ハートフル・カフェ・万象   略して「ハ・カ・バ」

やまとやじろべえ

第1話 オープン

”美味しいコーヒーを飲みませんか?そこのハ・カ・バで。”


あなたのお好きな飲み物は何ですか?

 少し、心を軽くしてみませんか?


ハートフル・カフェ・万象  

略して「ハ・カ・バ」


店主 流泉龍彦 黒谷結花




 オープン


東京都郊外、殆ど神奈川県。

地下鉄との相互乗り入れの私鉄沿線。

私鉄駅から山に向かい、歩いて10分。遮るように走る国道のバイパス沿いに「浄土真宗 東本願寺派 仏照寺(ぶっしょうじ)」がある。


俺が境内を箒で掃いていると門から一人の女性が歩いてきた。

紺色のロングスカート、水色のTシャツ、薄手の青いカーディガン、黒色のサンダル、薄い黄色いサングラス。

近づくにつれて、女性の顔が微笑んできたのが判った。箒を動かす手を止めて、女性が来るのを待った。

「ご無沙汰しています。」俺の手前、1メートル位手前で歩みを止めた女性がサングラスを外し、声を掛けてきた。

「久しぶり、、、何年くらいぶりかな、、、」俺は不義理をしていた様な気になって申し訳なさそうに返した。

「この前も、お店の前に来て下さいましたよね。入ればよかったのに、、、手を振ったの判りました?」

「あれは会った事にはなんねぇ。見に行っただけだ。」

「でも、来て下さったのは嬉しいです。、、、声聞きたかったな~。」拗ねたように唇を少し尖らしながら言ったが、直ぐ笑った顔になった。

「だって、たま~に来る龍彦さんのメッセージっていっつもおんなじなんですもん。元気か?困った事は無いか?じゃあな。ばっかし、、、

 たまには、こんな映画見たよとか、最近ハマっってる曲はこれとか、気になる女の子できたよ~とか、、、

 おしゃべりしたり、声が聴きたい時とかあっても、電話できる時間がずれちゃってますもんね、、、フフフ。じゃ、ちょっと失礼します。」

女性は、一礼すると本堂の横にある納骨堂へ向かった。

【季節ごと位に、店の前には行ってたの、時々見られてたか、、、】照れ笑いが零れる。

働いてたコーヒーショップ、辞めてねえか見に行っていた。続けていた。黒い服、黒いエプロンをしてエスプレッソマシーンでコーヒーを淹れていた。

女性は、鞄の財布からお札を取り出すと浄財箱へそれを畳んで入れた。それから静かに両手を合わせ、ゆっくりと上体を傾けた。

俺は本堂へ上がる階段に座る。

女性が戻ってきた。俺の横に座る。

「お金、完済しました、、、ようやく、終わりました。」前を向いたまま、細い声で言った。俺は結花の横顔を見ていた。

「そうか、、、頑張ったな、、、偉いな、お前、偉い、、、」俺の目に涙が滲んできた。

「龍彦さんと御院(ごいん)様のお陰です。」

「そんな事ねぇよ。俺、何にもしてねぇ。出来てねぇし、、、秀一郎さんはお金出してくれたけど。」涙目になったのと、照れ隠しの為、目をそらした。

「あの時のお金も、返しますから、、、」女性が俺の方へ顔を向けて言った。微笑んでいる。

「要らねえよ、、、縁を切る様な、清算する様な事、言うなよ。寂しいじゃねぇか。」顔をそらしたまま答える。

「けじめですから、、、ふふふ。そうしたいんです。」今度は、女性が目をそらし、言う。

「なあ、、、結花。・・・・・・コーヒーショップ、やらねえか?俺と一緒に、、、共同経営。」結花の顔を見る。涙目がバレても良いから見る。

「えっ!、、、コーヒーショップ?……やりたい、、、やってみたい、、、でもお金とかの計算が。」結花が俺を真っすぐ見ている。

「俺がする。お前は美味しいコーヒーを淹れてくれ。」小さく頷きながら、目を軽く閉じた。涙が一粒、零れた。

「うん。」結花が笑った。

何年振りだろうか。結花がこんな笑顔を見せたのは、、、中学校の時だとしたら、12年くらい前の事。

【ようやく、笑えたな、、、良かったな、、、今度から俺の傍で、その笑顔、頼むわ。結花。】



仏照寺(ぶっしょうじ)は元々、神奈川県津久井郡(現相模原市)藤野に有った。

大東亜戦争の終わった数年後、集落を襲った大規模水害で村の半分が埋まった。

その村の出身で国会議員になった建設省の大物が、戦後高度成長期の折りに埋め立てや建築用に山を削って表れたこの土地に集落ごと引っ越しの算段をしたらしい。

その頃は周りは何も無く、利用できる水脈も無い為米作りに不向き、仕方なく野菜作りで生計を立て始めた。

野菜の生育は早いもので2,3か月、遅くとも半年で出荷できる為、丁度良い収入源となった。

また、高度成長期で近隣は住宅開発が進み、東京と言う大市場が控えており野菜作りは当った。

周辺地域の土砂を削った跡地、住宅地にはまだ手を出されていない土地を購入し、畑を増やし、元村民は金持ちになって行った。

伴い、仏照寺(ぶっしょうじ)も、寺の背後に広がる山を拓き、墓地を作り、販売。

門徒や宗派に拘らず、葬儀や法要、墓参りと人の動きに合わせ、金満寺社に変貌した。

墓所を作ったものの、縁者のいなくなった墓、お参りする人のいなくなった墓が多数出る。

10年に一度、無縁仏の墓(正確には10年間お供えの途絶えた人の墓)を集約し、納骨堂へ納める。空いた区画を販売する。

もちろん、縁者を八方探し、電話を掛け、手紙を書き、了承を得て、墓石から”魂”を抜く法要を行った上でそれを進める。

墓石販売会社との連携で行う。トラブルは墓石販売会社が引き受けてくれる。

金満寺社時代に周りの畑や家を購入し、アパートや駐車場、マンションを増やし、寺のみでの収入をはるかに上回る収入を得る様になった。


時代は移り変わる。

家族葬が増えた。会社葬は減った。葬儀そのものをしない人も増えた。お骨のみ預かって欲しいと言う人もいる。

納骨堂を増築した。リモートでのお参りにも対応できるようにした。

アパートや駐車場、マンションの空きも増えていく。老朽化で取り壊すアパートも出る。その跡地を住宅地用で販売しマンションの補修に当てたりする。

儲かるのは不動産屋か大手の住宅開発会社ぐらいになった。


寺には、御院様で俺の祖父 流泉 秀一郎 84歳が居る

父親は今、東南アジアのある国で重機に乗っている。地雷除去だそうだ。長年の夢だったそうだ。

母親は他界し、もう居ない。

そして田所 幽玄 48歳。フリーの坊主だった。気分次第で全国の浄土真宗寺院を渡り歩いていたらしい。

但し、この5年は仏照寺に滞在している。葬儀や法事など一手に引き受けてくれる。

時折、遠い空を眺めては涙を流しているが、普段は明るい。檀家受けも良い。

生活の場である流泉家の家事全般は重本さんが取り仕切っている。寺の帳簿付けなどの経理も出来る。

重本さんは父の後輩の奥さんだったそうだ。その御主人も他界し、子供さんも大きくなった為か、うちの家に良くしてくれている。

俺も小学校高学年から、随分気にかけて貰った。



来客用駐車場の北側、国道に面して「ハートフル・カフェ・万象」がオープンした。

オーナーはこの寺の御院(ごいん)様の孫、流泉 龍彦(りゅうぜん たつひこ) 30歳。独身。

そして、共同経営者の黒谷結花。27歳。独身


結花は毎朝、出勤する前に必ず納骨堂へ立ち寄り、手を合わせてから店に入る。

高校の同級生が始めた近くのパン屋から、毎朝7時にプラスティック製の箱で色々な種類のパンが2箱届く。

お昼前にはまた近くの洋菓子屋から、数種類のカットケーキと焼き菓子が届く。この店は結花の同級生で、俺の同級生の妹。

営業時間は朝の6時30分から夕方4時まで。夜は営業しない。

開店直後から客は来る。

車で来ては自前のタンブラーを差し出し、コーヒーを入れて仕事に向かう人。

店内に置いてあるカップに入れて、ゆっくりと飲むサラリーマンやOL。飲み終わると駅に向かう。

お昼前後は近所の主婦、営業マン、さぼってるのか用事の無い大学生。

夕方近くは、今からご出勤のお姉さんたち、お兄さんたち。学校帰りの大学生や高校生。

時折、店内を見渡すと物思いにふける人や溜息をつく人、ハンカチを出し目を抑える人が時々いる。

それぞれ自分の人生に起きた”にわか雨の様な出来事”を考えているのだろうか。



 あなたのお好きな飲み物は何ですか?

 少し、心を軽くしてみませんか?


ハートフル・カフェ・万象  店主 流泉龍彦 黒谷結花

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