第16話 何なんですか、この変態は
四月も下旬のこと――。
私は幸那様の部屋にお買い物の誘いに訪れておりました。
ですが、幸那様は真剣な表情で机と向き合っておられます。
私は邪魔をしないように静かに声を掛けました。
「幸那様、何をしていらっしゃるんです?」
そう問いかけると、幸那様は実に生き生きとした表情で私を振り返ります。
「勿論、ゴールデンウィークの計画を練っているんだよ!」
そういえば、来週はもうそんな時期でしたか。私としては平常運転なので、特に意識はしていませんでしたけど……。
ですが、幸那様にとってはゴールデンウィークは一大イベントのようです。高々と予定表を掲げて高笑いしていらっしゃいます。
「ふっふっふ、私は来週からゴールデンウィークイベントの女帝となる!」
ゴールデンウィークイベントの女帝とは何なのでしょうか? 私には良く分かりません。
ですが、分かる事もあります。
「幸那様、大丈夫ですか?」
「え? 何が?」
「ゴールデンウイークのど真ん中に体育祭があるのですけど? 運動不足で無様な姿を見せる事になったりしませんか?」
「…………」
幸那様は穴が開くほど予定表を見つめた後で――、
「誰だ、こんな連休のど真ん中に体育祭を入れた奴はーーーー!」
ビリリっと予定表を破いてしまいました。
どうやら、計算に入っていなかったようです。
それもこれも全ては地球の温暖化が良くないのでしょう。はい。
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◆◇◇◆ D2 Genocide ◆◇◇◆
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「仕方ないから少し体を鍛えよう!」
幸那様が思い立ちました。
素晴らしい御決断だと思います。
心の中で拍手を進呈致しましょう。
パチパチパチ。
「では、体を鍛えるついでに買い物にでもいきましょうか?」
私はついでとばかりに提案します。
千里の道も一歩からですよ。幸那様。
「いや、それってほぼ散歩でしょ? 体を鍛えることにならないから却下だよ」
「大丈夫です。こんな時のために鉛入りの買い物籠を用意してあります。片方でニ十キロあります」
「沈むって!」
「二つで四十キロです。まぁまぁ良い運動になりますよ?」
「それを平気で持ってるカスミンが信じられないんだけど!?」
いや、普通ですよ。普通。
今時の女子高生ならこれくらいはやりますよ。……ねぇ?
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「結局、買い物についてきてしまった……」
幸那様と嬉し恥ずかし買い物デートです。
るんるん♪
「幸那様、本日の晩御飯は何に致しましょうか?」
「四十キロも手に提げて、良く平気な顔でいられるね?」
「幸那様の前でしたら、どんな状況でも笑顔でいられる自信がありますよ?」
「いや、私のこと好き過ぎでしょ!」
当然ですが? 何か?
「それで、食べたい物などがありましたら、お聞きしたいのですが」
「うーん。特に食べたい物もないから、簡単な物で良いよ」
「そうですねぇ。でしたら……」
私は先程の幸那様との会話から着想を得ます。
「すき焼きでもしましょうか」
「それ絶対さっきの会話から思い付いただけだよね!? そもそも、本当に簡単なの⁉」
「具財を切って、後は煮るだけですし、そんなに難しくはないですよ?」
「くっ、何となくの高級感に騙されちゃう料理か……!」
まぁ、簡単に作れますとは言っても、食材には拘りたい所です。簡単な料理ほど食材の味に大きく左右されますからね。
特にメインであるお肉には妥協したくありません。A5ランクの牛肩ロースぐらいは揃えたいものです。それとも、近江牛のザブトンでもすき焼きにしてみましょうか。
「幸那様はどんなお肉が食べたいですか?」
「え? ワニ、肉……とか?」
「今からオーストラリアに行って、活きの良い奴を取ってきます……!」
「冗談! 冗談だから! こんな事で(ファウ
幸那様の場合、冗談が冗談にならないケースが多々あるのですから、発言には本当に気を付けて頂きたいところです。
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「何とか買い物も終わりましたね」
春の夜はまだ日が短いこともあり、夕焼けに照らされた町並みを幸那様と並んで帰ります。
尚、鉛入り買い物籠は私が二つとも持って帰る運びとなりました。どうやら、幸那様には重過ぎたようです。
「沢山買ったねぇ。卵とかも買ってたけど、買い物籠の中に入れて平気なの? 割れちゃわない?」
「割れやすいものは、先に家の冷蔵庫に送ってありますから心配無用です」
「そういう所はソツが無いというか……。まぁ、すき焼きで卵が無いなんて状況、絶望以外の何物でもないからねぇ」
幸那様がカラカラと笑う中で、私は不穏な気配が近付いてくるのを感じていました。
ファウ
「お前ら、ちょっと待つエビ!」
そう、頂人の気配に魔法少女は敏感なのです。何処かにこの体質を直してくれるお医者さんは居ませんかね?
「ワシは頂人、瀬戸内海老蔵! 日本人の食卓の十割にエビ料理を浸透させる為に頂人となった者エビ! 聞けば、お前ら、本日の晩御飯はすき焼きらしいエビな!
その頂人は十字路の角からいきなり現れると、そんな事を宣います。
頭は海老で体は黒の全身タイツを着た人間そのもの。頭の大きさと体の細さが相まって、とても貧相に見えます。
そして、両手にはボクシンググローブを嵌めていて、シュッ、シュッと小気味良い音を上げる中――何故か股間に生の伊勢海老が蠢いています。
――幸那様の教育に大変不適切では無いでしょうか?
私は遠心力で買い物籠をぶん回すと、それをそのまま海老男の脳天に叩き付けます。
「鉛入り買い物籠クラッシュ」
一瞬、割れ物は入ってなかったか心配になりましたが、後の祭りです。
……いえ、卵同様に家の方に送っておりましたね。
流石、幸那様の幸運体質。
ソツがありません。
「エビフリャアアアア!? プラズマパンチを披露する機会がぁぁぁ!? エビッショォォォォン!」
鉛入り買い物籠の角が良い感じの角度で海老頂人に突き刺さり、海老頂人は絶叫を上げてパタリと倒れます。
そして、それと共に頂人から普通の人間に戻ったみたいですね。
全身タイツ姿は変わりませんが。
元からこれって……変態ですか?
「何なんですか、この変態は……。帰りましょう、幸那様」
「普通の人間だったとしても勝てちゃうんだね、頂人って……。それにしても、股間に伊勢海老って……」
「幸那様?」
「な、何でも無いよ! か、帰ろう!」
誤魔化すようにして早口で捲し立てる幸那様の斜め後ろに連れ立って歩きます。
しかし、今回の件で幸那様が変なモノに目覚めなければ良いのですが……。
……心配です。
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「はぁ、はぁ……頂人の気配を感じ取って来てみたが……。既に終わってしまった後か……」
私は長い髪を振り乱しながら現場へと駆けつけていた。
だが、既に事態は収束してしまった後のようだ。現場には全身タイツを着た変態の姿しかない。
私は息をゆっくりと整えながら、考えを纏めるようにして呟く。
「これは、私以外のフェアリーウィッチの仕業だろうか……?」
そう、私はファウ
悪の頂人たちと日夜死闘を繰り広げている者だ。
そして、今日も何となく頂人が暴れている気配を感じて急行したのだが、既に事態は解決してしまったらしい。
しかし、頂人の気配を感じ取ってから事件解決までの時間があまりに短かい。
これを解決した者は、相当の強者に違いない……。
「新しいファウなのか、それとも……」
私の脳裏に、過去に出会ったとんでもない強さのファウの姿が蘇る。
彼女たちの事を私は知っている。
「朝比みるく、それに三浦アリサ……いつになったら、お前たちと出会えるのだろうか? やはりAV業界に連絡を取った方が良いのだろうか……?」
……二人共、凄いテクニシャンだったが、あんな技術をどこで身に付けたんだろうか?
ちょっと興味あ……いや、無い!
そ、そんなにフシダラな女じゃないぞ、わ、私は! うん!
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かくして、ファウ
いえ、知っていても色々と手遅れだと思いますが……。
魔法少女フェアリーウィッチズ 〜D2 Genocide〜 ぽち @kamitubata
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