第12話 田所 幽玄
田所 幽玄
結花、朝はカフェに行く前には必ず納骨堂に立ち寄り、手を合わせるのが習慣になっている。
今朝も朝6時過ぎ、納骨堂へ向かう。途中、本堂の前の階段で田所幽玄さんが手紙を読んでいた。
「おはようございます。」結花が挨拶すると、幽玄さんはパッと顔を上げた。目は真っ赤で頬には涙の流れた跡。
「ハッ、、、どうされたんですか?、、、大丈夫ですか?」結花が問いかけると
「いや、何でもない、何でもない、、、恥ずかしい所、見られちゃったな~」と言いながら、両頬を紺色の作務衣の袖で拭った。
「悲しい知らせですか?」
「いや、嬉しい知らせの方だ。うん、、、嬉しい。」
「……嬉し泣きだったんですか?」
「ああ、、、」と一言いうと、穏やかな笑顔を見せてくれた。
「良かったですね。、、、じゃ、」結花、そう言い残すと納骨堂へ向かう。
納骨堂からお店へ向かおうと、本堂の前を通ると幽玄さんは居なかった。本堂から”りん”の音と読経の声が聞こえてきた。幽玄さんの声だった。
それから二日後、ハートフル・カフェ・万象にボサボサの髪、長く伸びた髭、よれよれのジャケット、
色の抜けたジーパン、トレッキングシューズを履いた男が入ってきた。
「エスプレッソコーヒー、ブラックで。」コーヒーを受け取るとテーブルに着き、携帯を何やら操作した。
程なく、勝手口から幽玄さんが入ってきた。幽玄さんは入るなり、
「真司っ!、お帰りっ!」と割と大きな声を発すると、そのボサボサ頭の男に近づいて行った。
「ただいま、、、健一さん。」とボサボサ頭が笑っているであろう顔で言った。髭の中に大きな口が見えた。
二人は近づくと、ガッシリとハグし合った。双方の肩に顔を埋め、しばらくの間離れなかった。
【ひぇっ、、、幽玄さんと、、、どういう関係だ?】と龍彦。
【幽玄さん、健一って言うんだ、、、】と結花。
真司と呼ばれたボサボサ頭の男は、今までの出来事を幽玄さんに報告していた様だった。
会話の中で、ソマリアとかエチオピアとかスーダンとかの国名が出ていた。薬が、手術が、病院がとか言っていたので【お医者さん?】と思った。
「お寺の御院(ごいん)様へ挨拶して貰えるか?」と幽玄さんがその真司さんへ言うと、
「もちろん。今から行きましょうか。」と言いながら椅子から立ち上がった。
二人して勝手口から寺の方へ歩いて行った。
「あの、真司さんって言う人、お医者さんみたいだったね、、、」結花へ龍彦。
「ねぇ、ねぇ、ソマリアって何処?、、、エチオピアってアフリカだったっけ、、、」結花が聞いてきた。
「うん、アフリカだよ。ソマリアはエチオピアの南隣の国。確か、内戦があったとこ、、、今もかな?~」
「えっ、内戦って戦争の事だよね、、、怖いねぇ~」
「うん、、、そこでお医者さんって言ったら、ボーダーレスドクターかな?」
「何それ?」
「紛争地域へ行って、医療活動をする人達だよ。ボランティアだったかな?どっかから金は出てるかもな、、、」
「へぇ~、医療活動って軍隊の人とかのかな?子供たちとかかな?」
「良くわかんねぇ~、、、今日はどうすんだろ?寺に泊まるのかね?幽玄さん家かね?、、、あっ、重本さんに聞いてみようか?」
「そうよねぇ~、泊まっていくのなら重本さんへ言ってるよね~。」
「ちょっと、聞いてくるわ」龍彦、勝手口から寺へ向かった。
暫くすると龍彦戻って来た。
「今日は晩御飯をお寺で食べて、泊りは幽玄さんのマンションだって、、、そうそう、結花もおいでってよ、重本さん。」
「うん、わかった。泊る。」
「今日は、俺の布団に泊まっても良いよ。結花さん。」
「結構です。重本さんと寝ます。」
「はい、はい。予想通りで、、、」
その夜の夕食。お寿司は近くのお寿司屋さんから出前。お造りはスーパーへ予算を言って造って貰った。
てんぷらは重本さんが、皆が食べるのに合わせてあげてくれている。結花が運んでくれている。
二人も、てんぷら鍋を置いた小さなテーブルに、お出汁と抹茶塩を置いて揚げながら食べている。
行儀が悪いと言われそうだが、食べそびれる事を憂いた秀一郎さんがそうしなさいと言ったそうだ。
海老、イカ、サヨリ、ナス、かぼちゃ、シシトウ、玉ねぎと牛蒡の寄せ揚げなど。重本さんは料理が上手だ。
結花も、時々夕方から重本さんの夕食準備を手伝いながら料理を習っている。
その時は結花も一緒に夕食を食べ、重本さんんと一緒に寝ている。
【たまには、俺のところに来てくれないかなぁ~】と、しばらくは叶いそうに無い妄想を描く龍彦。
脇本真司、37歳。5年前に都内にある総合病院の救命救急から、ボーダーレスドクターとして海外に旅立ったと言った。
東南アジア、中東と渡り、今はソマリアの難民キャンプに居ると言う。
幽玄さんが嬉しそうだ。普段見ない様な笑い顔で真司さんを見ている。
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