第5話 耳を貸す必要はありません

 儲という漢字は分解すると信者になりますよね?

 だから、何だという話なのですが……。

 

 閑話休題。


 さて、ここでひとつ解説しなければならないでしょう。

 そう、ファウというものについてです。

 ファウとは略称でして、正式には『フェアリーウィッチズ』というテレビのアニメ番組シリーズのことを指します。

 毎週日曜日の朝早くに放送されており、小学校高学年の女児をターゲットにした笑いあり、涙あり、友情あり、恋愛ありの低年齢層向けのアニメ番組なのですが、これが放送開始されてからタイトルこそ違えども二十年以上も続く長寿番組なのです。

 そんな人気番組ということもありまして、ファウには大きくなっても見守り続けるコアなファンが多数存在します。

 そして、幸那様もそんなコアなファンの一人なのです。

 昔から、何度もファウごっこに付き合わされてきた私が言うのです。

 間違いありません。


『視聴者の皆さま! 見ておりますでしょうか! チョウジン・イグニッションマンを名乗る相手を前に一人の青い少女……でしょうか? 彼女が立ち塞がることで、周りの炎が次々と消えていきます! 私にはあの少女の格好はフェアリーウィッチの格好に見えるのですが……。本当に、本物のフェアリーウィッチが来てくれたのでしょうか……!?』

「フェアリーウィッチじゃないよ! ファウ水精セイレーンだって!」


 幸那様がテレビ画面の中にツッコミんでいらっしゃいます。

 ファウ水精セイレーンは第二作目の『フェアリーウィッチズRsリターンズ』の主人公の友人ポジションの女の子が変身した後の姿です。

 活発でちょっとおっちょこちょいな部分がある主人公とは違って、ファウ水精セイレーンは穏やかで心優しい性格でそして芯が強い……そんな感じで割と人気のあるキャラクターだったという話を聞かされた覚えがあります。

 えぇ。無論、リアルタイムでは知りませんので、この辺は幸那様から教えて頂いた知識が元になります。

 流石、幸那様。博識でいらっしゃいます。


「ファウ水精セイレーンは水の妖精力を操るの! だから、あの頂人との相性も悪く無いと思う! 頑張れ……ファウ水精セイレーン!」


 ファウシリーズの最大の特徴は、主人公と主人公の周りの友達が妖精と出会うことで魔法のような力を扱うことができる点でしょうか。

 ファウの種類によって扱う力は様々でして、幸那様によるとあのファウ水精セイレーンは水の力を操るそうです。

 シリーズ初期のフェアリーウィッチシリーズですから、その力はシンプル設計なのでしょう。その分適用範囲が広く応用が利きそうなのは期待出来そうですね。


 カメラが遠景からファウ水精セイレーンとイグニッションマンとの戦いの様子を映し出します。


 炎の渦が街を焼き、突如のスコールが火を消し止め、水弾が飛んでは炎を削り、かと思えば、炎の鞭がビルの隙間から伸びて――と、何やら激しい能力バトルを繰り広げ始めました。

 一見すると派手な戦いに見えるのですが、私の感想はと言うと……。


「あまり接近戦をしませんね」

「喧嘩慣れしていない素人が力だけ貰ったらこうなるんじゃないかな?」

「なるほど」


 幸那様の言葉に納得します。

 引き金を引くだけで相手を殺すような力を持っているのですから、わざわざボロが出そうな肉弾戦を挑む必要はないということなのでしょう。

 ですが、先程の睾丸野郎の言葉を信じるのであれば……。


「まずいっちねー。あのままだと、魔法少女の方が負けちゃうっち」

「え?」

「さっき言ったっち。神様パゥワーと天使パゥワーとじゃ差があるっちよ。同じように戦っていたら、先に力が尽きて負けるのは天使パゥワーの子の方だっち」


 これは、ファウ水精セイレーンがイグニッションマンに対抗できるだけの力があったことも原因だと思われます。

 下手に対抗できるからこそ、相手の牽制合戦に付き合ってしまい、大技を打つだけの機会を逃してしまったのではないでしょうか。

 そして、今はズルズルとイグニッションマンとの牽制合戦に付き合っているような状態……。

 このような状態になってきますと、ファウ水精セイレーンもどうやって勝てば良いのか頭を悩ませているでしょう。


「ファウ水精セイレーンの必殺技は妖精噴水流フェアリー・ジェットスプラッシュ――大量の水で相手を押し流してしまう技だけど、相手の火を起こす力に散発的に対抗してしまっているから力を溜めるだけの時間が作れていない……? 何だか凄く戦い辛そうに見えるね」


 相性最高のはずなのに戦い辛そうというのは、ある意味ファウ水精セイレーンとなった人物に戦闘のセンスが無いからなのでしょうか。

 このままでは敗北は必至でしょう。


「ふふふ、どうするっちか~? ユキナが魔法少女にならないのなら、あの子はその内天使パゥワーが切れて死んでしまうかもしれないっち~?」

「おい、君! 何も知らないウチの娘を誑かすように誘導するのはやめてもらおうか!」

「やかましいっち! 何も知らないのはそっちの方っち! あの魔法少女が死んだら、次に狙われるのはその辺の人類っち! ユキナが躊躇すればするほど大勢死ぬっち! それだけじゃないっち! 頂人の魔の手はやがてここにも伸びてきて、ユキナの大切な人も殺されちゃうかもしれないっち! それを守ることができるのはユキナだけなんだっち!」

「私だけ……」


 幸那様の気持ちが大きく揺れ動いているように見えます。

 ですが、これは全人類を人質にとっての脅迫行為以外の何物でもありません。

 選択肢を失くして相手を意のままに操ろうとする行為は、下衆という言葉も生温い糞の言動。

 これが本当に天使だというのであれば、頭に堕が付いているに違いありません。


「幸那様、彼奴きゃつの言葉に耳を貸す必要はありません」


 むしろ、私は幸那様に天使の力があろうと無かろうと、普通に幸那様ので何とかなってしまうのではないかと思っています。

 だから、この睾丸野郎の怪しい力に頼る必要なんてまるで無いと思うのですよね。

 でも……嗚呼……駄目です。

 出来る出来ないの問題ではなくて、幸那様の目が輝いておられます。

 やれるやれないの問題ともなれば、幸那様がファウになりたいと思うのは必定なのでしょう。

 そして、そこに大義名分が付けば、もはや止められる者などいないのです。

 理屈ではない――そう幸那様の目が語っておられます。


「うん。カスミン、ありがとね。カスミンがそう言ってくれたのは私のことが心配だからって事は分かってる……。でも、エリエルが言ったように、ここで私が動かないと大勢の犠牲が出るかもしれないのも事実だと思うし……。私は正義感が強い人間じゃないし、聖人君子でもないし、多分、顔も知らない人間が大勢死んだって『ふーん』ぐらいの感想しか抱けそうにない薄情な人間だけど、でもやっぱり、私が知っている人間や目の前の困っている人ぐらいは救い――……いや、違う。もっとシンプルに考えよう!」


 幸那様はそこでひとつ大きく息を吸い込みます。

 幸那様が迷うのは当然でしょう。

 昨日までの平凡な生活から一変して、目の前に未知へと繋がる扉が開き掛けているのです。それを何も考えずに勢いだけで開くのは愚か者でしかありません。

 だから、考える事は悪いことではないのです。

 でも、幸那様には考える以上に確実な手があるのも事実なのです。


「うん。決めた。私は、私が一番信じるカスミンが、一番私を信じてくれている方法を取ることに決めたよ!」


 幸那様はそう言って、テーブルの上に置かれていたご自身の財布を持たれると、そこから百円硬貨を取り出されます。


「表が桜。裏が数字。表が出たのなら私は天使の力を拒否する。裏が出たのなら私は天使の力を受け入れる。――これで決める。お父さん、お母さん、こんな決め方だけど良いよね?」

「ふむ。私たちが理屈をこねくり回すよりも余程確実な方法だね」

「そうね。幸那がそうやって決めるというのなら何も問題はないわ」

「ちょ、ちょっと待つっち!? コイントス!? コイントスで決めようというっちか!? どうして、その方法で決めれば問題がないっちか!? どう考えても運で決めるような内容じゃないっちよ!?」


 満場一致で可決されそうだったというのに、状況を全く飲み込めていない睾丸野郎だけが騒ぎ立てます。

 だから、私は睾丸野郎のデカイ頭を掴んで思い切りアイアンクローを決めてやりました。


「痛い、痛い、痛いっちー!?」

「分からないのですか、睾丸野郎?」

「睾丸野郎!?」


 というか、そんなことすら知らずにどうして幸那様が人類最強だと分かったのでしょうか。


「世界の全ては幸那様を中心に回っているのです。ですから、一見、運否天賦に任せたような投げやりな方法に見えても、その実、それは最良の選択肢を導き出す間違いのない選択ということです。つまり、幸那様は現状で出来得る最善手を選ばれたのですよ」

「ワケが分からんっち!?」


 睾丸野郎が騒いでいる中、幸那様は本当に何気ない仕草で百円硬貨をコイントスします。

 宙をくるくると舞ったコインはやがて幸那様の手の甲の上へと収まり、そして――……。

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