第6話 運命が言っている!

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 ◆◇◇◆ D2 Genocide ◆◇◇◆

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 幕が上がる――。


 膜を開ける――。


 最初はゆっくりと静かに、やがて大胆に勢い良く押し入れていく――。

 私は何もない空間に右手を素早く動かす事で、膜のようであった空間の境目を抉じ開けて拡大していきます。

 まるで巨大な魚卵の中に腕を突っ込んで、中身をこねくり回すかのような気持ちの悪い感触……。

 思わず、私の右腕が生臭くないか嗅いでしまうほどの気持ちの悪さです。


「ゴメンね、カスミン。カスミンまで巻き込んじゃって……」


 私の後ろでは非常に申し訳なさそうな表情でシュンと反省しておられる幸那様が佇んでおられます。

 いえ、今は運命を司る魔法少女、ファウ運命ディスティニーでしたね。

 やたらとレースやフリルが付いた煌びやかな衣装を身に付けておられる幸那様の格好は、ファウ水精セイレーンが青を基調とした衣装であるというのなら、七色に変化する虹色の衣装といったところでしょうか。

 氷の女王と呼ばれる幸那様にはお似合いの御色ではありますが、フェアリーウィッチシリーズには今までに虹色をしたファウは存在しておりません。

 そんな色調も相まってか、幸那様の姿が普段比の十倍は輝いて見えるのですから恐ろしいことです。

 世の男性が見たら、鼻血を噴いて悉く倒れるだけの破壊力があります。

 勿論、私も自身の心を完全に制御出来なければ危ないところでした。


「いえ、問題ありませんよ。どのみち、幸那様のサポートをしようとは思っていましたから。それが、というのであれば、最良の選択ではないでしょうか」


 そう。

 あのコイントスの結果、幸那様は天使の力を受け入れることになりました。

 ですが、流石に幸那様一人で頂人と戦うのは怖かったのでしょう。

 幸那様はエリエルに天使の力を受け入れる宣言をした後で、条件を出したのです。

 それが、私にも天使の力を授けるように、といったものでした。

 エリエルとかいう睾丸野郎は、その条件に最後まで渋っていたのですが、結局は私と幸那様に天使の力を与え――本人は力を使い果たしたのか、キーホルダーサイズにまで縮んでしまい――今は幸那様の腰元のホルスターの中に収まっております。

 そして、現在まで沈黙。

 その姿は誰がどう見てもただのキーホルダーと成り果てているようですが、出来るならそのまま一生キーホルダーとして過ごして欲しいものです。


「それが、次元を操る力かい、霞さん? 何だか凄いね」


 旦那様が感心したような声で仰られます。

 私は天使の力を得たことにより、次元を司る魔法少女、ファウ次元ディメンションという存在になりました。

 ひらひらの衣装はとても戦闘向けには思えない上に、色調も黒を基調としているのでとても正義の味方っぽくはないのですけれど、授かった力はとても便利なもののようです。

 そう、その力は――。

 一次元から十次元の全てを操れる以上、世界中のあらゆるモノに干渉することが出来る力と言えば宜しいのでしょうか?

 例えば、遠く離れた場所でも、空間を歪曲させて距離を零にしてしまう――そんなことさえ可能な能力のようなのです。

 まだ私は全ての能力を完全に把握したわけではないのですが、何となく力の使い方が頭の中に入ってきます。

 これが天使の力ということなのでしょうか?

 不思議な感覚です。

 奇妙な力が私の内側を侵食していく不安はありますが、それとは別に体中の細胞という細胞が歓喜しているようなそんな感覚もあります。

 そして、その歓喜が私を突き動かし、『力を使え、力の使い方はこうだ』と教えてくるのです。

 気付けば、私は報徳院家のリビングで、何もない空間に右腕を突っ込み、その空間に


じ開けて別の空間に繋がる入り口を作り上げていたのです。

 真っ黒な闇が渦巻き、まるでブラックホールを思わせるような空間の裂け目が生じます。

 ですが、その先は未知の空間などではなく、ちらりちらりと炎が揺れている別の場所への入り口です。

 恐らくは、この次元の裂け目はテレビ中継がなされている現場へと続いているのでしょう。意識して繋げたわけではないのですが、私には何となくそこに繋がっていることが分かるのです。


「はい。旦那様。力を得たことで力の使い方が少しだけ分かった気がします。そして、幸那様――いえ、運命ディスティニー。この次元の裂け目を潜れば、現場へと辿り着く事ができるでしょう。覚悟は宜しいですか?」


 大丈夫ですか、という思いを込めて、私は幸那様に視線を向けます。

 少しだけ視線が定まらなかった幸那様ですが、やがて覚悟が決まったのか、コクリと頷きを返してくれていました。

 しかし、幸那様は相変わらず可愛いですね……。

 見つめ合うと照れてしまいます……。


「正直、戦うのは怖いし、痛いのも嫌だし、行きたくないのが本音だけど……。でも、それじゃ駄目だって運命が言っている! 行こう、カスミン――うぅん、次元ディメンション!」

「はい、運命ディスティニー!」


 私は幸那様の手を取って時空の穴へと飛び込みます。

 そんな私たちの背に掛けられたのは、奥様のどこか間延びした声でした。


「あ、幸那。おみやげはいらないからねー?」


 奥様、流石にそこまで気を回す余裕はないと思いますよ。

 

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 ◆◇◇◆ D2 Genocide ◆◇◇◆

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 まるでゼリーを押し除けて進んだかのような違和感を覚えながら次元の裂け目を抜けます。どうやら私の能力がまだ私の体に馴染んでいないのか、どうも力の行使に違和感を覚えてしまうようです。

 こんな状態で幸那様をお手伝いすることができるのか甚だ不安でなりません。

 願わくば、もう少し修練を積みたいところなのですが、時間に猶予はないようですね。


「酷い……」


 私と同じようにして空間の隙間を抜けた幸那様が周囲を見回して、そう仰られます。

 確かに見渡す限り、至る所でちらちらと炎の舌が踊っており、此処彼処そこかしこの建物が焼け焦げているように見えます。

 水を操るファウ水精セイレーンといえども、燃え広がり続ける炎の全てを消火するのは難しかったのかもしれません。

 しかし、この規模の攻撃を仕掛けながら、未だファウ水精セイレーンと五分以上に戦っているイグニッションマンというのは手強い相手なのでしょうね。

 今の内に幸那様には諫言する必要があるかもしれません。


運命ディスティニー、聞いてください」

「ん? 何、次元ディメンション?」

「今回の作戦ミッションですが、あくまで頂人イグニッションマンを倒すことではありません。水精セイレーンが逃げ出せる隙を作り出せたら、こちらも逃げましょう」

「え? 逃げるの? 何で?」

「見て下さい」


 そう言って、私は空間に指先を走らせます。

 すると、空間に青紫色に光る筋が走り、そこを指で抉じ開けることで真っ黒な空間が顔を出します。これが私の力で生み出された次元の裂け目というものです。

 中身は何処へ繋がっているか分からないような暗黒の空間で、その先に繋がる空間や理を自在に操ることが出来るというのが、ディメンションの強みなのですが……。

 現状では、広範囲殲滅型のイグニッションマン相手には非常に分が悪いことが予想されます。

 何故なら――……。


「あ。消えた」


 私が指で触れていた次元の裂け目から指を離すと、間もなくして次元の裂け目の線は消失してしまいます。

 まだ、私の感覚が次元ディメンションとして馴染んでいない事もあるのでしょうが、私が作り出す次元の裂け目は私が触れていないとすぐに消失してしまうようなのです。つまり、この能力は私が近くにいないと発動しない使い勝手の悪い能力と言えます。

 

「御覧の通りです。今の私では極近い距離でないと力を発動出来ないようです。ですから、離れていても炎を飛ばせる今回の頂人との相性は悪いと思われます」


 近付かないと話にならない魔法少女と、遠距離からポンポン攻撃してくる頂人だとしたら……相性最悪ですよね。

 私の力もファウ水精セイレーンのように射程が長ければ良かったのですが……。

 あるいは、もう少し修練を積む時間があれば、その辺も変わっていたのかもしれませんが、後の祭りというものです。


「次元を操る能力だから、無条件で最強の能力だと思っていたんだけど違うんだね。でも、何となく次元ディメンションの能力は物凄く強い気がする……何となく、何となくだけどね?」


 幸那様は『何となく』と勘で仰っているのでしょうが、その言葉は私にとっては天啓の如く心に響きます。リップサービスというのもあるでしょうが、私のことを思ってくれているというだけで心がポカポカとするのです。

 自然と口角が上がってしまいます。


「まぁ、勘だよ? 勘だからね? 真に受けないでよね?」

「いえ、今の一言は私の心に刺さりました。常に最強のフェアリーウィッチであるように努力したいと思います」

「いや、私のせいでカ……じゃなかった次元ディメンションのヒロイン生が狂っちゃうとか困るからね? そんな本気にしないでよ?」


 幸那様はそう仰られますが、幸那様の勘は。それを信じるのであれば、私はこの力を鍛えるべきなのでしょう。

 それこそ、最強へと至れるように精進しなくてはなりません。

 むしろ、幸那様の勘を外してしまう事こそ、幸那様への背信行為ではないでしょうか。

 私は全力で挑みますよ……!


 ……ですが、それはこの危地を切り抜けてからの話。


 私は指先で空間に筋を引くと、それを広げて中の空間の景色を次々に切り替えていきます。三次元空間の中――つまり、この地球上の何処であろうとも自在に繋ぎ変えることが出来る私の能力は監視カメラの如くに様々な場所を覗き見ることが出来ます。

 そんな便利な能力を目の前にして幸那様の瞳も輝きます。


「うわぁ、凄い! 次元ディメンションはこんなことも出来るんだね!」

「空間を繋ぎ変えたりすることは簡単なようです。斥候を行うのには優位な能力かもしれません」


 やがて、ひとつの景色の中で爆炎が上がります。

 その場所の情報を私が求めると、頭の中に勝手に情報が流れ込んでくるのもファウとしての能力なのでしょうか?

 情報を知覚するのは一瞬でした。


「ここから左手に行くと大通りがあります。その大通りを右に真っ直ぐ行けば、水精セイレーン頂人イグニッションマンがいるようです」

「分かった。でも、行ってどうしよう? 私、まだ自分の力の使い方も良く分かってないんだけど?」


 どうやら、幸那様の頭の中には運命ディスティニーの力の使い方についての解説は無かったようです。これは個人差もあるのでしょうか?

 ですが、折角来たのですし、行かないという選択肢もないでしょう。

 

「私が頂人の前に姿を現し、囮になります。その間に水精セイレーンに脱出してもらいましょう。運命ディスティニーは……応援をお願い致します。フレーフレーといった感じで……私のやる気が凄く出ます!」

「私の役割が非常に貢献度が低くて不満なんだけど?」

「ですが、運命ディスティニーに戦闘手段は無いですよね?」

「うん」

「では、応援をお願いします」

「うん……」


 渋々ではありますが、幸那様を説き伏せられました。

 これで、私も全力で戦えます。

 私たちは戦闘が行われている現場に急いで向かいます。

 そこでは爆炎が上がり、水球が高速で飛び交う危険な戦場と化しているのでした。

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