第12話 じゃなくて!

「幸那様、お待たせ致しました。本日も全人類を震撼させるような恐ろしい出来事を引き起こしてはいないようですね。安心しました」

「私を何だと思ってるの……?」


 放課後――。


 私のクラスのホームルームが遅れてしまった関係で、幸那様を昇降口で待たせてしまうという失態を演じてしまった私。

 私は小粋なジョークで場を和ませようとしたのですが、どうやらその目論見は失敗に終わったようです。

 幸那様の目が剣呑に細められ、私を咎めているかのよう――嗚呼、幸那様のその一生懸命に頑張って怖さを演出しようという表情も素敵です!

 この場で腰砕けになって思わず倒れ込みそうなくらいの素敵さですよ、幸那様!


「幸那様は幸那様です。それ以上の形容詞はありませんよ」


 綺麗とか、美しいとか、素晴らしいとか、そんな言葉は全て幸那様という単語の前では欠陥品でしかありません。幸那様を表現する言葉は、幸那様という言葉でしか有り得ないのです。

 私の情熱を感じ取ってくれたのか、幸那様も嘆息を吐き出して厳しい表情を柔らかくして下さいます。


「はぁ……。まぁ、いいわ。帰りましょう」

「では、参りましょうか」


 静々と幸那様に仕えるメイドとして、幸那様の斜め後ろに控えようとしたその時――、


「報徳院」


 廊下の奥から足早に近付いてきた背の高い男が幸那様の進路を塞ぎます。

 私はすかさず幸那様の前に出て、その男の魔の手から幸那様を守る位置に立ちます。


 確か、彼はタカセと言いましたか……。


 長身、強面でガタイも良い――……のですが、その素行は決して誉められたものではなく、学校をサボったり、各所で喧嘩をしているといった噂話が絶えません。

 同じ不良たち相手にも一目置かれており、近付く者がいないような孤高の一匹狼といった話ですが、私の印象としては一匹狼というよりは、避けられている乱暴者といった感じです。

 そんな相手が幸那様に何の用でしょうか。


「あ? 何だ、お前?」

「幸那様のメイドです。あなたこそ何ですか? 幸那様と大して接点があるとも思えませんが? 何用です?」

「俺は、報徳院に用があるんだよ。お前に用はない。……邪魔すんなら潰すぞ?」

「そういう言葉は軽率に使わない方が良いですよ。相手の実力すら見切れないようなら尚更です」

「んだと……」


 ……臭わないんですよね。


 彼からは使独特の臭いがしない。

 恐らくは、持って生まれた大きな体と膂力で暴れてきただけなのでしょう。

 そういう手合いは先手を取れば強いのですが、守りに入れば驚く程脆いものです。

 守る為のノウハウが無いのもありますが、路上ストリートで高度な駆け引きが出来ていないというのが主な理由でしょうね。

 路上ではピンキリいるでしょうから、実力が拮抗する前に勝負が決してしまうので、そういう経験が積めないのです。


 さて、タカセ何某、どうしますか?

 私という相手にどう攻めますか?

 ちょっと面白くなってきましたね。


「ちっ……。俺は女は殴らねぇ主義なんだよ。いいから、報徳院と話をさせてくれよ」


 密かに握っていた拳を解くタカセ。

 これは意外ですね。

 札付きの不良ということでしたから、もっと短気かと思っていたのですが、意外にも紳士を気取りますか。


「私に話があるの?」

「幸那様」


 む、幸那様の興味がタカセに向いてしまいました。


「話を聞くぐらいならいいよ。何?」


 幸那様から真っ直ぐに見つめられて、頬を染めて視線を逸らすタカセ。

 幸那様の尊い視線は、例え札付きの不良と言えども乙女のようにしてしまう効果があるようです。流石は幸那様と言う他ありません。


「ここではちょっと……」


 先程までの威勢の良さはどこへやら、まるで王子様に見初められたお姫様のように顔を真っ赤にしながら、挙動不審な態度でタカセは答えます。

 というか、人前では話せないような話って何なのでしょう?


 ――はっ、まさか愛の告白!?


 駄目ですよ! 幸那様には私という存在がいるのですから! こんなポッと出の良く分からない男に、私の女神様を渡すわけには参りません!


「そう。なら、場所を変えましょう」


 ですが! 嗚呼……!


 幸那様は私の心の内を知らないのか、タカセを誘ってしまいます! ここは変な事にならないように、私が全身全霊を以て守らねばならないでしょう!


  ◆◆◇◇◇◆◆◇◆◆◇◇◇◆◆

 ◆◇◇◆ D2 Genocide ◆◇◇◆

  ◆◆◇◇◇◆◆◇◆◆◇◇◇◆◆

 

「何で、お前までいるんだよ……」

「幸那様のメイドですので。私のことは気にせずに、居ないものと考えてお話し下さい」


 まぁ、告白などしようものでしたら、全力で阻止するんですけどね!


 幸那様とタカセが辿り着いたのは、人の居ない空き教室でした。

 その教室の扉を閉めながら、当然のように私も居座ります。

 タカセは暫く逡巡していたようですが、やがて諦めたのか「まぁいいか」と言って後頭部をがしがしっと掻き毟ります。


 まぁいい、というのは何でしょう?


 ……もしや、愛の告白ではない?


「俺は馬鹿だからよ。こういう問題を何とかするには頭の良い奴の意見が聞きたかったんだよ……。ほら、宝徳院って学年で一番頭が良いって話だろ? だからさ……」


 私立氷院学園では、期末テストと中間テストの結果は学校の掲示板にデカデカと貼り出されます。その結果において、幸那様は入学時から常に一位を取り続けている才媛なのです。

 ちなみに、本人にその結果を聞いてみると、「分かる部分は書いて、あとは勘」というのだから恐ろしい話です。特にマークシート形式のテストだと無類の強さを誇ります。

 まぁ、幸那様はそういう星の下に生まれてきているものとして納得するしかないのでしょう。


 しかし、この調子ですと、やはり愛の告白というわけではなさそうですね。

 嬉しいやら、嬉しいやら……おっと嬉しい一択でしたね。

 迷う必要はありませんでした。


「だから?」

「普通じゃありえねぇような相談にも答えを出してくれるんじゃねぇかなと思ってな」


 幸那様が氷のような視線でタカセに続きを促します。

 しかし、気の利かない男ですね。

 こんなうら寂しい場所に幸那様を連れ込んで、飲み物のひとつも用意しないとは……。

 杜撰にも程がありますよ。

 仕方がありませんので、次元ディメンションの力を使って、報徳院家からひっそりとティーセット一式を取り出し、教室の隅でひっそりと作業を開始し始めます。

 うーん。お湯だけは沸かしている時間がないので、魔法瓶からのお湯になってしまいますが、ここは幸那様に我慢してもらいましょうか。

 お湯で一端ポットとカップを温め、そして温めたお湯を次元の狭間に捨て、ポットに茶葉を入れて茶葉を勢い良くジャンピングさせるようにお湯を注ぎます。お湯を注ぎ終えたのなら、すかさずポットの蓋を閉めて暫く蒸らしましょう。


「答えられる事と答えられない事があるわ」

「そりゃそうだろうが……えぇい! まどろっこしい!」


 蒸らし時間は茶葉の状態やサイズ、そして茶葉の種類などを見て決めるのですが、今回の場合は細かい茶葉を使っておりますので三分程でよろしいでしょう。

 あまり蒸らす時間が短すぎると、それは紅茶ではなく、お湯と茶葉といった状態となり、美味しいものとはなりません。逆に時間が長過ぎると苦味や渋みも抽出してしまうので、癖を強く感じることもあります。

 要注意ですね。


「俺は、昨日、頂人とかいうものにされちまったんだ……!」

「――そう」

「動じねぇんだな。ヒトじゃねぇ存在だぞ。怖くねぇのか……?」


 紅茶を入れる上で、もう一つのポイントは紅茶の温度を下げ過ぎないこと。

 紅茶のあの高貴な香りを楽しむ為にも、カップやポットを事前に温めることで、紅茶の温度を保ったり、ティーマットのような保温効果のあるものを用意して、ポットの下に敷いたりすることで、紅茶本来の味を楽しむことが出来ます。冷めた紅茶が美味しく無いわけではありませんが、やはり香りを楽しむのであれば温かいものが一番かと存じます。


「怖がって欲しいの?」

「そんなわけはねぇ……。ただ、分からねぇんだ……。こんな力を貰って……力をくれた奴は人類を殲滅しろって言っていたが……。俺は別にそこまで世界が嫌いなわけじゃねぇんだよ……」


 ふむ。そろそろ宜しいでしょうか。

 しかし、ただ紅茶だけというのも味気ないですね。

 そういえば、旦那様のお知り合いから頂いた缶に入った高級クッキーがありましたね。それも茶請けに添えておきましょうか。

 今朝の納豆トーストのお詫びも兼ねて甘い物を用意しておけば、幸那様の機嫌も直ることでしょう。


「俺は……確かにこの世界が嫌いだった……。勉強がちょっと出来る出来ないで優劣を付けたり、スポーツがちょっと出来る出来ないで優劣を付けたり……。人間皆平等なんて謳っていながら、その実、不平等ばかりだったこの世界が大嫌いだった……。けど、別に人類を殲滅しようとまでは――」

「幸那様、紅茶です」

「うん。有難う」

「――思っちゃ」


 自分の世界に浸っていたのでしょう。

 どうやら、私がひっそりと教室の隅で紅茶を淹れていたことには全く気付いていなかったらしく、タカセは目をぱちくりとさせて紅茶を優雅に嗜む幸那様を凝視します。


「……紅茶?」

「淑女が紅茶を嗜む姿を凝視するのはどうかと思いますよ?」

「す、すまん……――じゃなくてだな!」

「どうぞ」

「お、おう――……でもなくてっ!」


 目の前に出されたソーサーに乗ったティーカップを受け取ったタカセは尚も言い募ろうとしていたようですが、幸那様が優雅にティータイムに入っているのを見て、毒気を抜かれたのか、ようやく紅茶に口を付け――、


「……美味いな」

「有難うございます。ちなみに御代わりでしたら、まだありますので、その際にはお申し付け下さい」


 私はタカセの感想にひっそりと満足しながら、優雅に一礼を返すのでした。

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