第6話 ナンシーさん


ナンシーさん


ハートフル・カフェ・万象のオープンより、15年ほど前の事、


流泉 龍彦(りゅうぜん たつひこ) 15歳 中学3年

夏休みの終わりごろの夕方、仏照寺の境内の掃き掃除をしていた龍彦の元に、白い刺繍された布に包まれた箱を持つ親子が声を掛けてきた。

「スミマセン。オキョウヲオネガイシマス」たどたどしい日本語。東南アジア系の女の人だと思われる。

その東南アジア系の女性の隣に女の子。小学生か中学生くらい。女性より背が高い。いや女性の方が背が低い。

「あ、ちょっとお待ちください。御院(ごいん)様呼んできます。どうぞこちらへ、、、」龍彦は二人を待合所に案内した後、事務所へ向かう。

「秀一郎さん、お経上げてっていう女の人来てるよ。本堂へ案内しても良い?」

「……ん?、、、お経上げてっ?……どんな人だ?」ソファーで新聞を見ていた秀一郎が聞いてきた。

「親子連れだと思う、、、白い袋に入った箱、多分、御遺骨。東南アジアの人みたい。」

「今、何処にいる?」

「待合所。」

「うん、ちょっと行ってみよう」秀一郎、ソファーから(よっこらしょっと)と言いながら立ち、待合所へ向かう。


「あ、ナンシーさん、ナンシーさんじゃないか、、、それっ、、、、どなたの?」待合所に入るなり、秀一郎、声を上げた

「ドモ、センセイ、、、コレ、ダンナサン。センシュウシンダ。ダカラ、オキョウアゲテ、、、」

「あ~、ご主人ですか、、、判りました。どうぞこちらへ」秀一郎、先導しながら本堂へと向かう。

本堂は畳敷きで座敷用の椅子がある。一度に100名程度は入る事の出来る大きさだ。

秀一郎は入口のスイッチを入れて本堂の照明を点けた。オレンジ色や白色、薄い青や紫、赤色の光が鮮やかな金色の装飾品を際立させていた。

「どうぞ、お座りください」祭壇正面の椅子に二人を誘導し、秀一郎はその前の大きな”りん”が置いてある机の前に座った。

着物の袖を整え、経本を開き、”りん”を一つ打つ。”ゴオォ~ン~”。読経が始まる。

俺は入口近くに座った。


「ナンシーさん、ご主人との事ですがいつお亡くなりに?」秀一郎、話を切り出した。

「センシュウノキンヨウビのヨル。ジンジャノカイダンカラオチタ」

「あ~、新聞にも出てた人でしたか、、、でも、お名前が、、、」

「ケッコンシテナイ。セキイレテナイ。」

「そうですか、、、その御遺骨をあなたが?」

「ダンナサンのイエ、アオモリ。イラナイイッテキタ。ドウシヨウ、、、コマッテル、、、」

「家の納骨堂でお預かり致しましょうか?」

「……タノミタイケド、オカネナイデス。」

「結構です。私が納骨堂へ納めさせて頂く事にしますから。」

「イイデスカ、、、」

「はい。ナンシーさんには色々して貰っていますから、、、」秀一郎、意味深な言葉。薄ら笑いが顔に出てる。

「アリガトウゴザイマスデス、、、センセイ。」嬉しそうな、泣きそうな顔で秀一郎を見てる。

その横で、俯いたままの女の子。読経中も俯いたままだった。悲しそうでも寂しそうでも無く、ほぼ無表情。

「出来れば、で良いんですけど、月一回、納骨堂に着て手を合わせて頂けますかな?」

秀一郎の言葉に女の子が反応した。顔を上げ、

「ハイ。来ます。毎月。」小さな声ではあったが、はっきりと聞こえた。

「うん、良い子だね、、、。お金は無くても良いから、毎月来て手を合わせて頂ければ、仏様も喜びますからね。」

「ゆか、デキル?マイツキデキル?」

「うん、小学校の帰り道だから、、、ちょっと寄り道だけど、大丈夫。」ナンシーさんに向かって女の子が言った。初めて笑顔らしきものを見た。

【ゆかちゃんか、、、小学生だったか、、、見えねえな。……ま、関係ないっしょ。】

「ところで、ご主人のお名前、お聞かせ願えますかな?」

「ヤマシタ タモツ」ナンシーさんがポツリ。

”紙に書いて”と秀一郎がメモ紙を渡すと、結花が受け取り漢字で書いた。『山下 保』

その紙を秀一郎が受け取り、しばらく考えた後、長細い色紙に筆ペンでこう書いた。

『釋保祥信士』

「アノ~、、、オレイ、、、」ナンシーが申し訳なさそうに小さな声で呟く。

「如何ほどでも構いません。ご自身のお考えで、、、千円でも5千円でも、、、 」

ナンシーは鞄の財布から1万円を1枚取出し、差し出した。はだかのままで。

秀一郎、両手を合わせ一度拝んだ後それを受け取り、席を立った。事務所の方へ向かう。

暫くして戻ると、菓子や缶詰やレトルト食品を詰めてある紙袋をナンシーに渡した。

「お帰りになられたら、先ほどの法名とこれをお供えしてくだされ。一度お供えしたら、お食べになられても構いませんよ。」

ナンシーが袋の中を見ると、不祝儀袋が有った。「……センセイ、コレ?」

「私からの御仏前です。お供えしてください。」

【さっきの万札、そのまま包んで返したのか、、、ふ~ん】

ナンシーが椅子から立ち、深々と頭を下げた。連られて結花も立ち上がり同じく一礼。

俺は骨壺を預かり、二人はまた礼をして帰って行った。

帰り際、ナンシーは秀一郎に近寄り、小声で何やら話していた。隣の結花に聞こえない様にの配慮か?

秀一郎の顔が緩んでいる。……察し。


それから毎月20日頃、学校帰りの4時過ぎに結花が納骨堂へお参りに来る。

時々、俺が早く学校から帰って境内の掃除をしていると出くわす。結花は俺に一礼して納骨堂へ向かう。

手を合わせる前に、ポケットの財布から硬貨を出し、浄財箱へ投げ淹れている。

顔の前で両手を合わせ、目を閉じて、上体を傾ける。

【いくら手を合わせても、あたしの罪が消える訳じゃない。おじさん、ごめんなさい。】結花、心の中でいつも思う事。


俺が高校、結花が中学生になっても続いていた。

時々、本堂の階段に座りおしゃべりをする。

「学校は楽しいか?」「勉強はどうだ?」「クラブは何してる?」「好きな男の子は居るのか?」

コアラのマーチやブラックサンダーを食べながら、ほんの10分くらいずつ話した。

【俺、智香も好きだが、結花も好きだ。……ダメじゃん!両方追いかけちゃ、両方逃がしちゃうよ、、、】

器用な男なら出来る事が、龍彦は不器用なゆえ、結花の事はそっとしておくことにした。





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