Episode 19 青天の霹靂
二人のソルシエは触手の無いクラゲのような姿をした半透明なエヌミの前に立ちはだかった。グロワールリリーにとって、二階建ての家の高さを優に超える大きさのエヌミとの遭遇は、これが初めてだった。
「はぁーーっ!!」
グロワールリリーが偃月刀でエヌミに斬りかかるも、その刃は空を切っただけだった。それを見たフォーンリリーは思った。
――もしかして、物理攻撃が効かないのか?
フォーンリリーは一気に距離を詰め、エヌミを拳で突いた。しかし、これも虚しく何もない空間を貫いただけだった。
次の瞬間、視界の端で何かが高速で動いた。
フォーンリリーは反射的に顔を腕で守ると、強い衝撃が彼を横へ突き飛ばした。
「フォーンリリー!!」
フォーンリリーが激突したことにより、駐車場に止めてあった車のボンネットが大きくへこみ、ヘッドライトが粉々に砕け散ってしまった。
「俺は大丈夫だ! だけどここじゃ戦うには狭すぎる! どこかもっと広い場所に……」
「キュリフェ、お願い!」
「任せて♪」
キュリフェの首元にある紅色の宝石が光り輝き、辺りを包んだ。
目を開くと、そこは先程と全く同じ住宅街の景色が広がっていた。ただ、その色は色褪せた写真のようにセピア色になっていた。
「ここはキュリフェが作りだした別空間。ここなら、いくら物を壊しても実際の世界では影響が出ないから大丈夫」
フォーンリリーの疑問に答えるようにグロワールリリーが話し掛けた。
「……なら、思う存分やらせてもらう」
フォーンリリーは指の骨を鳴らした。
しかし、悠々と彷徨うエヌミはソルシエを攻撃する気配が無かった。むしろ遠ざかっているようだった。
「エタンセル・パラリティック!」
電気火花を散らして足止めしようとするも、エヌミをすり抜け、攻撃は当たらなかった。
「さっきから何なの?! 攻撃が当たらないとか幽霊じゃん!」
グロワールリリーがそう叫ぶ一方、フォーンリリーは冷静に考えていた。
――いや、エヌミの攻撃を受けるということは、実体はあるはず……!
「おい」
フォーンリリーの呼び掛けにグロワールリリーは振り返った。
「俺がおとりになるから、やつが攻撃する瞬間にあんたがやつを攻撃してくれ」
「え、でも、攻撃は当たらないんじゃ……」
「いや、きっと当たる。俺を信じてくれないか」
グロワールリリーは返答を一瞬思いとどまった。
「……わかった。気を付けてね」
フォーンリリーは頷くと、軽々と屋根に飛び乗り、屋根をつたってエヌミに接近した。
そして、助走をつけて飛び上がった。
「アクアバロン!」
水の球をエヌミに投げつけたが、これも同様にその体をすり抜けた。だが、地面に当たった瞬間、大きな爆発が起こり、周囲は白く包まれた。
次の瞬間、何かが白濁した視界の中から飛び出した。
「今だ!!」
「エレクトロラム!」
電気を帯びた刃がエヌミの表面を切り裂き、真っ黒な液体が噴き出した。
「当たった!」
「よし!」
ダメージを受けたエヌミはよろめいた後、まばたきする間に姿を消した。
「消えた?!」
二人は背中を合わせ、周囲を警戒した。
すると、数メートル離れたところでエヌミは再び現れた。
その姿を捉えたグロワールリリーは駆け寄り、偃月刀を振りかざす。
「エレクトロラム!!」
グロワールリリーのすぐ背後にもう一体のエヌミが現れる。
「待て! やつはそこじゃない――!」
反応が遅れたグロワールリリーは一瞬、内臓がふわっと浮き上がるのを感じた。次の瞬間には上空から落ちていた。
「――っ!」
フォーンリリーは飛び上がり、落下するグロワールリリーを抱き止めた。
「ごめん、ありがとう」
「気にするな」
フォーンリリーはグロワールリリーをそっと地面に下ろした。
「あいつ、急所はあるのか?」
「ウイユを壊せば一発だよ」
「ウイユ?」
「ほら、あの『目』みたいなやつ」
グロワールリリーはエヌミの頭上を指差した。
「エヌミによって『目』が複数のときもあるけど、今回は一つしかないみたいだから、それを壊せば倒せるはず」
「『目』を壊せばいいんだな?」
そう話す内に、エヌミは再び姿を消した。しかし、今度はすぐに姿を現した。消えては現れることを繰り返しながら、二人の方へ徐々に近づいていく。
「エタンセル・パラリティック!!」
しかし、グロワールリリーの攻撃はエヌミに的中する手前で力尽きた。
「どうして……マジィが……届かないっ」
「攻撃される度にエヌミが君たちのマジィを吸収していたみたいだね♪」
先程から二人の戦いを見ていたキュリフェが言った。
「そんな……どうすれば……!」
再び姿を現した時には、フォーンリリーの目と鼻の先まで接近していた。
エヌミはフォーンリリーに攻撃を仕掛ける。その速さに、フォーンリリーは避けることが出来なかった――かのように思えた。
「リキッド・ディスパリュ」
フォーンリリーの腕を含む体の一部が弾け飛んだ。いや、正確に言えば、液体に変わったのだ。
エヌミの「目」が見開かれ、ギョロリとフォーンリリーを捉えた。彼はその様子を見てニヤリと笑った。
「こっちも体が消えて驚いたか?」
次の瞬間、浮遊していた水のようなものが体に引き寄せられ、元の腕の形に戻ったかと思えば、フォーンリリーは目にも止まらぬ速さで体勢を立て直し、エヌミに鋭い突きを食らわせた。
拳はその体にめり込み、エヌミは住宅街を破壊しながら吹き飛んだ。
「す、すごいパワー……って、やった本人が一番驚いてるんだけど?!」
フォーンリリーは言葉を失ったままエヌミが破壊した跡を、目を皿にして見つめていた。
「いや……まさかここまで火力が出るとは思わなくて……」
エヌミは瓦礫の中からゆっくりと体を起こした。
「まだ駄目なのか……」
「見て、ひびが入ってる!」
グロワールの言う通り、エヌミのウイユには弾丸で貫いたガラスのようなひび跡が入っていた。
「次で仕留める」
フォーンリリーが駆けだすのと同時に、グロワールリリーもその後ろを追った。
ソルシエの二人がこちらに向かっているのを認識すると、エヌミも真っ向から距離を詰めた。
「エレクトロバロン!」
グロワールリリーはエヌミを囲い込むようにいくつもの電気の球を地面に打ち付けた。
エヌミは一瞬怯むも、柔軟性のある体をねじりながら難なくかわした。そして、捕食する獣が大きく口を開けるように体を広げ、フォーンリリーを吞み込んだ。
しばらくすると、エヌミはブクブクと膨らみ始めた。いよいよ破裂するかと思われるほど肥大したとき――。
パアァァンッ!!!!!
大きな炸裂音と共に滝のような水の柱が天高く昇った。水がゲリラ豪雨のように地面を叩きつけると同時に、エヌミの姿は黒い霧のようになって消失し、鈍色の球がフォーンリリーのブローチに吸い込まれていった。フォーンリリーは息を吐いた。
「大丈夫?!」
グロワールリリーはフォーンリリーの元へ駆け寄った。
「ああ、問題ない」
フォーンリリーは濡れた髪を掻き上げながら答えた。
「よかったぁ。それにしてもミハルくん、戦い慣れてるし、すごく強いんだね。一緒に戦える仲間ができて、嬉しい!」
――仲間、か。
「これからもよろしくね!」
フォーンリリーは微かに笑って短く答えた。
「……ああ」
別空間から戻った二人は帰路に就いた。リオはミハルの様子を伺いながら話し掛けた。
「そういえば、戦う前……校門の前で何か言おうとしてたよね?」
ミハルはきょとんとしたのち、思い出したように声を漏らした。
「ああ……」
リオの方に向き直り、背筋を伸ばした。
「もうあんたを避けたり、壁を作ったりしない。だから……これからは普通に、クラスメイトとして話してくれないか?」
「……!」
それを聞いたリオは満面の笑みで返した。
「うんっ!」
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