第5話 茂《しげる


   しげる


コーヒーショップが開店して2か月後。夕方店じまいをしていると国道沿いの歩道に一人の男。右手には金属バット。

「茂だっ!」俺の発した名前に、結花も顔を外に向け男を見た。顔が強張っていた。

「結花っ!、逃げろっ!」

「いやっ!逃げないっ!逃げてもまた来る。……ケジメをつけるっ!」包丁を両手で握っていた。

お店の戸が開く。

「お二人さん、お久しぶり~。噂に聞いてましたよぉ~、仲良くお店始めたって、、、」

「何しに来たっ!それは何だ!」

「何って、、、見れば判るでしょっ、バット、、、お二人さんを始末しようと思ってさ。」茂はニタニタ笑いながらバットを肩に担いでいる。

「……上等だっ!俺が相手だっ。結花に手を出したら、お前を殺すっ!」

「威勢が良いねぇ~。出来もしねぇくせによぉ!」   『ガっシャ~ンっ!!!』

茂が手に持ったバットを振り下ろし、ケーキのショーケースを叩き割った。

俺は椅子を手に持ち、間を保つ。じりじりと茂が迫ってくる。バットを振り上げた。俺は椅子を投げ付けた。茂の顔に当たる。

「痛ぇ~!許さねえぞぉ!」茂がかかってくる。近くに有ったテーブルを倒し、椅子を倒し、間を空ける。

「往生際の悪ィ~奴だなぁ!」左手でテーブル椅子を左右に払いながら迫ってくる。

その時、勝手口が開いて、作務衣姿の幽玄さんが入ってきた。

「お待ちなさい。そこの威勢の良いお兄さん。」落ち着いた声の幽玄さん。

「誰だっ、てめぇー!ジャマすんなっ!」

幽玄さん、息を鼻でスウ~っと吸い込むと、ゆっくりと口から吐き出す。「アヒァ~!」の声とともに構えた。

茂、バットを振りかざしながら幽玄さんへ向かって行く。幽玄さん、それをかわすと茂の右手に手刀を落とす。

「ってぇ~」茂はバットを落とし、左手で右手を掴む。幽玄さん、茂の胸元を捕まえるてくるりと身体を廻すと、茂が宙に舞った。

背中を床に打ちつけた茂、もんぞりかえる。「ウ、ウ~ン、、、」

幽玄さん、茂の左手を掴むと茂の首へ巻きつけ右手で引っ張る。その上に幽玄さんの左手を巻き付けた

茂、息が出来ない。暫く足をバタつかせ、周りの椅子やテーブルを蹴っていたが大人しくなった。

外でパトカーのサイレン。すぐに赤い回転灯が辺りを照らし始めた。

「結花っ、無事かっ!」龍彦は我に帰り、結花の方を見た。結花は震えながら「うん、、、」と頷く。

「……死んだの?」両手で包丁を持ってた結花が怯えた様に聞いてきた。

「落ちただけ。」幽玄さん、優しく応えた。

「……あ~、龍彦さん、、、」今にも泣きそうな顔で結花が龍彦に駆け寄ってくる。

「結花、、、待て。先に手に持ってるものを置け。」結花、ハッとして包丁をカウンターに投げ捨てた。

龍彦が結花の方へ駆け寄る。結花、龍彦の胸の中へ飛び込む。泣き始めた、泣きじゃくった、大声を出しながら泣き喚いた。

「大丈夫だ、、、大丈夫だ、、、俺が居るから、、、」結花を優しく包み込む。

警察官が店内に入る。落ちた茂をその警察官たちが認めると、幽玄さんは締め上げていた手をほどき、茂の顔を平手打ちし、意識を戻させた。

茂が連行されていく。鑑識の人たちが店内を調べている間、俺と結花、幽玄さんが警官から事情聴取を受ける。

秀一郎さんと家政婦の重本さんが心配そうに勝手口辺りで見守っている。

小一時間で警察は撤収し、俺や結花、幽玄さんとで壊れたテーブル、椅子、ショーケースを片づけた。

戸締りをして、照明を消す。辺りはすっかり暗くなっていた。

「結花さん、今日は家に泊まりなさい。」秀一郎さんが優しく言ってくれた。重本さんが結花の肩を抱いて付き添ってくれた。


【茂が、新宿で結花を襲ったのは、あの時俺が邪魔したからか、、、

 高校のとき、警察に捕まって、退学になって、家族にも見捨てられたのは、俺のせいか?結花は俺のとばっちりを受けただけなのか?

 今日、奴は俺から襲ってきた。結花を追い込んだのは俺なのか?

 あん時、茂の思い通りになってたらああなっていなかったのか?

 ……いや、そんな事は無い!絶対にそれは無い!……結花を助けたのは正解だ。今日もだ!】

龍彦は結花を見ていて、その結花が悲しそうな顔をする度に、同じ事を思う。今も思っている。


次の日朝早く、茂の両親が訪ねてきた。謝ってくれた。結花に泣いて謝ってくれた。

店の修理は全額持つ。工務店へ話をしたと言っていた。工務店の人は直ぐにやってきた。壊れたテーブルや椅子、割れたガラスも引き取って行った。

茂の両親は帰り際に「もう二度とご迷惑はおかけしません。我々でけじめをつけます」と言っていた。

建設会社は人手に渡し、従業員はすべて引き継いで貰ったらしい。本人たちは長野の方へ引き籠ると言う。

智香が来た。結花を見つけると、しっかりと抱き着いた。結花が「大丈夫です。」と言っても、智香は抱き着いて泣いていた。

ひとしきり泣いた後、「良かった、、、無事だった、、、」結花の頭を撫でた。

「お前、会社は?」と尋ねると、「辞めたっ!」の一言が帰って来た。


数年後、出所した茂と両親の乗った車が、横浜港で見つかったとネットニュースに載っていた。転落事故か心中かと書いてあった。



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