第8話 白熱の葬棺
目の前に炎の壁が迫ってきた時、人はどうするものなのでしょうか?
逃げる?
それとも恐怖に震えて動けなくなる?
それとも諦感する?
私が抱いたのは、それらのどの感情でもありませんでした。
私が抱いたのは、怒り――。
私が敬愛し、崇拝して止まない『神』に向かって行われた暴挙に対して飽くことなき怒りを覚えたのです。
「どうやら死にたいらしいですね」
だからこそでしょう。
そんな言葉を吐いて、あまつさえ幸那様の前に立ってしまったのは……。
肌を焼く熱波を感じ、髪先が焦げ付く程の熱が私を苛みます。
あぁ、死んだな、コレは――といった思いは毛ほどもありませんでした。
何せ、私は怒っていたのです。
怒りは正常な判断力を失わせ、私の中に眠る荒ぶる感情を呼び起こします。
言うなれば、その時の私はプッツンしていたのでしょう。
元より、その兆候は存在しておりました。
謎の下劣睾丸生物による度重なる幸那様への不遜な態度。
幸那様自身がファウとなってしまったことへの不安。
そして、今はこうして幸那様に致死の攻撃が加えられようとしている過度のストレス。
そんなものが立て続けに襲ってきた結果、私の心は千々に乱れ、結果として一線を越えてしまったのです。
目の前に迫る巨大な炎の球はもはや壁と成り果て、避けることも防ぐことも難しい――のですが、私の目の前の空間――私が見つめる十メートル先に――接触することなく、するりと
嗚呼、想いとは普通の奴でなくとも良いのか、と――。
人間讃歌を謳うような愛情でもなく、強敵と戦って培った友情でもなく、悪を許さぬ崇高な正義感でもなく――。
幸那様を想う恋慕。
幸那様を崇拝する敬愛。
幸那様こそが神であると信じる信仰。
そして、神を侮辱された怒り。
それすらもファウの力の源である『想いの力』にカウントされるというのならば……私はフェアリーウィッチシリーズの中で間違いなく最強の存在となることでしょう。
何故なら、私が幸那様を想う気持ちは――、きっと誰よりも強いでしょうから!
「一過性の怒りに囚われるのは愚の骨頂……。そんな想いの力は安定しません。安定させるなら、私が長年育み続けてきたものを……使う!」
とりあえず、この間、お風呂上りに体重計に乗った後で私が見ていることに気付いた後の幸那様の慌て顔を思い出しましょう。
――うん! 滅茶滅茶可愛いですね!
そして、そんな幸那様の顔を思い出した瞬間に、
ついでなので、相手の攻撃を利用させてもらいましょうか。
私は体重計に乗っているところを見られて混乱している幸那様が、「む、胸を揉むと大きくなるって聞いたから、その成果が出ただけだから!?」と妙な事を口走って、自爆した時の表情を思い出します。
あの時の幸那様も顔真っ赤でポンコツ可愛かったですね……。
天使でしょうか?
はい。
「嗚呼、この程度で良いのでしたら、確かに私は物凄く強いのかもしれません」
巨大な炎の球は、あっという間に私の眼前に出来た次元の面に吸い込まれ、
「チャーカァァァァッ!? 背後から攻撃!? あ、新手かぁ!? というか、熱ぃぃぃ!」
おや。これは良いことを聞きましたね。
どうやら、
ダメージはある程度軽減されるようですが、ちゃんと燃えています。
火を操るファウが詰み状態にならないための救済措置でしょうか。
まぁ、どうでもいい事です。
「
ちょっと怖かったのか、幸那様が瞳を潤ませてこちらを見つめております。
私は今すぐ抱きしめたい想いを堪え、それをそのまま力へと変換します。
「大丈夫ですよ、
私は右手を天空に掲げ、その力を発動します。
頬を染めた涙目幸那様の顔を鮮明に思い出すことで私の力は際限なく引き出せるような――そんな気さえします。
「約八分後、太陽光が翳るかもしれませんが、凶兆ではありませんのであしからず」
私がそう言った瞬間に頂人の前後左右、そして頭上が次元の面で覆われ、そこから莫大な熱エネルギーが放射され、一瞬で辺りを真っ白に染め上げます。
「
太陽の中心核に近い部分、凡そ千六百万度。そこと頂人の周りの空間を私の能力で繋げました。
ですが、少々やり過ぎましたかね。
なんとなく、電磁波や輻射熱で周囲が酷いことになっているのを感じて、すぐに次元の面を解除します。
すると、そこには融解した地面と黒焦げた建物の残骸が見えるのみで、頂人の姿は影も形も存在しておりません。
恐らく消し飛んだということでしょう。
南無。
――と思ったのですが、惨事の現場から少し離れた所に頂人の面影を残した男が倒れているようですね。
どうやら、頂人を倒しても人命を奪うといった事態にはならないようです。
この辺は、フェアリーウィッチシリーズ準拠のお約束ということで良いのでしょうか?
でしたら、手加減することなく戦えるので良いシステムですね。
「うわ!
「おや、大分薄くなってしまいましたか……」
なんということでしょう。
派手に力を使ったせいでしょうか。
私の衣装がほつれ、おへそや肩口が丸出しの状態になってしまっています。
このまま此処にいますと私の正体がバレかねません。
というか、こういうサービスショットは幸那様にやってもらいたいのですが?
「力に慣れていないのに、無理矢理力を引き出し過ぎだっち。最初に頂人から一発もらってたら、おはだけ確定だったっち……」
幸那様のホルスターの中から、相変わらずうるさい寝言が聞こえてきます。
まぁ、勝ったので良いとしましょう。
それに、この戦いの中で私は力の使い方を修得しました。
お蔭様で基本的な出力で圧倒されない限りは、私は負けることはないと確信致しました。
それは、幸那様の「物凄く強い気がする」という予言の意向にも沿う事が出来ますので、個人的には大満足です。
「まぁ、勝ったのですから問題ありません。では、帰りましょう。
「えぇ、
「――待って!」
私たちは互いの手を取り合って、それでは帰りましょうかという段になったのですが、そこに声を掛けてくる愚か者がいます。
睾丸野郎並の空気の読めなさで声を掛けてきたのは、ファウ
ちょっとこのタイミングで声を掛けてくるのはやめて欲しいのですけど?
幸那様と手を握っているんですよ?
緊張して手汗が出てきちゃったらどうするんですか?
なんでこのタイミングで声を掛けるんですか?
いえ、むしろ、幸那様と長い間、手を繋げることを喜んだ方が良いのでしょうか?
嗚呼、でも、手が湿っていると思われたら!
そして、新陳代謝が凄いから臭そうと思われたら!
やはり、この女は使えませんね!
ぶっ飛ばしましょうか?
「何ですか?」
幸那様が、誰もが怯む氷の女王モードで、
人見知りのせいで口数が少なくなってしまい、あまつさえ緊張から声に抑揚がなくなり、表情が作り物染みてきている――などとは誰にも分からないことでしょう。
むしろ、その姿はどう見ても
恐らく、心の中では「はわわ、声掛けられちゃったよ!? どうしよ~!?」と混乱真っ只中であるのは想像に難くありません。
「今回はその、助かった。ありがとう……」
「礼には及びませんよ」
お礼なんていいよ~、でしょうか。
幸那様のことを知り尽くしている私だからこそ簡単に浮かぶ脳内変換!
「その、厚かましいお願いだとは思うのだが、同じファウとしてこれからもよろしくしてはくれないだろうか……?」
「それで良いの?」
幸那様がもう一声と声を掛けます。
多分、ファウとしてではなく、友達として『よろしく』して欲しいのでしょう。
ですが、現状でその言葉は大きな勘違いを誘発します。
「くっ……! 確かに今の私には、貴女たちと肩を並べられる資格はない……! すまない、今の言葉は忘れてくれ……!」
片や、優位属性にも関わらず頂人に苦戦した弱いファウ。
片や、駆けつけるなりあっさりと頂人を倒してしまった強いファウたち。
そんな実力差のある者同士だというのに、いきなり仲良くなろうというのは、別の意図があると勘ぐられてしまってもおかしくありません。
それを
ですが、それは幸那様の意図するところではなかったようで、見た目は変わらないのですが、内心ではひどく落ち込んでいるようでした。
「そう」
そんな風に強がりを言うのが精一杯なぐらいには落ち込んでいるようです。
と言うか、そろそろ私の衣装が限界なので、いつまでもこんな所で油を売っていたくはないのですけど……。
それを幸那様も気付いてくれたようで、
「じゃあ、行くから」
「すまない、最後に名前だけでも教えてくれないか?」
寛大な心遣いを見せてくれる幸那様に、尚も言い募る
流石に、私もイライラしてきたのでさくっと返します。
「朝比みるくです。そして、彼女が三浦アリサと言います」
「え? ウィッチネームじゃなくて、本名? え……?」
さて、
私は次元の入口を作るなり、幸那様の手を引いてそこに飛び込みます。
そして、気付いた時には宝徳院家の居間に辿り着いていました。
それと同時に変身が解け、私と幸那様は元のメイド衣装と涼しげなワンピース姿へと戻ります。
「ちょっと! さっきの名前は一体何!」
納得いかなかったのでしょう。
帰ってくるなり、私は幸那様に問い詰められます。
嗚呼、怒った顔の幸那様も大変素敵です……ですが、ここは真摯に御質問にお答え致しましょう。
「AV女優の名前です」
「何でそんな嘘教えちゃったの!? というか、そもそも何でそんな名前知ってるのよ!?」
「名前を知っているのは、旦那様の書斎という名のシアタールームを掃除している時に見つけたからですね。巨乳緊縛ものでした」
「いや、詳しい内容とか良いから!? それにお父さんの性的な趣味とか知りたくなかったよ!?」
ちなみにリビングで寛いでいた旦那様は奥様に「あなた、ちょっと……」と言われて襟首を掴まれております。
その際に「違う! お前のお胸様に不満がある訳じゃない! それとは別に巨乳は男の浪漫――」等とうっかり口を滑らせている所は幸那様といい、血の為せる業なのでしょうか。
「その名前を教えた事で恐らく
「何でそんな事を!?」
「つい……」
「つい!?」
本当は私におはだけを強要させようとした容疑による意趣返しなのですけど、色々と説明するのも面倒なので出来心という事に致しましょうか。
ですが、流石は幸那様です。
「はぁ……。どうせ、さっさと帰りたいところを引き留められた仕返しといったところじゃないの? カスミンはそういうところあるからね」
どうやら幸那様には全てお見通しだったようで、私が説明せずとも察してくれました。
まさに、以心伝心ですね!
「なんか、カスミン喜んでる?」
「いえ」
おっと、問い詰められている最中でした。
私は努めて
やがて、幸那様も諦めたのか、大きな溜息を吐き出すと――……。
「まぁ、今日はカスミンに助けられたから、あんまりクドクド言わないけど――……流石に女の子がえっちなビデオに出てくる女優さんの名前を言うのは駄目だからね?」
「そこは次回以降の反省点として改善案を模索致しましょう」
「何か懲りてる気がしないんだけど……」
怒った顔の幸那様を心のアルバムに永久保存しながら、私はやんわりと微笑みながら答えを保留するのでした。
はぁ、幸那様に怒られる体験も尊いものですよね。(全く反省していない)
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