Chapitre 3 花厳チヨ、またの名をショコラテリリー

Episode 11 濡羽色の髪の美少女

「あら、こんな時間にどこ行くの?」


 リオの母は小さめのスポーツバッグを持ったリオを見て食器を洗う手を止めた。


「マーちゃん家の銭湯」

「あらそう。気を付けて行ってきてね」

「うん」

「ねーちゃん、帰りにアイス買ってきてー」


 こたつから顔だけ出してテレビを見ながらそう言ったのはリオの弟、レオだった。


「この季節に? しかもあんためっちゃ寒そうじゃん。風邪ひくよ」

「このあったか~いコタツの中でつめた~いアイスを食うのがいいんじゃん。あと、風邪引かねーし」

「あ、そっか。馬鹿は風邪引かないって言うもんね」

「はあ? 馬鹿じゃねーし!」

「はいはい、二人とも喧嘩しないで。リオも、買ってきてあげなさい」


 姉弟はふん!とそっぽを向き、リオは怒り気味に行ってきます、と言って家を出た。




「ああ、いらっしゃい」

「こんばんは、おじさん」

「いやー嬉しいね、こんな可愛い子がいつも来てくれるなんて。うちの娘にしたいくらいだ」

「あ、あはははは……」


 毎度のように褒めてくれるマユコの父の言葉にリオは苦笑した。


「あ! リオ!」

「マーちゃん」


 女湯の暖簾のれんをくぐって出てきたのはマユコだった。


「いらっしゃい、ゆっくりしてってね!」

「うん、ありがとう」


 リオはさっそく更衣室に入り、結っていた髪の毛をほどいた。


 ――ほのかな甘い香りと、懐かしい匂い……お香?


 ふと桜と小豆が混ざったような匂いがした方を見ると、長身で大変スタイルの良い高校生くらいの濡羽色の髪の少女がリオの背後を通り過ぎた後だった。


「…………」


 リオは自分の体を見下ろして少し悲しくなった。




「ふぃ~~~きもち~~」


 リオは湯船に浸かると、何とも女子高校生らしからぬ声を出した。ふと横を見ると、少し離れたところに長い髪をまとめ上げた先程の少女がいた。その様子を見て、リオは思わず呟いた。


「……浮くんだ……」


 一瞬こちらに視線を向けられ、リオは反射的に前を向いた。

 しばらくすると少女は浴槽から出ようと、リオに背を向けた。リオはそれを見て固まった。その背中は絹のように白く滑らかで、大変美しかった。しかし、それが逆にある物を目立たせていた。


「…………」

「どうしたの、リオ?」

「見間違いだと思う……けど」

「けど?」

「背中に百合紋章型の痣フルール・ド・リスが……って!!」


 いつの間にか、キュリフェがリオの隣で気持ちよさそうにお湯に浸かっていた。しかもちゃっかりタオルを頭に乗せている。咄嗟にキュリフェを抱き寄せ、辺りを確認するリオ。


「く、くるしぃ~」

「あっ、ご、ごめん」


 リオは腕を緩めた。


「もー。見えてないから大丈夫だってばー。慌てすぎて逆に目立ってるよ?」


 実際、かなり大きな音を出したせいで何人かがこちらの様子をちらちら伺っていた。リオは気恥ずかしそうに首までお湯に浸かった。


「それで? フルール・ド・リスがどうしたの?」

「うん……さっきの黒髪の女の子の背中に見えたような気がするんだけど……いや、気のせいかも!」


 キュリフェはしばらく無言でリオを見つめた。


「そっかー。じゃあリオと同じソルシエかもね」

「へ」

「ボクはちょっと見てないから何とも言えないけど、リオが言うんだったらきっとそうだね♪」

「え、ちょっと待って。ソルシエって全員で何人いるの?」

「さあ? ボクだって神みたいに万能じゃないからその時にならないと分からないよ」

「そうなの?」

「そう。こう、ビビッと来るんだよね♪」


 ――キュリフェって何かと雑だなぁ。


 そんな思いが一瞬過ぎったが、プカプカ浮かんでいる様子が非常に可愛らしかったのでそれはすぐにどこかへ行ってしまった。

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