第3話 戦争ですよ

「ふぅ~、美味しかったっち~……」

「もうお腹パンパンだよ~♪」


 幸那様に満足して頂けたようで何よりでございます。お粗末さまでした。


 現在、報徳院家のダイニングテーブルを囲んで、一家団欒のひとときを過ごしております。

 旦那様も奥様も帰ってこられ、一時は謎の生命体に驚かれていたのですが、今ではすっかり何事もなかったかのように順応しておられます。

 もう、流石としか言いようがありません。

 やはり、幸那様の御両親というべきなのでしょうね。緊張していた私が馬鹿みたいです。


「くっ、食べなれない上等な料理を食べ過ぎたせいで、お腹が……」

「貴方、大丈夫? それにしても、霞ちゃんってば、また腕を上げたわね……。この得意料理スペシャリテはかなり美味しかったわよ?」

「恐縮です」


 どうやら、旦那様の貧乏性は筋金入りのようです。


 それはさておき、現在、大慌てでズボンのベルトを緩めようとしておられるのが、幸那様の御父上である報徳院省吾ほうとくいんしょうご様です。

 バーコードな頭と銀縁の眼鏡に鼻髭とアンコ型の体型をした、さして珍しくもない中年男性の容姿をしていらっしゃいます。

 一体どの辺の遺伝子が幸那様に受け継がれたのか分からないレベルで似ていらっしゃらないのですが、その破天荒な気質は何よりも幸那様に似ていると言えるでしょう。

 いえ、幸那様が旦那様の気質を受け継いだのですから逆でしょうか。

 一方の奥様こと、報徳院ねね様ですが、全体的に髪が長く、初見では野暮ったい……もしくはホラー映画に出てくる怨霊のような印象を受けるのですが――私は知っています。

 その野暮ったい長髪の奥に、驚く程美しい顔立ちがあることを……。

 幸那様の美しさの遺伝子は、恐らく奥様から百パーセント受け継がれたのでしょう。物静かな奥様と気質は正反対ですが、人間離れした美しさが確かに親子の絆を感じさせてくれます。

 さて、そんな御二方のもとに生まれた幸那様ですが、ようやく思い出したかのように謎生物とのコミュニケーションを取られているようです。

 というか、本当に何なのでしょうか? あの謎生物は?

 見た目は淡いレモン色の球体で、そこに申し訳程度の小さな羽が生えており、先程まではパタパタと空中を飛んでおりました。

 そして、更に不思議なのは、その球体全面が顔であり、脚や腕や胴体などといった器官が全く見当たらないことです。

 浅学寡聞の身ゆえ、こんな生物がいることを全く知りませんでしたが、印象としてはまるで下手なマンガのマスコットキャラクターを彷彿とさせます。

 そんな正体不明のそれに対して、幸那様は物怖じせずにコミュニケーションを試みているようです。

 正直、私は薄気味が悪くて触れたくないところですが……流石は幸那様です。


「それで何? なんでエリエルは急に現れたんだっけ?」

「エリエルが現れた理由はさっき説明したっちよ!?」

「うん。聞いてなかった」

「なんで、聞いてないっちか! そこはちゃんと聞いておくところだっち! アホっちか?」


 あの薄汚い睾丸野郎め。切り刻んでダンプの行き来が多い工事現場の前にバラ撒き轢死させてやろうか……。


「霞ちゃん、どうどう」

「奥様……。これは失礼致しました」


 憤怒で我を忘れかけた私を奥様は広い視野で見ていて下さったのか、手首を強く握って制止して下さいました。

 いけませんね。報徳院家のメイドともあろうものが、はしたない姿をお見せしてしまうとは……反省しましょう。

 奥様に御礼を言って落ち着きを取り戻した間にも、幸那様は「いやぁ」と困った表情をお見せになられます。


「だって、テレビを見てたらねぇ?」


 そう言って幸那様がテレビを点けると、火事でも起きたのか、複数のビルから煙と火の手が上がっている映像が映りました。

 画面の左上にLIVEの文字があるということは、文字通り生中継なのでしょう。

 何処かで大規模な火災でも起きたのでしょうか。

 そんな風に戸惑う私の耳朶をテレビの中継の声が打ちます。


『皆様、ご覧下さい! 大木名町が燃えています! しかも、この出火の原因はボヤなどではありません! チョウジンです! チョウジン・イグニッションマンを名乗る男が、次々と火災を巻き起こしているのです! 既に死傷者は確認されているだけでも三十名近くに上り、警察では手に負えない状態です! 現在、警察は自衛隊の到着を待っているとの情報もあり、周囲を包囲して状況を見守っておりますが、とにかく今は事件の早期解決が望まれます! 現場からは以上――え? 此方に来てる? 撤収撤収! 急いで!』


 映像が乱れて音声が途切れた後で、『しばらくお待ち下さい』の文字が現れました。

 というか、大木名町といえば、この家の近くですね。

 一体何が起こっているのでしょうか?


「ほら! ほらほらぁ! こんなの見ちゃったら、他人の話なんて聞かなくなるでしょ!?」


 幸那様はどこか勝ち誇った表情です。

 一生懸命な、どやぁ感が非常に可愛いらしいですね。


「これこれ! これっちー!」


 そして、何故か謎生物も興奮しています。

 どうしたのでしょう?

 ぶっ殺されたいのでしょうか?


「エリエルが地球にまでやってきたのは、この頂人たちを止める為に他ならないっち!」

「チョウジン? ……屁の突っ張りはいらんですよ?」

「違うっち! 頂点のちょうに、人物のじん頂人ちょうじんだっち!」

「その頂人? を止めるんですか? でしたら、さっさと行った方が宜しいのでは?」


 私はこの謎生物をさっさと追い出したくて、そう告げます。

 というか、この謎生物は幸那様の尊さが理解出来ないのか、色々と馴れ馴れし過ぎます。こういう手合いはさっさと御退場願いたいところです。

 あぁ、岩塩の塊を遠慮なく、この謎生物の顔面に叩き込んで「塩、撒いたんで帰って下さい(ニッコリ)」とか言ってやりたいです……。


「なんで、エリエルがやるっちか! やるのはコイツっち!」


 そして、不遜にもこの謎生物は幸那様を羽で指差しやがりました。

 私は瞬間的に立ち上がると謎生物の羽をキャッチして、めきりとへし折ってあげます。


「ギャワァァァァッ!? な、何するっちかぁぁぁぁっ!? あぎゃああああ、痛いっちー!?」

「霞ちゃん、どうどう」

「奥様……。流石にこれは許容範囲越えてますよ……。戦争ですよ……」


 この不健全睾丸野郎、言うに事欠いて幸那様をコイツ呼ばわりに、あんな危険な場所に行かせようとは――罪ゲージが天元突破の国士無双ですよ?

 どうやら自殺志願者のようですし、仕方ないので迅速に殺処分しないといけないようですね。

 私が表情を消して速やかに近寄ると、恐れ慄いたのか謎生物は痛みすらも忘れたかのように顔を蒼褪めさせて震え始めます。


「ま、待つっち……。い、今、ちゃんと説明するっちから……」

「いや、カスミン、怖い怖い」

「はっ、幸那様……。申し訳ありません」


 しまった。幸那様を怖がらせてしまいました。

 私は相手を安心させる微笑アルカイックスマイルを浮かべながら睾丸野郎に近付きます。そして、小声できっちりと耳元で囁いてあげることにしました。


「短く簡潔に三十字以内で説明しやがりなさい。やらないと……分かりますよね?」

「ひぃ!? 笑ってるけど、全然笑ってないっち!」

「分かりますよね?」

「わ、分かったっち……! 説明するっち!」


 謎生物はぴょんっと跳ね上がると宙に浮かびます。さて、お手並み拝見といきましょうか。


「エリエルはエリエルっち! 上級天使だっち! 人間の傍若無人っぷりに嫌気が差して神様が人類を滅ぼそうとしているから、それを止めに地球までやって来たっち!」

「三十文字を越えていますね。お仕置きが必要です」

「ひぃぃぃぃ!?」

「まぁまぁ、カスミン落ち着いて」


 幸那様にそう言われては落ち着かざるをえません。

 しかし、この変態生物の言葉にはツッコミ所しかありません。それは、幸那様も思ったのか難しい顔をして腕を組みます。


「というか、神様が人類を滅ぼそうとしてるの? 何で?」

「そんなの簡単っち! 自然破壊に環境汚染、人類の横暴で絶滅した種族は数知れず……自分が大切に育てて作ってきた地球ハコニワで我が物顔でそんなことやられまくったら、いくら温厚な神様でも流石に切れるっち!」

「いや、でもだからって、いきなり人類を滅ぼそうというのはどうなのかな? 人類だって、気付くのが遅かったのかもしれないけど、今は色々と環境のことを考えて活動しているんだよ?」


 幸那様の言う通りです。

 プラスチックゴミの削減やCO2排出量の削減、石油から水素へのエコエネルギーへの転換や植林や砂漠の緑地化計画など、人類は今更ながら環境に配慮して何とか悪化する地球の環境を踏み留まらせようと努力している最中となります。

 そんな人類の努力を早々に見切りをつけてしまうのは、神様と言えどもあまりに短慮ではないでしょうか。


「神様は、『現状は破滅への道を遅らせているだけじゃ。人類は強欲じゃから、やがて地球を滅ぼし、次の星、次の星へと移り住んでは、移動先の星々をも滅ぼし尽くす大宇宙のGとなるじゃろう。じゃから、今の内に叩き潰さねばならん! Gはすぐ増えるし、しぶといから今すぐにじゃ!』と言っていたっち!」

「G扱いって……」

「仕方ないですよ、幸那様。世の中は幸那様のように優れた人間だけで構成されているわけではありません。自然を犠牲に経済だけを回せば良いと思っている愚か者も大勢いるのです。そんな状況で人間に対する信用度なんて上がりようもないでしょう。むしろ……」


 私は視線を幸那様から外し、エリエルを名乗った謎生物に向けます。


「何故、この者が神の行動を止めようとするのか。そちらの方が疑問です」


 私は迷うことなく、そう言い切ったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る