第13話 えすか……?

「要約しますと、自分の意図しない所で頂人になってしまい、困っておられると……。そこで御馬鹿さんな貴方様はどうしたら良いか分からなかったので、頭脳明晰な幸那様に相談したという事ですね?」

「まぁ、簡単に言っちまうとそうなんだけど、もうちょっと言い方ってもんが……」

「しかも、頂人の中でも、自分は強い方だと?」

「俺に力を与えた奴が幹部クラスの力を与えたって言っていたし、多分そうなんじゃないか? ……知らねーけど」


 私の問いにタカセは素直に答えてくれます。もしかしたら、根は素直な良い子なのかもしれません。

 しかし、それにしてもタカセの話が本当だとしたら恐ろしいことです……。

 いえ、別にタカセの頂人としての力が恐ろしいわけではありません。


 真に恐ろしいのは、幸那様です。


 ファウ運命ディメンションとなった翌日には、インサイダー取り引きの如く敵の幹部がすり寄ってくるなんて……。

 ここで上手くタカセを操縦できれば、ファウと頂人の対決を自作自演マッチポンプすることだって可能なわけです。

 いやはや、流石は幸那様……。

 本人が一切動かずとも覇道の方から勝手に這い寄ってくる――……これぞ、王者の才覚というべきでしょうね!


「頂人の力とやらを、貰った相手に返すことは出来ないの?」


 幸那様の問い掛けに、タカセは力無く首を横に振ります。


「俺に力を授けた後、ソイツは何処かに消えちまったんだ。返そうにも返せねぇし、何よりもアイツの目だ……あんな恐ろしい目をした奴に『やっぱり人類殲滅なんて無理です。できません』なんて言ってみろ。絶対殺されるぞ……」


 タカセに力を与えた神様は、余程怒り心頭の表情をしていたようですね。

 怖いもの知らずの不良が脅えるとは、ちょっと尋常ではありません。


「俺はまだ死にたくねぇし、奴に直接交渉するのは無しで頼む……」

「だったら、ファウに退治されるのはどう?」

「ファウ?」

「ニュース見てないんですか。頂人の一人がそのフェアリーウィッチに退治されましたよ」


 まぁ、退治したのは私なんですけどね。

 言いませんが。


「俺以外にも頂人がいたのか……? すまん、自分の事で手一杯でニュースなんてまるで見てなかった……」


 まぁ、いきなり自分が人間を辞めて、頂人などという生物になってしまったら、周囲に気を向ける余裕もないことでしょう。

 延々と懊悩を抱えて、考え込んだ末に『自分よりも頭の良い人間に相談してみよう!』というアイデアしか浮かばなかったというのはどうかとは思いますが、その相談相手に幸那様を選んだことは――……間違いではないでしょう。


「それで、フェアリーウィッチだか、ファウだかってのは一体何なんだ? 正義の味方か? いや、何か聞いたことあるな……? 何だったかな……?」


 聞いたことはあるでしょうね。

 子供時代には良く目にしたこともあったでしょう。

 だから、タカセも停止していた脳味噌を懸命に動かして、その記憶を掘り起こしているのでしょう。

 ちなみにコアなファウファンの幸那様は、その様子にちょっと御機嫌斜めのようです。

 ……幸那様? 全員が全員、フェアリーウィッチズのテレビシリーズを全話見て、内容を完璧に覚えているわけではないですからね? 一般の青年男子の反応なんてこんなものなんですからね?


「あっ、思い出した! 確か、小学校の時にやっていた――」

「今もやっています」


 はい、幸那様。間髪入れずに否定しました。

 まぁ、大好きな漫画が連載五周年とかに突入して喜んでいたら、すぐ隣で「この漫画、まだ続いていたの?」とか言われるぐらいの冷や水ぶっかけ行為をされたのと同様ですからね。幸那様がノータイムで否定するのも分かる気がします。

 私も成人式の日に久し振りに再開した人たちに「宝徳院幸那? そんな奴居たっけ?」とか言われましたら、ノータイムでぶん殴ってしまうことでしょう。

 えぇ、幸那様とお揃いですね!


「いや待て。待ってくれ。それって正義のヒーロー……」

「ヒロイン」

「あぁ、ヒロインに爆殺されるってことだろ? ……死ぬじゃん!」

「別に爆発はしないよ?」


 まぁ、太陽の中に放り込まれるレベルで焼かれはしていましたけどね。


「それに死んでもいない。頂人だった人はその力を失って倒れていただけ……と、ニュースでは言っていた」

「それ本当なのか? まぁ、死なないというのは有りなんだけどよぉ……。でも、俺、『エスカレーショーン!』とか言ってやられたくないんだけど……」


 えすか……?

 コイツは一体何を言っているのでしょうか?

 ですが、流石は幸那様。

 淀みなく、私の疑問に答えてくれます。


「フェアリーウィッチズPS2プリンセス・セレクト・ツー、第十話のドリームスタッバーが倒された時の断末魔の声をチョイスするなんて、なかなかコアな所を突いてくるじゃない……」


 いや、幸那様? ヲタ話に入ったせいか、若干素が出てますよ?

 気を付けて下さいね?


「というか、そもそも論として、あんなヒラヒラした衣装を着た女なんかに負けたくねーし!」


 でしたら、霊長類最強と呼ばれた女性やゴリゴリマッチョな女性が相手でしたら負けても良いんでしょうか? 彼の基準が分かりません。


「女の子に負けるのは嫌?」

「当たり前だろ! そこは男としての誇りプライドがある!」

「世の中が平等じゃない事に拗ねて社会に反発していたのに性差別はするんだ?」

「うぐっ!?」


 幸那様の言葉にタカセは言葉を詰まらせますが、男女では肉体的な造りが違いますからね。

 彼が男の子として女の子に負けられないと息巻くのも分かる気はします。

 ですが、それは普通の男女であれば、です。

 その関係が頂人と魔法少女となってしまえば、それは今までの常識が通用しない範囲なのではないでしょうか。

 現に私は、どんな相手であろうと……相手が大男であろうと……負ける気が全く致しません。

 いえ、少し言い過ぎました。

 どんな相手だろうと負ける気が致しません。

 なので、そこの常識は少し考え直す必要があるのではないかとは思います。


「うぐぐ……っ! ――いや違う! 男とか女とか関係ねぇんだ! 俺は喧嘩で負けるのが一番嫌なんだ! わざとでも負けるとか絶対に嫌だ!」


 なるほど、男女の違い以前にそういう矜持があるということなのでしょう。

 まぁ、タカセは自分の腕っ節に自信を持っていそうなタイプですし、そうした喧嘩自慢の部分が存在価値アイデンティティーにもなるというのであれば、負ける事に忌避感を覚えるのは当然かもしれません。


「なら、頂人としての活動をしないというのは? 別にノルマを決められているわけではないよね?」

「確かにノルマとか、そういうのは聞いてねぇけど……。でも、バレた時にやっぱり怖いじゃねぇか……! 『頂人としての使命を果たさないからお前は殺す……』とか言われたら、俺死んじまうし……!」


 …………。


 何と言うか、面倒臭い性格ですね。タカセ。

 あれは駄目、これは駄目、だからといって建設的な意見を言うわけでもない。

 不良に恐れられる程の一匹狼の不良ということでしたので、もっとこう、孤高の人物かと思っていましたが、現状では死にビビるだけの普通の高校生ですね。

 いえ、それが普通なのでしょう。

 私は神様ゆきなさまの為に死ねと言われたら余裕で殉死できるタイプですが世間一般ではそれが普通の態度のようです。

 あぁ。

 彼も幸那様を信奉したら良いのではないですかね?

 そうすれば、ちっぽけな事は大体気にならなくなるのでお勧めですよ?


「何か実績があれば良いの?」

「分かんねぇけど……。何かしらあった方が良いだろ……。その方が言い訳もしやすいし……」

「だったら、人がいない場所で人に迷惑が掛からないように暴れたら?」

「それは、実績と呼べるのか……?」

「独り相撲?」

「それじゃ駄目だろっ!」

「駄目とは何ですかッ! 駄目とはッ! いつだって幸那様は最高ですッ!」

「いや、……、お前……、本当なんなの……?」


 気付いたら、私はタカセの襟首をいつの間にか絞め上げていました。

 これは報徳院家のメイドにあるまじき行為……。

 楚々とタカセの襟首を離し、私は何事も無かったかのように幸那様の背後に戻ります。


「私のことは気にせず、御二方とも話し合いを続けて下さい」

「無理だろ!?」


 思ったよりもタカセは肝っ玉が小さいようで……。

 チラチラとこちらを何度も確認しながら、幸那様との話し合いを進めます。


「人類を殲滅する使命を帯びているのに、人類を殺したくないという時点で貴方の行動基準は破綻している。だから、間接的に人類の滅亡を狙えば良い」

「すまん。馬鹿な俺にも分かるように説明してくれ……」

「例えば、世界中のありとあらゆる食糧を焼き払ってしまえば、人類は飢えて死ぬ。だけど、貴方は人類に一切の手を出していない。そういう感じ」

「いや、俺はそもそも人殺しに関わることをやりたくねぇんだけど……」

「食料を焼き払うといったのは例。全然違うことをやって、それをこじつければ良い。例えば、神三都下かんさんとした美術館の休館日に襲うとか」


 神三都下美術館は大木名町の北にある美術館ですね。

 交通の便が不便なこともあり、あまり人が入っているといった話は聞かない美術館です。

 ただ、人がいない分、憩いの場としてはうってつけの場所で、のんびりするには十分な施設ということもあって、大型連休の際には家族連れが訪れることも多いようです。

 以上、以前に教えてもらったベティ情報でした。


「襲って……どうすんだよ……?」

「美術館を破壊する」

「破壊って……」

「そうすることで、人々の心を豊かにする文化を傷付けたから、人類は狭量になり、他者を認めなくなって人類同士で傷つけ合い、いずれは滅びる――とか言っておけば誤魔化せるんじゃない?」

「ま、待て! 今、メモするから……! もう一回……!」

「自分の言葉で書いて。そこまでは面倒見切れない」


 そう言うと、幸那様はゆっくりと立ち上がります。

 まさに話は終わったと言わんばかりですね。

 そんな幸那様に鞄をお渡しし、私は幸那様に付き従います。


「また何かあったら言って」

「え? あ、おう……。その、ありがとな……」

「大した事はしてない。頑張って」

「あぁ、うん……」


 幸那様の顔を見て、思わず頬を染めて呆けるタカセを置いて、私たちは帰宅の途に着きます。

 そして、暫く無言のままに歩き続けたその帰り道で、幸那様は氷の仮面の表情のままにポツリと零されるのです。


「カスミン……。私、ついに高校生活でカスミン以外のお友達と話してしまったかもしれない……」

「え? えぇ、良かったですね……」


 ……あれをお友達と言うのかどうかはさておき。

 とりあえず幸那様が嬉しそうなので、私もどこか温かい気持ちになりながら微笑みを返します。


 しかし、タカセ君。

 この幸那様の御心を裏切ったら処しますからね?

 努々忘れないで下さいよ? ねぇ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る