Part 1

Chapitre 1 狐坂リオ、またの名をグロワールリリー

Episode 1 少女R

 空を覆い尽くすどんよりと重そうな鈍色の雲とは対照的に、世界は銀色に美しく輝いている。


「いってきまぁす」


 家を飛び出した、後ろで一本の細長い三つ編みをした少女は急いでいるのか、腕に抱えたマフラーをするのも忘れ、白い息を吐き出しながら走り始めた。


「バスに……間に合わない……!」


 その少女、狐坂こさかリオはかつてないほど全力で走っていた。己の足の遅さに、この時ほど恨んだことはないだろう。そしてその行く先を阻むかのように、大きい荷物を持ったおばあさんが前方に。リオは道幅をほぼ陣取っているおばあさんを上手くかわして横をすり抜け、


 ――ん゛ん゛ーーやっぱり無視できない!!


 引き返した。


「大丈夫ですか! 持ちましょうか?! どちらまでですか?!」


 口早に尋ねるリオとは違っておばあさんはゆったりとした口調で言った。


「あらぁ。最近の若い子はやさしいのねぇ」


 リオはおばあさんの荷物を半ばひったくるように持った。


「まあ、力持ちなのねぇ。どうもありがとう」

「どういたしまして! それで、どこまで行くんですか?」

「あそこのバス停よ」


 指差した先はリオが目指しているバス停だった。


「あ、うちも行こうとしてたんです。一緒に行きましょう!」


 ――大丈夫、まだ時間は――ないけども!


 リオは刻一刻と進む腕時計の秒針を睨みつけた。――その動きが止まるかもしくは逆戻りすることを念じながら。


 エンジン音が聞こえたかと思うと、見慣れたバスがリオたちを追い越し、先にあるバス停に停車した。


「おばあさん、おばあさん! バス来ちゃいましたよ! 急ぎましょう!」

「大丈夫よ、そんなに慌てなくても。あたしが乗るのはこの次のバスだから」


 ――なにーーッ!?


 おばあさんは百面相するリオを全く気にかけることなく、ゆっくり、ゆっくりとマイペースに歩いた。

 ようやくバス停にたどり着いた頃には乗るはずだった本数の少ないバスはとうに出発し、残された選択肢は二つだった。この寒い中三十分かけて歩いて行くか、別ルートのバスに乗って途中から歩くか。どちらも学校に着くまでに掛かる時間はあまり変わらない。しかし、リオのバス定期はそのルートをカバーしていないので別途料金を払わなければならない。


 ――今月誕プレ買いすぎてピンチなんだよなぁ……。あ、バス来た。


「すみません、澄咲高校に一番近いところで降りたいんですけど、いくらですか?」


 結局、ぴったりお金が足りたのでリオは別ルートのバスに乗っていくことにした。




「……くしゅっ」


 途中下車したバス停から歩き始めて約七分。リオは元々冷え性だということに加え、前夜に積もった雪の冷たさで足の感覚は既に失われていた。厚手のマフラーに顔をうずめると、ふと白い綿のようなものが鼻先に落ちてきた。


「冷たっ! あ……雪……」


 この道を抜ければ学校に着く。本格的に降らない内に行こう、分厚い雲を見ながらそう思ったリオは歩く足を速めた。

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