第二章 魔法少女と頂人戦争
第9話 至福……
カポーン……。
効果音というものは何と優秀なものなのでしょうか。
たった数文字の表現だというのに、私達が現在何をやっているのかを如実に表せてしまいます。
「至福……」
「え? カスミン、何か言った?」
「いえ、ただの唸り声ですのでお気になさらず」
「あぁ、お湯に入ると出ちゃう奴? カスミンでもそういうの出ちゃうんだ?」
少々誤魔化し方を失敗したかもしれませんが、まぁ良いでしょう。
現在、私達が何をやっているかといえば、奥様が用意なされたお風呂に浸かっている最中となります。
何せ、私達は凶悪な頂人と戦ってきたのですから、汗もかけば、埃っぽくもなっておりますし、その状態で家の中を
私達は奥様に追い立てられるようにして、脱衣場までやってきたのです。
そこで目にしたのは、この世の至宝……!
嗚呼、駄目です。
思わず忠誠心が鼻から垂れ流れてしまうところでした。
素知らぬ顔をして服を脱ぎ、幸那様の後に続いて浴場へ。
報徳院家の浴場は、幸那様のこだわりが詰まっております。
広い湯舟に広い洗い場――。
そして、一角にはサウナや水風呂も設置され、さながら温泉施設のような豪華さを誇ります。
それでもまだ幸那様には不満のようで、「敷地面積的にこれ以上大きく出来なかったし、地下に作ったから外の景色が楽しめないのがねぇ~」と良く零しておられます。
まぁ、元がオンボロアパートで敷地も狭いというのもありますし、改造するのにも限界があるという事なのでしょう。
そんな浴場で輝く肢体を惜しげもなく晒しておられる幸那様……。
後ろ髪を上げて、うなじが色っぽく桜色に染まる姿は、私を以てしても忠誠心が収まりそうにありません。
嗚呼、普段は涼やかで白い肌であるのが桜色に染まり、厳しい目元がお湯に洗われて、とろんと緩む様子は正しく眼福でしょう。
それにしても幸那様の体はいつの間にか、また成長しておられるような……。
出るところが出て、非常にバランスの取れた素晴らしい体付きとなっておられます。
それに比べて、私はと言えば、肌も浅黒く、背もそう高くなく、更に言えば……。
すとーん。
…………。
えぇ。効果音というものはとても優秀なものですね。
私がわざわざ説明せずとも現状を正しく説明してくれています。
私の現状を大胆奔放に見せつけるつもりもありませんので、隠すようにして肩まで湯舟に浸かっておりますと何やら視線を感じます。
いえ、この場に居るのは私以外には一人しかいないので、誰ということにはなりません。幸那様です。
「相変わらず、カスミンは愛らしくて可愛いねぇ」
幸那様が恍惚とした表情でそう呟いております。
若干、のぼせておられるのではないかと勘繰ってしまうのですが、どうも幸那様は私のことを可愛らしい小動物と勘違いされておられるようなのです。
ほわほわとした笑顔のまま、私をいつまでも飽きないかのように見つめておられます。
そして、私はその純粋無垢な幸那様の瞳に弱いのです……。
恥ずかしさから、顔から火が出るのを誤魔化すかのようにぶくぶくと湯舟に沈んでいきます。
ですが、このままですと、二人揃ってのぼせてしまいかねません。
私は意を決して幸那様にお声掛けを致します。
「ゆ、幸那様! お背中! お背中を流しましょう!」
「え? あ、うん。そうしよっか?」
ふぅ……。
何とか二人揃ってのぼせてしまうといった間抜けな事態は回避できました。
後は、幸那様の白雪のようなお肌をお手入れしてさしあげれば私の任務は完了です。
先に湯舟を出た幸那様を追って、私も洗い場の方へ向かったのですが、何故か幸那様はやる気満々の様子で柔らかそうなボディスポンジを持って構えておられます。
「何をやっておられるのですか、幸那様?」
「え? 一方的に洗って貰うのも悪いから洗いっこしようかなぁと思って……」
「え? 互いに背中を洗い合うというのは無理なのでは?」
「だったら、前を洗いっこしよう!」
…………。
いけません。忠誠心が鼻の奥から噴き出すところでした。
危ない危ない。
いや、えっと、それ、物凄く恥ずかしいと思いますよ……と私が言うよりも早く、幸那様は私を無理矢理座らせて、私の腕を洗い始めてしまいます。
う、うん、腕……。
腕ぐらいなら恥ずかしくないですね……。
洗われながらも、ぷにぷにと揉まれていたりもするのですけど、気にしない素振りで幸那様も洗いましょう――……って、この天使のような体に触れても良いものなのか……。
まずはそこから躊躇われます。
「――ひゃん!?」
そんな風に躊躇っておりましたら、幸那様がいきなり脇腹を触ってきました!
だ、駄目です! そういうのは! 擽ったいですからッ!
「おー! 無駄な贅肉が全くない! おかしいなぁ……。同じ食事をしてるはずなのに、なんでこんなにツルツルスベスベで引き締まったスリムボディ……というか筋肉質な体になるかなぁ? あー、触ってるだけで気持ち良い……」
ちょ、ちょっと、それ以上は駄目ですから!?
く、擽った過ぎて変な声出ちゃいますから!?
だ、駄目です……。
幸那様は私の体をその細い指先で撫で回すのに夢中でまるで気付いていらっしゃらない……!
かくなる上は、私も激しく抵抗を……!
えぇい、ままよ!
ふにん……。
あ、張りがあって沈み込む、吸い付く感触……。
こ、これは気持ち良いですね……。
私が思わず揉んでしまった感触に幸那様も気が付いたのでしょう。顔を真っ赤にして何かに耐える表情になったかと思うと――。
「そっちがそうなら、こっちもこうだよ!」
脇腹に這わせていた指先をおもむろに私に伸ばし――、
ペタン。
ふにふに。
「あ……、幸那様、やめ……っ!」
奇妙な感覚が私を襲います。
いや、これ、本当に色々とマズイのでは!?
「うん、無くはない……。というより、思ったよりはある……かな……?」
すん……。
――私は一瞬で冷静に戻りました。
そして、冷静になった私の聴覚に聞こえてくる音があります。
「くぉ〜! 変な声が聞こえたっち〜! そういう羨まけしからん感じの出来事は、このエリエルエロ警察がタイーホだっちー!」
何か邪まな物体が浴場に乱入してこようとしてくる気配を感じましたので、私は次元の扉を浴場の入口に貼り付ける形で設置します。
「とりゃー! 突入っちー! って、脱衣場から突入したらまた脱衣場だっちー!? どうなってるっちー!?」
ふ、悪は滅びましたね……。
「こうなったら、着替えの下着にダイブするっち! ふわぁ……、良い香りがするっち……。エロくてモンモンするっち……略してエロモンっち……」
ぶっ殺してやりましょうか、あの腐れ睾丸。
「カスミン、凄いねぇ。変身しなくてもファウの力が使えるんだ?」
言われて、私も気が付きます。
指摘されるまで気付かなかったぐらいに簡単に
先程までは生身でこんな力が使えるとは微塵も思っていなかったのですが、どうやら何かがキッカケで生身でも
一体、何がキッカケに……。
――あ。
「どうやら深い悲しみを背負った結果、力が使えるようになったようです……」
「そ、そうなんだ……」
恐らくはそういうことなのでしょう。
ファウの力は想いの力らしいので、そこに悲しみによる力の覚醒も含まれていたということでしょう。そういうことにしておきましょう。……はい。
私は掌の中の柔らかい弾力を念入りに洗ってあげながら、そんな事を考えます。
そんな中、幸那様の顔が徐々に赤くなっていき――、
「あのね、カスミン」
「なんでしょう、幸那様」
幸那様は人目を憚るようにして、小声で私にこう言います。
「この前を向き合っての洗いっこって恥ずかしくない……?」
今更ですか!
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