第11話 重本 早苗さん


重本 早苗さん


「いらっしゃいませ!」結花の明るい声が響く。

「いらっしゃ、、、あっ、親父、、、」龍彦の声。

「よっ!龍彦っ。元気か?……結花さん、久しぶり。」

「あっ、お父様、、、お久しぶりです、、、12年振り位ですか、、、」ペコリと頭を下げながら結花。

「そうだよなぁ~、結花さんが高校生になったばっかり位の時だよなぁ~、、、寺で会ったのも、、、」

「親父、、、どうしたの?、、、急に帰って来て、、、何かあった?」

「無いよ。自分ちだもん、帰って来るよ、そりゃ、、」

「あっちはもう良いの?地雷除去?」

「やってるよ。まだまだ掛かりそうだよ、当分ね、、、まっ、今回は定期的な帰国って訳。」

「あ、そう。いつまでいる?」

「2週間ぐらいかな?そしたらまた行くつもり、、、それより美味しいコーヒー頂戴。結花さん。」


店内のテーブルの一つに腰掛け、父親の公彦と龍彦が話している。

「ようやく、店、持てたんだな。うん、良くやった。」

「ああ、でも資金は秀一郎さんに出して貰った。」

「良いんだ、良いんだ、じいさん、お金持ちだし、、、老い先短いし、、、金持って墓場へいけねえし、、、」

「親父は継がねえのかよ、寺。」

「俺はしねえ、、、坊主はできねえ、、、したくねえ、、、幽玄さん、居るし、、、寺はあの人の方が良いよ。

 寺以外の事はお前が居るし、、、結花さんも居るし、、、俺は勘弁してくれ。」

「ところでさぁ~、重本さんて親父の後輩の嫁さんだったっけ、、、」

「そうだよ。お母さんと短大の同級生だったそうだ。俺が母さんと結婚した後、後輩に紹介したら上手く行ったみたいだ。

 新婚からずっと、うちの裏のマンションに住んでてさ、、、母さん死んだ時、お前の事も面倒見てくれたろう。」

「あぁ、、、気にかけて貰った、、、やさしいし、怒るし、親戚のおばさんみたいに思えた。

 でも、俺も卒業し、親父もいなくなっても、何で重本さんは家に来てくれてるんだ?、、、給料、沢山出てんのかな~?」

「有難いけどな、、、わかんねえ、、、重本さん。」公彦、片方の口角を少し上げただけ。

「重本さんに聞いてみた事有るけど、『何でですかね~』って言って笑うだけなんだよな~」龍彦、両手を上にあげ、背筋を伸ばす様に顔を上に向けた。

お店の勝手口から、噂をしていた重本さんが入ってきた。

「あ~、やっぱり居た。お帰りなさい、公彦さん。」親父の方を見て歩きながら声を掛けてきた。

「ただいま。重本さん、、、またしばらく居ます。」公彦、椅子から立ち軽くお辞儀。

「何、言ってるんですか。自分家でしょうに、、、今日はすき焼きで良いですか?」と重本さん。

「やった~!。俺の好きな物、わかってるね~」公彦、喜ぶ。

「結花ちゃんも今日は食べて帰りなさい、良いわね。、、、何なら泊まっていきなさい。」

「あ、はい。ありがとうございます。お邪魔でなければ、、、」

「あんたはもう家族なんだから、邪魔なんて言ってはダメよ。」

「はい、すみません、、、そうします。」

結花、重本さんとは、ほぼ親子の様な関係になってる。傍から見てもそう思える。


夕食、公彦の現地での作業内容に花が咲く。

元居た会社の希望退職に応募し、退職後、既に東南アジアのある国の地雷撤去に携わっていた先輩を頼って、あっという間に飛び立っていった。

くるぶしから先や、膝から先の無い大人や子供がそこいら中に居る。その人達にはボランティアが義足を作っている。

退職金の半分はそのボランティアに寄付した。残り半分で現地での生活や帰国費用を賄っている。

それが無くなれば、寺の裏にあるマンションの家賃収入を当ててやると秀一郎さんから約束されている。

秀一郎さんは、自分が亡くなれば幽玄さんに譲る、と決めているらしい。異論は無い。俺も親父も。

幽玄さんもその気になってくれているみたいだ。その為にも寺の横にある我が家もいずれ明け渡さなければならないと言うと幽玄さんは、

「みんな、家族ですよね。ずっと一緒に居てください。その方が嬉しいので。」とこれまた嬉しい事を言う。

結花が重本さんの横で、嬉しそうに笑っている。結花に必要なのは俺じゃなく、こんな家族なんだと思う。血縁じゃない、信頼しあえる家族。

働く場所。笑いあえる家族の居る場所。【良かったな。結花。】俺の目的は達成できたかもしれないと思った。


夜、重本さんの隣の布団には結花。

「重本さん、聞いていいですか?」

「何?」

「重本さんは公彦さんと一緒にならないんですか?」

「なんないわよ。どう転んでもなんない。」

「……何でですか?」

「……誰にも言わない?、、、言わないなら、言う。」

「言いません。約束します。」

「……公彦さんは、、、私のお兄さんになります。……秀一郎さんの娘です。私。」

「そうだったんですか、、、え~っ!、、、、む、む、娘さん?」結花、非常に驚いた。

「誰にも言っちゃダメよっ。」重本さん、口に人差し指を当てる。

「あ、はい。言いません、、、絶対に言いません。」結花、大きく頷く。

「戸籍上、私は私生児でね。父親不詳になってるの。

 でもね、お母さんが『お前の父親は仏照寺の流泉秀一郎って人だよ』って教えてくれたの。死ぬ前にね。

 私のお母さん、八王子で小料理屋してて秀一郎さんと出会って、その時には秀一郎さんには奥さんがいてね、公彦さんのお母さん。

で、妊娠がわかって、近くに居ちゃいけないって言って、生まれ故郷の前橋に帰っちゃったんだって。

そこで私を産んで、育ててくれて、私が二十歳の時に死んじゃったのよ。

 私が短大に行ってた時でね。その時の友達がね、何と、公彦さんの奥さんになる人だったの。龍彦君のお母さん。美由紀さん。

すっごい縁でしょ、不思議でしょ。

 就職で東京に二人出てきて、何年か後に公彦さんと美由紀が結婚して、公彦さんの後輩と私が結婚して、その新居がこのお寺の裏のマンションで。

 引っ越してきてから、寺の御院(ごいん)様の秀一郎さんが、私の父親だってずっと判ってたけど、黙ってたのね。一生、黙ってようかな~とも思ってて。

 20年前に美由紀が亡くなって、龍彦君一人になって、美由紀と友達だったから、龍彦君の事、少しづつ手伝ってあげてて、目立たないようにね、、、

 10年前に今度は私の旦那さんが死んで、、、公彦さんが東南アジアに行っちゃって、龍彦さんが大学で寺から居なくなってて、、、

秀一郎さん、一人になっちゃって、

 大変そうだったから、、、押しかけちゃったのよ、私の方から。家事全般も経理も出来るし、チョー便利ですよってね。

何か月して、、、やたら秀一郎さんが私の事見るから、、、襲われると困るから、『何ですか?気になる事ありますか?』って聞いてみたの。

 そしたら、『早苗さんの生まれはどちら?お母さんの名前、、、教えて貰えませんか?』って聞くの。

 で、、、『清水恵子の娘で、早苗です。前橋で生まれ、育ちました』って私から言ったの。

 秀一郎さん、驚いて、、、泣いてた。私の手を握って、ごめん、ごめんって言いながら泣いてた。『顔が恵子さんに似てた』だって、、、

 『何も思ってません。恨んでるとか、寂しかったとか全然、思ってません。こんなに近くに来れたのも縁ですから』って言ったら、また泣いてた。

 ま、掻い摘んで言うと、そんな感じ。火曜サスペンスみたいでしょ。事件にならないだけで、、、ゴメンっ!、事件は結花ちゃんの方だったわね」

結花、口を開けたまま、茫然自失状態。「ドラマだったんですねぇ~」って言うのが精一杯だった。

「ねえ、結花ちゃん、、、龍彦君と上手く行きそう?」

「……いえ、あいつがまだ生きてますから、、、もうこれ以上、龍彦さんには、、、」結花、口をキュッと締める。

続けて「それに、あたし自身の事がありますから、、、」

「そう、、、もう少し、時間が必要みたいね。」重本さんが優しく笑ってくれた。結花、微笑んで頷いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る