第14話 不毛な戦いでした
長かったようで短かった平日もようやく終わりを告げ、私は清々しい天気の土曜の朝を迎えておりました。
宝徳院家は土曜日に限ってはぐうたらする日に決めているのか、旦那様と奥様は朝の遅い時間まで起きてきません。
ですが、幸那様だけは違います。
幸那様は成長期という事もあるのか、お腹が空いて割と早い時間から起きて来られる事があるのです。
私はそんな時の為にと早朝のトレーニングをしつつ、土曜日の朝から朝食を準備するのが仕事なのです。
そして、どうやら本日は私の努力は結実したようです。
寝ぼけ眼を擦りながら、食堂に幸那様が姿を現します。
「おはよー。カスミン、早いねぇ」
「おはようごさいます、幸那様。朝御飯を食べられますか?」
「うん、食べるー」
「では、少々お待ち下さい」
私は丁度焼き終えたトーストにバターを塗ると、彩り鮮やかなサラダに塩胡椒で味付けした焼いた鶏ササミを盛り付け、更には昨夜の内に仕込んでいたコーンスープをお皿に注ぐと、次元の扉を開いて、それらのお皿を食卓へと移動させます。
「お待たせしました」
「…………」
流石に一週間もファウの力の研究に時間を費やしていると、自分の力の使い方にも慣れてきますよね。
戸棚の扉を開かずとも御飯茶碗を取れたりして、とても便利です。
「では頂きましょうか、幸那様」
「…………」
「幸那様?」
ファウ
いただきますの掛け声と共に、私達は朝食を美味しく堪能します。
さて、今日は天気も良いですし、次はお洗濯でもしましょうかね。
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それにしても、全自動食洗機というものは本当に便利なものです。
洗濯物も全自動物干し機とかあれば便利なんですけど……誰か作ってくれませんかね?
私は洗いたての衣類の入った籠を抱えながら、屋上に上がっていきます。
元々このアパートには屋上という施設は無かったのですが、幸那様がオンボロアパートの限られたスペースを有効利用しようと言われ、屋上にヘリポートのようなコンクリートで固められただだっ広い場所を作られた為、私はもっぱらここで洗濯物を干しています。
「今日は結構量がありますね。最近はなかなか天気に恵まれませんでしたし、仕方ありませんか。とりあえず本日は快晴で助かりました」
私はまだ乾き切っていない洗濯物が入った籠を地面に置くと、ファウ
「それにしても、ファウの力は便利ですね。いちいち屈まなくても洗濯物が干せるというのは、ある種の革命――」
「その力の使い方は何かおかしくないかなぁ!」
「――幸那様ッ!?」
一体いつからそこにおられたというのでしょう。
屋上への入口の扉から顔を半分だけ覗かせた幸那様が、ちょっと怒った様子で私にズンズンと近付いてこられます。
「ファウだよ!? 妖精の力だよ!? 全女子の憧れだよ!? それを家事にしか有効活用しないなんてッ! カスミンはダメダメのダメ子ちゃんだよ!?」
「いえ、私は特にファウの力に憧れてはいないのですが……」
そもそも、フェアリーウィッチズにそこまで熱を入れておりませんし……。
ですが、私のその回答は幸那様にとって望ましいものではなかったようです。
頬を膨らませて抗議の表情を見せております。
……その空気の詰まった頬をつんつんしては駄目ですかね?
「では、逆に聞きたいのですが、どのような事に利用すれば宜しいのでしょうか?」
「え?」
幸那様の意にそぐわないのであれば、逆に聞いてしまえとばかりに、私は幸那様にお尋ね致します。
幸那様は私など足下にも及ばぬようなフェアリーウィッチズのコアなファンなのです。
なので、私の浅知恵で意見を具申するよりも、幸那様の意見を窺った方が絶対に有意義なものとなる事でしょう。
私は幸那様の答えを待ちます。
「うーん……」
幸那様は御自身が持て得る限りの叡智を結集し、懸命になって答えを出して下さいました。
「お風呂の水抜き、とか……?」
くっ、幸那様がポンコツ可愛過ぎて忠誠心が止まりません……!
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「とりあえず、家事以外にも何か使えるはずだよ! ここは魔法少女としての特訓をしてみよう! えいえいおー!」
「えぇっと、幸那様、すみません。今からお昼御飯の支度があるのですが……」
私の手を引く幸那様は半ば強引に私を見た目オンボロのアパートの外へと連れ出します。
起きた時に私と幸那様の姿がないと旦那様や奥様が心配するかもしれませんので、ファウ次元の力を使って食卓のテーブルの上に書き置きを残しておきましょうか。
幸那様には見えない所で空間を繋げて、手だけを家の中に差し込み、メモにサラサラっと書き置きを残します。
うん。良い仕事をしますね。ファウ
「そんなの店屋物でも頼めば良いよ! じゃあ、まずは体力を鍛える為にランニングからだね!」
「…………」
魔法少女の特訓という割には、
というわけで、幸那様と一緒に近所をランニングです。
何だかんだで幸那様はインドア派ですので、こうしてやる気を持って運動を行うのは健康にも良いことでしょう。
「ほっ、ほっ、ほっ……」
リズミカルな幸那様の呼吸に合わせて、私も手だけを次元の穴に差し込んだまま、リズミカルに作業を行います。
カチャ、カチャ、ジャー、タンタンタン、ボウッ、ジュージュー、ジャッ、ジャッ、ジャッ!
「カスミンからランニングとは思えない音が聞こえて来るんだけど!?」
「ランニングをしながら昼食の準備を行っていますので」
「家事に関しての力の使い方は既に天才的!?」
「ちなみにお昼は
「その部分を特に気にしてないから!?」
お昼のメニューに何が出るかは、割と幸那様の気にされる
ちなみに、今回作っている青椒肉絲のポイントとしては火を入れ過ぎない事です。ランニングの後で火を入れて温め直す必要がありますので、少し火を通すぐらいがベストだと思います。
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昼食後に私は幸那様に呼び出されました。
どうやら、特訓の件は昼食を食べる事で有耶無耶にはならなかったようです……。
幸那様は御自身の部屋に私を招いて、熱弁を振るわれております。
「ファウ
まだ続けるんですかこれ? お昼寝しません?
嗚呼、このまま幸那様の臭いの染みついたベッドで、一緒に御昼寝出来たら最高なのですが……。
仕方ないので、肺の中だけでも幸那様成分でいっぱいに満たしておきましょう。
スーハースーハー。
「ということは四次元とか五次元とかに影響を及ぼしたり出来たりするんじゃないかな!」
「はい。出来ますよ」
あれ? 幸那様成分を吸引するのに一生懸命で、私は何かとんでもない事を口走ってしまっていないでしょうか?
えーと……。
あ……。
つい、ぽろっと先日色々と実験した結果を漏らしてしまいましたね。
この件に関しては問題が多くて、幸那様にはお知らせしたくは無かったのですが……。
幸那様が物凄い目で私を見ておられます。
「え? やったの? 影響を与えたの? どうだったの?」
「…………」
「いや、何で目を逸らすの!? しかも何でちょっと頬が赤いの!?」
幸那様と正面から見つめ合っていたら、誰でもそうなります! 私は悪くありません!
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「四次元は時間軸が増えた世界ですので、私はちょっとだけ過去と未来に干渉できるようになりました。壊れた物を直したり、物質の状態を進めたり出来るようです」
私は幸那様に尋問されて正直に
キス出来るほど近い距離で幸那様に見つめられては白状するしかありません。
ちなみに私が男子でしたら出血多量で死んでいる所です。
それだけの魅力が幸那様には備わっているのです。
「それだと、カスミンは永遠に生き続ける事が出来るとか? 実質、不老不死?」
幸那様がどこか期待に満ちた顔を私に向けてくるので、私は先んじてそれを制しておきます。
「不老不死にはなれるかもしれませんが、幸那様に掛かれば私は塵芥のように簡単に消し飛ばされてしまうので……。ですので、実質的にはただの雑魚キャラです」
「いや、カスミンは私を何だと思っているの……?」
規格外の箱入り令嬢……ですかねぇ。
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どうやら幸那様は四次元以上の次元についても聞きたいようでした。
なので、私は私の知っている限りの情報を幸那様に指折り数えて伝えていきます。
「五次元はパラレルワールドと呼ばれる並行世界でしたね。私に似た違う私に会ってみましたが、並行世界の私は幸那様にお仕えしていなかったので全く話が合いませんでした。六次元は精神世界のようなものでした。物理世界のあらゆる場所にある素粒子のような物と感覚を一体化する事が可能で、この世界のあらゆる場所に行け、あらゆる事象を感覚的に理解出来るようになりました。六次元を理解すると距離という概念が失くなりますね。一瞬で自分の情報を別の空間に貼り付けるだけで移動できますので。七次元は異世界ですね。こちらの物理法則とは全く別の……魔法のような力が存在する世界です。動物とは違ったモンスターもいたりしますので七次元は多少危険です。八次元は天使たちの世界ですね。七次元以下の世界を管理したり、運営したりしているようです。ちょっとお邪魔したら凄く睨まれました。九次元は混沌の世界です。……何かヤバイものがあったので、慌てて逃げ出しました」
特に九次元は本当に危険でした。
幸那様とその日の通学路で「今日は九日の金曜日だよ! とっても危険だよ!」「いや、それを言うのでしたら十三日の金曜日ですよ」というやり取りをして危機感を抱いていなかったら、一瞬で存在が消失している所でした。あの言葉を思い出したからこそ、今の私がいると言っても過言ではありません。
「いやいや、ちょっと待ってカスミン! どこまでファウ
「自分の力の限界を正しく知っておかないと、いざという時に困りますので。なので限界まで計りました。とはいえ、十次元が限界でしたけど」
「そうなんだ。九次元のヤバイもの……というのも気になるけど、十次元には何があったのかを先に聞いておこうかな」
「言わないと駄目ですか?」
「いや、隠さないといけない事なの?」
一応口止めされていたので言ってはならない事なのですが、嗚呼、幸那様の前では私は無力な小鳥にしか過ぎません。請われればピーチクパーチク囀るしかないのです。
「神がいました」
「……はい?」
「真っ白な空間の中、神が天界テレビで『頂人VS魔法少女』の戦いを酒を片手に観戦しておりました。ですので、『人類存亡を賭けた戦いをスポーツ観戦みたいに見てるんじゃねぇよ!』とツッコんで、思わず九次元物質で攻撃を仕掛けてしまいました」
「はい? いや、九次元物質?」
あれが何なのかは、私にも良く分かりませんので説明のしようがありません。
ただ、私のファウ
恐らく、十次元生物である『神』には全く効かないのでしょうが、形があるという事は三次元にも神の一部は存在するという事で……。
要するに、十次元の本体とは別に九次元以下にも神の一部が存在しているのでしょう。
人間の体で言うならば、髪の毛とかになるんでしょうかね? 引っこ抜かれた所で本体には全く致命傷では無いといったようなものです。
ですから、九次元物質を神に当てた所で神の本体にはほぼダメージがないのですよ。
ただ神の一部である九次元以下の存在が消し飛ぶだけで。
ですから、まぁ、命に別状はないとはいえですよ?
髪の毛を無理矢理何度も引っこ抜かれれば、痛いし、薄くなることにも気付いてしまうでしょう。
だから、神はこう言ったのです。
「九次元物質の連打を喰らった神は『痛い、痛い! やめて! もう人類は殲滅しないから! 儂もエンターテイメントの面白さに目覚めたから! だから地球人はもう殲滅しないのじゃー!』と言って降参したので許してあげました。……不毛な戦いでした」
「えーっと、つまり……?」
神に口止めされていましたが、神よりも幸那様の方が序列は上ですので、聞かれたのならば、答えねばなりません。
「既に、魔法少女と頂人の戦いは決着が着いております。我々の勝利です」
「…………」
「ちなみに神は魔法少女VS頂人の無制限一本勝負にはまっているので、魔法少女と頂人の抗争の図式は継続して実施されるようです。神からすると、いつも負けてしまう頂人を応援するのが、スポーツで弱小チームを応援する事に似ているようで……たまに勝ったりすると脳汁がドバドバ出るんだそうです」
「あぁ、うん……。とりあえず、世界の危機は去った……のかな?」
締まらないですけど――。
去ったみたいですよ、幸那様。
【完】
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とりあえずの完結。
後は気分で好き放題追加エピソードを書いていく次第です。
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