第15話 一つの終わり


一つの終わり


出所した茂と両親の乗った車が、横浜港で見つかったとネットニュースに載っていた。転落事故か心中かと書いてあった。

カフェへの不法侵入と器物破損,龍彦への暴行で3年の実刑を経た茂が出所した直後だった。

「結花、一つ終わったぞ。」ネットニュースにその件が載った日の夕方、閉店後に龍彦は結花に言った。

「はい、、、一つ、終わりました。」

「結花、俺と一緒になってくれないか、、、今すぐにでなくて良い。待つ、、、これまで待ったんだ。これからも、、、」

「……龍彦さん、話があります。」

今朝、茂の件がネットニュースに載っていたのを結花も見ていた。

今日、龍彦さんから話が来るかもしれない。多分、来る。きっと来る。と思いはしていたが、普段通りにしていようとしていた。

でも、どうしても気になり、しょっちゅう龍彦さんを見ていた。目で追いかけていた。

不安の中の嬉しさか、嬉しさの中の不安かよくわからない。

心の中を話せば、龍彦さんは受け入れてくれると思う。小学生の時の事は話せない、死ぬまで話せない。

話せるのは今の自分の事。龍彦さんを拒絶したりしないかという心配の事。


戸締りをし、店内を暗くし、一つのテーブルのみランプを点ける。

龍彦が座る。結花はアップルティーソーダを二つ作り、テーブルへ持って行き、座る。

「新作、作ってみたの。飲んでみて。」一つを龍彦に差し出す。

龍彦がアップルティーソーダを手に取り、ストローで一口飲む。

「おっ、美味い。これはイケる、、、炭酸がもう少し強くても良いかも、、、もう少し甘くても良いかも、、、人の好みか、、、」

「そう、、良かった、、、オーダーの時に強炭酸か普通か聞いてみようか、、、シロップは3段階くらいで、、、」

「うん、そうだな。」

龍彦、もう一口飲む。結花も一口飲む。

「結花、話してくれますか。」

「はい、、、あたしの心の問題です。……龍彦さんを拒むかもしれません。」

「うん。」

「長い間、身体を売ってきました、、、お金を貰えたら受け入れられました、拒絶しませんでした。

 お金が貰えないと分かれば、心や身体が拒絶しました。泣いて、震えて、止まりませんでした。

 龍彦さんからは、お金は貰えません。龍彦さんには売春婦じゃない私を受け入れて欲しいんです。

 達彦さんを拒絶したらどうしよう、、、龍彦さんがこんな女になったあたしを嫌いになったらどうしよう、、、

 お店を一緒に始められて本当に嬉しかった。ずっと傍に居られて嬉しかった、楽しかった。

 嫌われたら、居なくなろう。龍彦さんが別な人と一緒になるんだったらそれでも良い、、、抱かれないまま居なくなろう。そう思ってました。

 だから、、、怖い、、、どうしたら良いか分からず、怖い、、、だから、、、返事が出来ません、、、」

結花、下を向いたままで話した。

「そうか、、、俺がお前を嫌いになる訳無いよ、、、良いよ、拒んでも、、、何も無くて良いよ。一緒に居てくれるなら、、、」

結花、龍彦が不機嫌になるかもしれないと思っていたが、明るい声だったので顔をあげてみた。

龍彦が笑ってる。声を出してはいないが、顔が笑っている。明るい顔で笑ってる。

「……龍彦さん、、、良いんですか?抱けない女が傍に居ても、、、売春婦だった私が居ても、、、」

「ふふ、、、何年待ったかな、、、出逢ってから18年か、、、キスもしてねぇしな。ハハハ。おっ、ハグはしたな。一回。」

「龍彦さんも子供とか、欲しいんじゃないですか?他の人と一緒になった方が、、、」

「そりゃ、出来るに越したことは無いが、出来ない事もあるだろうし、、、エッチしたいから別な人とって言う事はなんか違うし、、、」


「……いつか、一度、試してください、、、拒絶してしまったら、あたし、、、」意を決して、結花頼んでみた。

「居なくなるってか?なら、試さない。」龍彦、笑っている。

「……あたし、どうして良いんだかわかんない、、、」

「じゃ、、、、一緒に暮らし始めてみないか?お前のペースという訳じゃ無いし、俺のペースでも無い単なる同居人から始めてみるか?」

「……そのうち、拒絶するか試すんですか?」

「エッチは試さないで良い。普段から何処まで近づけるか少しづつ心を開いて行くんだ。……エッチするのがゴールじゃないぞ。

 一緒に生きていけるか、暮らしていけるかを試すんだ。どうだ?」

「……それでも良いんですか?、、、それでも、、、」

「いいともさ。……お前の事をどうにか助けてやりたいと思ってた18年だったけど、結局、力になれなかった。申し訳ない気持ちがある。」

「そんな事ないです。茂から守ってくれたし、、、お店をやるのも誘ってくれたし、、、」

「茂は俺を狙ってた、、、店は俺がやりたかった、、、お前の居場所を作りたかった、それだけだ。それにお前が応えてくれた。」

「……」

「ゆっくり行きましょう。結花さん。焦らず、、、一緒に、、、傍に居てください。」龍彦、席を立ち、ゆっくりと頭を下げた。

「……はい。一緒に居てみます。」結花も席を立ち、頭を下げた。

二人顔を上げ、微笑み合う。抱き合う事をせず、キスする事もなく、二人で歩く人生が始まった。



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