがお世辞を言う。

「現地でコーヒーを飲むことも有るけど、日本のコーヒーが一番うまい。香りも良い。現地は水が良くないからなぁ~」

「脇本さんはいつまで続けられるんですか?、今のお仕事。」結花が脇本さんに聞いた。

「判らん、、、心が折れて修復できなくなったら終わりにするかもな、、、もう何度も折れてるけど、都度治してきたからな。だって、医者だから、治すのが商売、、、」

力なく沈んだ声で言葉を紡ぐ、脇本さん。

「心が折れる?、、、患者さんが亡くなった時とかですか?」

「いや、違う。……手の施しようのない患者ばっかりだから、人が死ぬのは慣れてきている、、、天使の衣装を纏った悪魔の事。」

「天使の衣装を着た悪魔の事?どういう事ですか?良かったら聞かせてください。」結花、興味を持った。

「そうか、、、分かった。結花さん、平和は何で担保されると思う?」

「担保って、、、それが無いと出来ないみたいな事ですか?」

「そういう事かな、、、」

「う~ん、、、やっぱり愛ですかね?」

「……違うよ、、、愛が生むのは争いだよ。奪い合いとかだよ、、、」

「え、でも、、、」

「平和は”ちからで担保されるんだ、、、。力が無ければ、平和は無力だ、、、」

「力ですか?」

「ああ、武力とか軍事力とか、相手からの攻撃を撃退できる力だ、、、撃退できれば、相手の攻撃力を削ぐ為の侵攻する力となるんだ。」

「戦わないと、平和が保てないんですか?」

「悲しいかな、現実はそうだ。戦場で愛を叫んでも、お腹を玉が通り抜けるだけさ、、、ハハ」

「愛が生むのは争いとか、奪い合いとかってどういう事ですか?」

「誰かを好きになったら、、、その人に彼女がいたら、、、、諦めるか奪うか。自分を高めて武器にして、振り向かせるか、、、

 家族とか大事な人を守ろうとしたら、襲ってくるものを撃退しないと駄目だよね、、、次また来るなら、潰しておきたいよね、、、」

「……なんとなく、わかります、、、」結花、ある男の事を思い出した。

「戦場とか内戦とか、戦っている人たちは各々正義を持ってるんだ。……誰にも否定できない正義をね。」

「正義、、、」

「国を平和にする為には、居てはいけない人には居なくなって貰うのも正義。

 今まで国王とか金持ちが贅沢してこれたのは、貧しい人たちからの搾取だと言う正義

 この国から採れるものは俺たちの物だと言う正義

 貧しいのは、学ぶ場所が無いからだと言う正義

 気に入らない、気に食わない物や人を排除するのも正義

 それぞれの正義と正義が食い違えば、、、話し合う事も物別れになれば、、、何で決着着けようか?、、、」

「……譲り合いとかじゃ、駄目ですか?、、、」

「譲り合いは、損する事を分け合いましょうになるよね。片方が損する事は嫌だと言えば、譲り合えないよね。

 日本に居れば、譲ってあげればいつかは自分へ帰ってくる、誰かに譲って貰えるってのが有るけど、

 追い詰められたりすると、譲れなくなるよね、、、」

「……」

「決着をつける為、理想に近づく為、平和をつかみ取る為に、今、武器を手にしてるんだ、、、殆どの人は。

 その人たちに武器を売る人たちが居る。売る人に武器を作って渡す人がいる。その人たちが、我々を支援してくれているんだ。」

「えっ、、、武器を作って、売ってる人たちが、お金を?、、、」

「そうだよ、、、。かたや人殺し、かたや人助け。そうやってバランスを保とうとしてるのかもね。」

「だから、天使の衣装を纏った悪魔、、、ですか、、、」

「そういう事さ、、、俺もな。……平和ボケした人から見れば、俺みたいな奴なんか許せないだろうが、目の前に怪我をした人が居れば、ほっとけないしさ、、、

 助けるためには薬も道具も必要だから、悪魔になると決めたんだ、、、天使の衣装を着てさ、、、

 そういう気持ちを初めて話したのが、田所健一さんだったんだ。……幽玄さん、何も言わずに大きく頷いてくれたよ、、、

 5年前くらいかな、幽玄さんに会ったの、、、誰かの葬式だったと思うけど、、、俺、酷くピりついてて凄い危なかったらしいんだ。

 そんな俺を呼び止めて、”話してみませんか?心を軽くしてみませんか?”って、やさしく言ってくれたんだ、、、有難かったなぁ~

 そん時俺は、誰かが海外でーダーレスドクターしてるのを批判してて、支援者の正体も聞いて知ってて、偽善者って軽蔑してたんだ、、、

 幽玄さん、「仏様になれば、皆同じ。どの様に生きても、どの様に死んでも、たった一言、”南無阿弥陀仏”と唱えれば、どなたも同じ仏様です」って、、、

 俺の様に誰かを批判してても、海外に行って活動してても、みんな同じかよって思ったら、、、なら、俺も動いてみようってなっちゃったんだな。何故か、、、」

「なんか、すべてを受け入れて、すべてを許すみたいな事ですか?」

「そういう事かな?多分、、、そういう事にしといて、、、良い人、悪い人、全部ね、、、」

「……でも、やっぱり人を殺したりするのは悪い事ですよね、、、何があっても許されない、、、」結花、下を向きながらポツリ。

「自分や愛する人を守る為なら、悪い事でも許される事は有ると思うよ。俺は、、、」

「許される、、、許して貰える、、、」

【自分は果たして許されるのだろうか?、死んで仏様にならないと許されないのだろうか?】と結花は考えた。


翌日、脇本真司さんは飛び立って行った。

幽玄さんが西の空を見つめている。結花、幽玄さんに横に立ち、同じように西の空を見る。

「行っちゃいましたね。脇本さん。」

「行っちゃったね。……1年に一度は帰るってさ。帰ったら必ずここに来るって言ってた。」

「良かったですね。幽玄さんも居場所が出来て。」

「ああ、良かった。ここなら、一生居られそうだ。」

「……幽玄さん、聞いても良いですか?」

「なんだ?」

「脇本さんて、幽玄さんにとって親友になるんですか?身内の様なものですか?」

「何でそう思うの?」

「何となくです。近い様な、近くない様な、微妙な、、、」

「ハハハハハっ。そう見えるか?、、、恋人だ。お互い、一目惚れした恋人だ。遠距離恋愛中のな。」

「……恋人でしたか、、、すみません。誰にも言いませんから、、、」

「うん、そうしといて、、、ハハハっ」


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