第4話 いいなぁ
私の疑惑の視線に答えるようにして、謎の生物は尊大な態度を取ります。
エア煙草を吹かせながら(何故か煙だけ出た)気持ち悪い流し目を送ってきます。
……目突いたろかコイツ。
「そんなの簡単っちよ! 地球人には全宇宙を探してみても他に類を見ない超激レアな才能があるっち! それを殲滅しようなんて、とんでもないっちから、エリエルら上級天使は保護しようとしてるっち!」
謎生物がそんなことを
……はて? 私たちにそんな類い稀なる才能などありましたでしょうか?
私が心の中で首を傾げておりますと、エリエルは得意満面の笑顔でこう叫びます。
「それは、『娯楽』に対する才能っち!」
はぁ、娯楽……。
――え? 娯楽?
「アニメ、マンガ、ゲーム、演劇、映画、小説、音楽、料理、スポーツ、演芸、ギャンブル……とにかく、生存戦略にまるで必要のない要素ばかりを伸ばして、育てて、昇華する――そんな無駄が大好きな宇宙人、地球人! そんな種族は全宇宙を探してもなかなかいないっち! 超稀少種族だっち!」
「そうなの?」
「そうっち! そして、エリエルら天使はそんな娯楽が大好きで、良く地球にバカンスに来たりするから、地球人全滅とかやられたら滅茶苦茶困るっち!」
超私事ですね。
まぁ、分かりますけど。
私も旦那様に幸那様成分の吸入を禁止されたら反乱を起こしますからね。
気持ちは痛いほど分かります。
分かりたくはないですけど……。
「エリエルたちは神様に考え直すように猛抗議したっち! だけど、神様は聞く耳持たずで話し合いはいつまで経っても平行線だったっち! そんな時、神様は言ったっち! 『そうじゃ、それなら代理戦争で白黒つけようぞ!』と!」
「そうして、神様が頂人を生み出したと……?」
流石、幸那様! 物凄い理解力で普通に受け入れている……!
私なんて、この生物の口癖の「っち」が悪態をついているように聞こえて、今すぐあの謎生物の頭を引っ叩きたくなっているというのに……なんという集中力でしょう!
「それはちょっと違うっち。頂人もベースは地球人だっち! 中でも同じ地球人に恨みを抱き、地球人なんか滅んでしまえと思っている奴らに神様パゥワーを授けた存在が頂人――……痛っ!? 何をするっち!?」
「すみません。パゥワーの発音に遂に我慢しきれなくなって叩いてしまいました」
「我慢しきれなくなったって何がっちか!?」
「分かるわー」
「ですよね?」
幸那様と私は分かり合えました。
私は今、とても幸せな気持ちです。
「全然分からないっち!?」
謎生物はプリプリ怒ります。
ですが、私は今、幸福感に包まれているのでそんなことはどうでも良いのです。人と心を通わせられるというのは、嗚呼、何と幸せなことでしょう。
「もういいっち! とにかく、神様が神様パゥワーを与えた頂人と、我々天使族の代表が天使パゥワーを与えた魔法少女の両者で代理戦争をすることに決まったっち! でも、普通に考えたら神様パゥワーの方が断然強いっちから、まともにやっても勝てないっち! そこで、この天才上級天使であるエリエル様は考えたっち!」
謎生物は興奮したようにまくしたてますが、興味深そうに聞いているのは幸那様と旦那様ぐらいのようで……。
というか、魔法少女?
おや? 奥様の湯飲みが空になってしまわれましたね。
私は無言でそっと奥様の湯飲みにお茶を注ぎます。
「あら、有難う。霞ちゃん」
「いえ」
これが私の仕事ですので、これぐらいの気遣いは当然のようにできます。
この程度のこと、メイドでなくても普通の人でも当然のようにできることでしょう。
「そう! エリエルの天使パゥワーが足りないなら、元になる人間が最初から強ければ良いっち! そして、その調査の結果、人類で一番強いのは恐らく報徳院幸那! お前だっち!」
「幸那様をフルネームで呼び捨てにするな」
「ギャーーーーー! 熱いっちーーーー!」
はっ! あまりの不遜な態度に急須に入れていたお茶をそのまま謎生物に掛けてしまいました。
「な、何するっちか!? このクソ女!?」
「いや、霞さんは実に出来るメイドさんだね。霞さんが動いていなければ、この僕が全力であのナマモノに拳をぶち込んでいた所だよ」
「畏れ入ります」
ふぅ、気遣いが出来過ぎるというのも困り物ですね。
さて、雑巾でも持ってきましょうか。
「な、何でだっちか!? 何でエリエルがビール腹のオッサンに殴られなきゃならないっちか!?」
私は零してしまったお茶を雑巾を持ってきて拭きます。
しかし、この睾丸野郎はまだそんなことも分かっていないのですね……。
自分がどれだけ滅茶苦茶なことを言っているのか理解していない様子。
恐らく目が覚めていないのでしょう。
なので、抱え込んで膝蹴りの二、三発を入れて差し上げた方が良いと思うのですが……。
旦那様は睾丸野郎を諭してあげているようです。お優しいですね。
「分からないのかい? 君は、私の大事な一人娘をあんな頂人とかいう危険な相手と勝手に戦わせようとしたんだよ? しかも、その理由が非常にくだらない私事極まりないものだ。しかも、それだけの迷惑を掛けようというのに、君はずっと上から目線でそうすることがさも当然だと言わんばかりの態度を取り続けている。そんな状態で私たちが協力的な態度を取るとでも本気で思っているのかね」
「そうねぇ。勝手に自宅に上がり込んできて、何かと思えば、娘を代理戦争の道具に使うなんて言われたら、流石にちょっと……ねぇ?」
正論ですね。
というか、子供の危険を願う親なんていないでしょう。
それが、例え魔法少女になれると言っても心配なものは心配なのです。
睾丸野郎はその辺りが全く分かっていない――やはり、天使というのは、人間とは違う生物なだけに人間の感情の機微を感じ取れないのでしょう。
恐ろしく鈍い睾丸野郎は言い募ります。
「何で分からないっちか!? ここでエリエルが力を授けなければ、人類は滅ぶかもしれないっちよ!?」
「その為に、子供を傷付けろと言うのかい? そんなものは人の親ではないだろう」
「ぬ、ぐぐぐ……!」
睾丸野郎がぐぅの音も出ないのか、唸ります。
というか、地球産の娯楽が好きな割には地球人の気持ちを欠片も理解していないですね。そこの所、どうなんでしょうか? 設定に無理がありません? ねぇ?
「それに、どうしても頂人を何とかしなくちゃいけないというのなら、私が全財産を投げ打ってでも何とかするよ。それが、愛する妻と娘を持つ夫としての最低限の義務だ」
「アナタ……。きゅん……」
「だーっ! 何で分からないっちか! 頂人は現代兵器で何とかなる程甘くない存在だっち! 神様パゥワーを舐めないで欲しいっち!」
「あ」
そこまで話の成り行きを見守っていた幸那様が思わず小さな声を上げます。
何かあったのでしょうか。
私が視線を向けると、幸那様はテレビ画面を食い入るようにして見つめていらっしゃいました。どうやら、頂人を映していたテレビカメラが復帰したようです。
ですが、復帰した映像には頂人の存在だけではなく、もう一人の存在が映し出されていました。フリルが多く付いたヒラヒラ衣装の……顔や髪型は何だか判然としませんね。
「うわぁ! リアル・
「……どうやら、エリエル以外の天使がいち早く地球人と魔法少女の契約を結んだみたいっちね」
「へー! へー! 凄いなぁー! いいなぁー!」
そういえば、幸那様は重度のフェアリーウィッチズ信者でした……。
幸那様がテレビ画面を見ながら、いいなぁを連呼するのを見て、私と旦那様と奥様は「これは駄目かもしれない……」とひっそりと顔を見合わせるのでした。
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