Hidden Episode

第15話 嘘です

 私立氷陰学園ひょういんがくえんには食堂といったような施設はありません。

 幸那様が通われるのですから、そのような施設を寄贈したらどうかと私は幸那様に打診したことがあるのですが、「変に目立つから嫌」といった一言で却下されております。

 一応、近所のパン屋さんが学校内でパンを売りに来ていらっしゃるので、昼休みになると購買部付近はバーゲンセールに群がるマダムたちのような混雑状態になるようです。

 当然、幸那様をそんな戦場に立たせるわけにはいかない私は、授業のある日は毎日のようにお弁当を持参して幸那様の教室を訪れる事にしています。


「幸那様、御昼御飯に行きましょうか」

「えぇ、行きましょう」


 ちょっとすまし顔の幸那様は、学園内では氷の女王と呼ばれるままの気品を演出して教室を後にします。

 その堂々とした態度に、幸那様と同じクラスの女子は羨望を、男子は頬を赤らめてチラチラと幸那様を見ているようです。

 この様子ですと、未だ幸那様はクラスの中に溶け込めていないようですね。

 本性は、結構愉快な方なのですが。


「……あれ? 屋上に行くんじゃないの?」


 私が幸那様を先導するように歩いていたのですが、いつもの通り道ルートを外れて歩く私に幸那様が思わず声を掛けます。

 ですが、本日のお弁当は少々趣向を凝らした物の為、先に許可を取っておく必要があるのです。


「本日はメ〇ティンを使ってお弁当を作ってきましたので、火の取り扱いが出来るように職員室にまで許可を取りに行く必要があります」

「いや、それは許可が出ないんじゃないかなぁ……?」


 そうですかね? 私は出ると思うのですが……。


  ◆◆◇◇◇◆◆◇◆◆◇◇◇◆◆

 ◆◇◇◆ D2 Genocide ◆◇◇◆

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 職員室に入ると、私は一直線に私の担任である越谷英子こしがやえいこ先生の元に向かいます。英子先生は英語の担当教師で、クラスの皆からは影で英語先生と呼ばれている愉快な人です。

 本人もその渾名に怒ったフリをしたりして、生徒たちとは良好な関係を築いているので、なかなかユーモラスな先生だと思います。

 逆に言えば、舐められているとも言いますけど。


「先生」

「どうしたの? 霧島さん? あら、それに宝徳院さんも?」

「こんにちは」


 どうやら、越谷先生は幸那様の英語の授業も担当しているようですね。

 越谷先生の授業は分かり易いように色々と工夫されているので、理解し易いと評判です。なので幸那様の担当教師である事は僥倖だと言えるでしょう。


 まぁ、それはともかく早速交渉に取り掛かりましょうか。


「先生、屋上で火を使いたいので許可を下さい」

「いや、無理」


 速攻で拒否されてしまいました。


 そこはもう少し生徒に『頑張って行動してみた』アピールをしてくれても良いのでは?


「そうは言わずに、一応教頭先生に確認を取って下さい」

「いや、無理だから」

「そうは言わずに。一回確認を取ってもらえるだけで良いので。少しは生徒の為に頑張ったアピールを見せてくれないと、無気力教師のレッテルを張られちゃいますよ?」

「はぁー……。一回だけよ?」


 大きな溜息と共に越谷先生は、職員室の前の方にある教頭先生の位置にまで歩いて行きます。

 私はそんな越谷先生の背後をひっそりとついていき、教頭先生の視界に入る位置で、小さな黒いメモ帳を取り出してみせます。

 そして、ページを軽く捲ったりしてみて教頭先生にアピールをしてみせると、教頭先生もそれに気付いたのか、顔を真っ青にして私に視線を向けてきました。


 ……どうやら、分かってもらえたようですね。


「あの、教頭先生、ちょっと宜しいでしょうか?」

「霧島さんの好きにさせてあげて下さい……!」

「え!? 何で!?」


 越谷先生は驚いておりますが、生徒の熱意がきっと教頭先生に伝わったのでしょう。

 ですが、幸那様は非常に懐疑的な目で私に視線を向けてきます。


「……カスミン、その黒い手帳は何?」

「ただの普通の黒い手帳ですよ。何の含みも御座いません」

「…………」


 幸那様があからさまに怪しんでおられるのですが、まぁ大したものではありませんのでお気になさらないで欲しいものです。

 これは、なのですから。


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「何故か屋上で火を扱う許可が出てしまった……」


 呆然とする越谷先生はさておいて、私達は早速屋上に場所を移し、昼食の準備を始めます。持ってきた大き目のナップザックを下ろすと、キャンプで使うシングルバーナーを手早く設置――。


 三つもあれば十分ですかね?


 なお、ナップザックは飾りで、各種キャンプ道具は能力を使って報徳院家の倉庫から取り出していたりします。

 これらのキャンプ道具は、私が修行の旅に出かける時に使ったり、旦那様が大型連休の際に家族でキャンプに行く時に使ったりしていますので、埃を被っているといった事もあ

りません。

 そんな使い慣れたキャンプ道具を設置していると、越谷先生が興味深そうに私の手元を覗いてきます。というか――、


「何故、先生が此処にいるんですか?」

「いや、生徒たちだけで火を扱わせたら危ないでしょう? っていうか、何この本格的なキャンプ道具? それにメ〇ティンまで用意して……」

「なんでしたら、先生も食べていきます? 量は揃えてきましたので」


 私は気を使って越谷先生にそう伝えると、先生はあからさまに狼狽した様子で取り乱します。


「い、いえ、私は職員室で後で食べるから……」


 それだと、お昼休みの時間で食事が終わらないのではないでしょうか?


 仕方がないので、私は黒の手帳を懐から取り出して、何も無い白紙のページを開いて、さもそこに何かが書かれているように確認します。


「でも、最近ずっと職員室でまとめて注文する店屋物ばかり食べてますよね? 体を壊してしまいますよ?」

「な、何故それを!?」

「……秘密です」

「というか、その黒い手帳は何!?」

「ただの何の変哲もない手帳ですが……」


 私は嘘を言っておりません。

 大体、こんなあからさまに証拠が残りそうな物を人前でわざわざ取り出すほど阿呆ではありません。

 ですから、本当にこれは何の意味もない手帳なのです。

 本当のデータは私の頭の中と、ベティの管理するサーバーの中だけにあるのですから、この手帳には本当に何も書いていないのです。

 越谷先生は少しだけ浮かない顔をしていましたが、吹っ切れたのかサバサバとした表情を見せます。


「まぁ、私の分もあるというなら貰おうかしら」

「ツンデレですか?」

「ツンデレだね」

「うるさいですよ、二人共!」


 子供の素直な感想だったのですが、越谷先生は気に入らなかった様です。

 私が敷いたビニールシートの上にお淑やかに座り込みながら嘆息を零します。


「はぁ……。最近、部活の顧問で忙しかったから、家で自炊するだけの気力が起こらなかったのよね……。それが、こんな所で思いがけず人様の手料理が食べられるなんて……」

「では、まずはちょっと豪華なチ〇ンラーメンからいってみま――何故泣いているんですか、先生?」

「昨日、食べたのよ……それ……」

「背中煤けてますよ、先生」


 まぁ、先生の都合は置いておいて、早速火で温めて実食といきましょうか。

 

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「あ、美味しい……」

「色々と趣向を凝らしておりますので、不味くはないかと思います。麺とスープはチ○ンラーメンですが、それに合うように特製の出汁を使って茹でてみました」


 どうやら、越谷先生のお口に会ったようですね。良かったです。


「チャーシューも凄く美味しいわね! これは、鳥?」

「はい。コンビニのサラダチキンをアレンジして作りました」

「ケッ、どうせ貧乏舌ですよ……」


 ヤサぐれる越谷先生を見ながら、幸那様が非常に不思議そうに首を傾げてらっしゃいます。


「何でまた先生泣いちゃってるの……?」

「美味しさに感動しているのですよ」

「ケッ!」


 泣いているというか、ヤサぐれていますね。

 でも、箸は止まっていないのを見るに口に合わないというわけではなさそうで良かったです。

 それでしたら、他の料理を振る舞っても問題なさそうですね。


「メ〇ティンは他にも炊き込みご飯やオムライス、パスタや燻製、パウンドケーキなどのスイーツも作れて便利なんです。今日はそれらを持ってきましたので楽しみましょう」


 私はナップザックからそれらのメ〇ティンを次々と披露しては並べていきます。

 それを見た越谷先生は実に微妙な表情で、並べられたメ〇ティンを見ておられました。


「あのね?」

「はい」

「その量をわざわざリュックに入れて持ってきたの? 重くない?」

「!?」


 私と幸那様は私がファウ次元ディメンションの力を使っていると暗黙の了解で理解していたのですが、越谷先生は別でした。

 私達は慌ててフォローします。


「き、筋トレが趣味なので!」

「そ、そう、彼女は意外と体育会系なんですよ!」

「いや、何か慌ててない?」


 越谷先生の半眼に耐えつつも、何とか誤魔化せたと思う事にしましょう。

 決定的な瞬間は見せていないはずなので、きっとセーフのはずです。


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「――はぁ、御馳走様。美味しかったわ」

「御粗末様です」


 越谷先生の疑惑もお腹が膨れればどうでも良い事として処理されたのか、その後は特に追及を受ける事もなく、私達は平穏無事に昼食を過ごす事が出来ました。

 メ〇ティン三箱分を平らげ、お腹いっぱいになったらしい越谷先生が満足気な顔で言ってきます。


「それにしても、霧島さんが料理上手だったなんて意外ね」


 そうなのでしょうか?

 私はあまり自分の客観的なイメージというものを考えた事がないので、そう思われている事が不思議です。


「いえ、今回、料理の仕込みをしたのは私です」

「え!? 報徳院さんが!?」


 そこで気分でも乗ったのでしょうか。

 幸那様が唐突にそんな事を宣言致します。

 越谷先生はあまりに驚き過ぎて、言葉を失い、そのままマジマジと幸那様を見つめるのですが――、


「嘘です」

「いや、宝徳院さんのその性格の方が意外だったわ……」


 幸那様のこの見た目からの、この性格は確かに意外性が高いかもしれないと私は納得するのでした。

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