第8話 新宿から国立
新宿から国立
俺、都内の仏教系大学に進学。2年からバイトで新宿のホストクラブ。週末の三日間、メインのホストのヘルプとしての繋ぎ役。
ある夜、近くのキャバクラから数名の来店があった。新装オープン直後の歓迎会と言う名の探り合いらしい。
その中の一人と目が合った。結花だった。驚いた。結花も目が驚いていた。なかなか近づいて話せない。お開きになって初めて話せた。
「何時から?」「先月から、、、」「学校は?」「辞めた」「お母さんは?」「今、仙台」「週末の三日間だけ居る」「また来る」「じゃ」「じゃ」
結花が入院したらしい。同じキャバクラのお嬢から聞いた。「ザベスちゃん(結花の源氏名)、襲われちゃってさぁ、入院中。御苑近くの松田病院だって」
翌日、見舞いに行く。結花は個室に入院していた。2週間の予定らしい。襲われたのは数日前。茂が現れたと言った。
怒りが蘇る。あの時、息の根を止めておいた方が良かったと言ったら、俺に2度と会えなくなったかもと笑われた。
何があったのか聞いた。話したくないと言ったら引きさがるつもりだった。
茂は新宿のチンピラ集団のリーダー的存在になっていたらしい。
たまたま客として来たキャバクラで結花を見つけ、閉店後の出待ちで拉致された。
あるビルの3階、”手形割引の緒方”という事務所に連れて行かれた。
そこで暴行された。数名に廻された。明け方、トイレに行くふりをして非常階段を下りた。走った。交番まで走った。
交番に入るなり、倒れこんだ。身体じゅうに体液が付着し、ところどころ乾き、光り、異臭を放ち、股間から血を流している全裸の若い女性が倒れてきた。
救急車で運ばれ、事務所には警察が踏み込んだ。茂達数名は逮捕された。事務所から違法ドラッグも押収されたらしい。
病院で全身の洗浄、傷の治療、警察の事情聴取があり結構忙しい。早く退院したいと漏らしていた。
「退院したら、何処か旅行にでも行くか?テーマパークでも行くか?それともレストランで食事はどうだ?」と聞いたら
「何も要らない。気持ちだけで嬉しい。」と返された。やんわりとフラれたと思った。
病室に数名の人が入って来た。都の職員、区役所のナントカ課の人、所轄警察の生活安全課少年係の人。
そうか、結花はまだ未成年だった。身元引受人が必要らしい。仙台に居るお母さんでは住居が遠い為、その人たちは難色を示した。
「俺がなります。」みんなが俺のことを頭の先からつま先まで舐め回すように見る。出勤前のホストの俺を。
「俺の祖父に頼んでみます。」秀一郎に電話した。快諾して貰った。電話を都の職員へ渡し、話して貰った。
「俺が保護者になるから。……いや、保護者代行になるから、、、」結花とその人達に宣言した。
結花は黙って、俺を見ていた。何を言いたいのかわからない。嬉しいのか、悲しいのか、わかんねぇー。俺、ホストに向いてねぇみたい。
結花が未成年の為、酒類の提供のある所での就労は不可となった。
生活保護の話も出たが、条件が色々あり良く判らない。結花も首を傾げていた。
翌日も見舞に行った。
お母さんがお店を任された事。任して貰う為に契約金を支払った事。敷金や礼金、改装費用、申請種類提出代行、あらゆるお金を借金したそうだ。
口を利いてくれた人からの紹介で、経理として年配の男性が帳簿をみてくれていたそうだ。数か月後、売上を持ち逃げされた。
借金が2,000万円。口を利いてくれた人からの紹介で金融会社の人が一旦立て替えてくれたらしい。
お店を閉めた。お母さんは親しい同郷の人が仙台に居るとかで、逃げる様に居なくなった。
結花が残された。食っていく為に働く。学校を辞める。職を紹介される。そこがキャバクラだった。
「なんだ。全部グルじゃねぇ~か。出来レースだよ、それ。」呆れたように俺が言うと、
「判ってた、、、でも、他のやり方判んないし、、、お母さん、バカだから、、、あたしもバカだから、、、」結花、窓の外を見ながらポツリ、ポツリ。
「その金、どうやって返すんだ?、、、もちろんお母さんが、、、」
「お母さん一人じゃ無理、、、あたしも返す。」真っすぐに龍彦を見る結花。
「どうやって、、、なんでお前が犠牲に、、、」
「…………親子だから、、、お母さん、好きだから、、、」目をそむけ、そっぽを向いて、ベッドの横の床を見ながらポツリと漏らす。
【何か他に理由が、あるんじゃ、、、】そう言おうとして、止めた。【こいつ、覚悟、決めてる、、、】
俺は
それに、結花が狙われて、襲われたのはあの時の俺への恨みがあったからじゃないのか?
俺が結花を助けたばっかりに、茂の恨みを買ったのか?
あの時、俺が助けに入らなければ、今回の事は無かったんじゃないか、、、
そんな事は無い!決して無い!あの時助けていなければ、結花はもっと酷い生き方をしていたかもしれないじゃないか!
涙が出てきた。悔しくなってきた。自分に腹が立ってきた。情けない、恥ずかしくなった。
【こいつに何もしてやれねぇ~じゃんか。】「また、来る。」べそを掻いた少年。
「連絡先、、、」結花の一言に「090********」のみ応える。スマホが振動する。直ぐ切れる。
【俺、何様?、、、こう考えるのも上から目線ってか?、、、】
龍彦が帰った後、不思議と落ち着いている結花。
龍彦に思わぬところで再開し、少し浮ついていた自分。それをあざ笑うかのように現れた茂。
【自分は、普通の幸せを求めちゃダメなんだ、、、
お母さんがあんな目に会ったのも、おじさんが居なくなったからかも知れない。あれからお母さん、誰かれ構わずに依存しようとしてたし。
追い込んじゃったのはあたしのせい、、、。
達彦さんに会えたの、すっごく嬉しかった。ホントに近い所に居てくれた。いつでも会える。頑張れる。そう思ってた、、、
良い事があったら、良くない事が必ずあるって諺が無かったっけ、、、もうちょっと勉強したかったな、、、
もう良い、、、今、自分が一番高く売れる方法を取らなくっちゃ、、、自分はどうなっても良いから、高く売らなくっちゃ、、、
お母さんにも、おじさんにも、、、あたしが悪いから、、、、、、、】
結花は退院した。住んでいた新宿のアパートは店の寮として数名と住んでいたそうだ。国立市に引っ越した。
秀一郎が、不動産屋へ頼んでくれた。敷金、礼金は秀一郎が出してくれた。身元引受人らしく。
コーヒーショップで働くことになった。先ずはホール係。いずれバリスタになってみたいと言った。
しかし、借金がある。2,000万円に利子が着く。結花はまた、働き出した。
デリヘルから始めた。オッパブと格安ソープへ日替わりで行く。アダルトビデオへの出演はデリヘル事務所からの紹介。
なんかスッゲー悔しい。スッゲー情けない。実家は金持ちだが、俺にはまだ金がない。
結花を助けられない。それで保護者代行なのか?秀一郎は「色即是空」と言ったきり。……訳分らん。
俺は結花が働くコーヒーショップへ最初の頃は顔を出していたが、だんだんと外から見るだけになった。
結花はそのコーヒーショップを辞めていない。続けている。偉い。本当に偉い。俺よりず~っと偉い。
顔向けできない。恥ずかしくて顔を見れない。どっちの言い方が正解なのかも判らない。
俺は大学を卒業し、寺の副業に精を出した。就職はしなかった。坊主にもならなかった。
隣に立つ3階建ての小さなビル。一階に釣具屋と雑貨屋。2階にピアノ教室とヨガ教室。3階に個人経営の学習塾。
そのビルの店舗前駐車場と共用部の清掃。1階事務所と2階と3階の教室の清掃を毎日行う。
寺の境内の掃き掃除も行っている。掃除は好きな方なので苦にならない。
掃除以外にも、帳簿付けやメンテナンス、ご要望聞き、工務店や業者との仲介などをした。
さぼらない様に自分を追い込んでいるみたいだ。
結花は必死で働いている。恥ずかしくない様に働かないと。
そうして約10年。結花は借金は完済した。俺に報告しに来た。こんな俺に。何もしてねえし、俺。
「なあ、、、結花。・・・・・・コーヒーショップ、やらねえか?俺と一緒に、、、共同経営。」
「えっ!、、、コーヒーショップ?……やりたい、、、やってみたい、、、でもお金とかの計算が。」
「俺がする。お前は美味しいコーヒーを淹れてくれ。」
「うん。」結花が笑った。
秀一郎へ相談した。やってみろと言われた。金は出してやるとも言ってくれた。
早速、場所を駐車場の国道沿いに決め、建設会社、店舗設計会社、保健所の申請など開始した。
【結花の居場所、つくる。】その一念で。
将来、結花と一緒になるなんて考えていなかった。と言えば嘘になる。
結花に恋人でも出来ればそれでも良いとも思っていた。
まだ一人前でもない俺に、何ができる。自信も、自負も、計画も無い。坊主の才能は無さそうだ。秀一郎にも言われた事がある
結花の居場所、つくりたい。いまはそれだけにした。
寺の来客用駐車場の北側、国道に面して「ハートフル・カフェ・万象」がオープンした。
結花、国立から駅の近くのアパートへ引っ越して来た。
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