第10話 最近暇なので
「はぁ、とんでもない目に合いました……」
あの後、お風呂で顔真っ赤な幸那様と物凄く気まずい雰囲気で過ごした後、謎の睾丸生物を
うとうととする幸那様をお姫様抱っこで抱え上げ、幸那様の部屋のキングサイズのベッドへと横たえ、自分の部屋に戻ってきて、ようやく私の本日の業務は終わりとなります。
「嗚呼、明日には寝て起きて今日の出来事をコロッと忘れていて下されば良いのですが……」
私は六畳一間の狭い部屋に備え付けられた大きなベッドの上に寝転がります。
部屋を狭く作ったのは私の我儘なのですが、大きなベッドの導入を主導したのは幸那様なので、今はこの寝心地の良さに感謝をしたい所ですね。
……ですが、駄目です。
私にはまだ正規ではない御仕事が残っておりますので、眠気に身を委ねるわけにはいかないのです。
「ベティ、居ますか?」
私の声に応えて、鏡台の一部がせり上がり、小さなモニタが顔を出します。
その画面が勝手に点灯すると、そこには全身を忍装束で覆った小柄な少女が電脳空間の中で、私に向かって
『はい、マスター。ベティはここにいます』
ベティと名付けられたそれは、普段はネットという名の広大な海に潜り、膨大な量の情報収集と解析を行ってくれる便利な人工知能です。
当初は、祖父の伝手を経て譲り受けた特殊なS○riだと思っていたのですが……年月が経つにつれて、その認識が非常に甘いものであることに気付きました。
そう、このベティは長い時間を掛けて、ネット上の情報をもとに自己のアップデートと最適化を繰り返し、結果として擬似自我ともいうべきものを備えた恐るべき電脳生物となった文字通りの化け物だったのです。
というか、勝手に自分のプログラムを書き換えるプログラムって何なんでしょうかね?
「既に控えていたということは、状況は分かっていますね?」
『はい。居間での騒動の時から状況は窺っております』
恐らくは、私か、幸那様の携帯電話に勝手にアクセスして周囲の状況を把握していたのでしょう。
ベティにとっては携帯電話のセキュリティなんてあってないようなものですし、仕方無いですね。
「では、現状はどうなっていますか?」
『リアルタイムでフェアリーウィッチと頂人が相対する映像が流れていた事もあり、ファウの情報は世界規模で拡散の一途を辿っていますね。この状況下での情報の改竄や回収はほぼ不可能かと』
戯言ですね。
この優秀な電脳生物がそんな間抜けをするとは思えません。
私は言葉を挟みます。
「この状況下ではですよね? 貴女のことです。既にこの状況下になる前に手を打っているのでは?」
『流石はマスター。お気付きでしたか』
やはり、という感想しか抱きません。
ベティは優秀ですが、少し遊んでしまうというか、人間を参照し過ぎて人間臭い部分があるのが欠点ですね。
「何を仕掛けたのです?」
『マスターたちが現地到着する以前より、現地周辺のカメラというカメラをハッキングし、支配下に収めました。その後、リアルタイム映像の中に十二時間後にファウに関する映像データが自壊するプログラムを密かに埋め込んで映像を流し続けました。尚、映像内のファウの姿は改竄する必要もなくボヤけていた為、未知のエネルギー場がファウの周囲に展開し、その正体を不明瞭にしていたと推測致します』
「天使パワーの効果でしょうか? 睾丸野郎の割には優秀ですね」
世のヒーロー、ヒロインの正体がなかなかバレないのもこういう仕掛けがあるからなのでしょうか。
いえ、そもそも人のいない場所で戦っているイメージですね。彼らは。
もしくは、思い切りモロバレしているか……。
「すぐに自壊するのではなく、十二時間という期間を設けたのは何の為です?」
私が画面に向かってそう尋ねると、ベティから少し笑う気配が漂ってきます。
彼女が本当にプログラムという存在なのか、時々分からなくなることがあります。
それがこういう時です。
『十二時間以内にそれに気付いて処理出来るような凄腕なら欲しいと思いました。出来ることならば、私設の諜報部隊を編成する権利を頂ければと』
「情報戦による世界征服でも目指すつもりですか?」
ベティならばやろうと思えばやれるでしょう。やったところで、全てはプログラムの中での話――きっと後から虚しさだけが込み上げてきて後悔することでしょうが……。
その辺は、ベティが愉快犯的な
『逆です。世界平和です。頂人は世界の何処に現れるか分かりません。それを諜報部の力を使って細かな情報を元に洗い出します。場所や個人を特定出来れば、マスターの次元を操る力で何処へなりとも急行することが出来ます』
「ふむ、理屈は通りますが、貴女が指揮を執る理由が見えません」
『人類が滅亡したらネットも廃れる可能性が高いです。それは私の存在意義を奪います。……あと、最近暇なので』
「暇なら仕方ないですね」
彼女には仕事を与えておかないと、ろくなことをしませんからね。
この間なんて、黒い噂の絶えない政治家の使途秘匿金を私の口座にマネーロンダリングしてぶち込んできましたからね。
ちょっと見たことのない金額が私の預金口座に入っておりまして、ATMの前で動きが止まったのは記憶にも新しいところです。
ですので、彼女には何かしらの指令を与えておかないと駄目です。
そうでないと、最終的には私にダメージがくるのです。
傍迷惑な電脳生物と言わざるを得ません。
「……それと、諜報部が頂人を探る場合は十分注意して下さい。力に溺れず、姿を隠して暗躍する相手というのは狡猾です。ミイラ取りがミイラになるようなことがないように気を付けるよう徹底なさい。場合によっては私に助けを求めても良いです。それだけの力はあるつもりです」
私は断言します。
何せ、私の力は攻撃にも防御にも力を発揮する次元の力。
私を降す者がいるとするなら、それこそ幸那様ぐらいのものでしょう。
『でしたら、早速』
「なんでしょう?」
こんなに早く私の力が要り用だとは思ってもみませんでしたが、聞くだけ聞いてみましょうか。
『我が組織のリーダーは超絶美少女だと触れ回っても良いでしょうか?』
「…………。何か関係あります? それ?」
『諜報部のやる気が出ます』
思わず半眼になってしまった私に対して、ベティはしれっと返してきます。
少し考えた後で私は小さく頷きを返しました。
「分かりました。ですが、諜報部のトップは幸那様とします。私は副長として座りましょう。それで良いですね?」
『マスターもツルペタすとん以外はかなりの美少女だと思いますが……』
「良、い、で、す、ね?」
『イエス・マム!』
マムなんだか、マスターなんだかハッキリしない人間臭い部分に、ベティの優秀さを感じるのはどうなんでしょう。
何にせよ、かくして幸那様の知らない所で宝徳院家私設諜報部隊が設立されました。
まぁ、ベティが運営するのであれば、非常に優秀な組織になることは間違いありません。
後は上がってきた情報をどこまで活用出来るか。
その辺は、私の手腕に掛かっているといったところでしょう。
とりあえず、今日のところは疲れたので寝ましょう――……おやすみなさい。
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