Episode 18 エンカウント

 いよいよ新入生が入学し、授業も本格的に始まった。リオとミハルは席が前後だという事もあり、授業のグループワークなどで一緒になることが多かったが、二人の関係は相変わらず淡白なものだった。



 放課後、委員会の仕事を終えたリオは校門を出ると、危うく誰かとぶつかりそうになった。


「おっと」


 顔を上げると、Tシャツの袖をまくった同じクラスのミハルだった。どうやらランニングを終えて学校へ戻って来たらしい。


「あ、ごめん」

「いや、こっちこそ」


 ミハルはTシャツの襟で乱暴に顔の汗を拭いた。沈黙が訪れる。


「…………えーと、部活だったの?」

「自主練」

「そっか」

「…………」


 初めて会った日以来、二人は席が前後だという事もあり、それなりに話してはいたが、お互いにどこか壁を感じていた。リオは気まずくなって視線を下ろした。


「じゃあ……」

「狐坂」


 リオは驚いて顔を上げた。


「……始業式の日だろ」

「え?」

「あの日の俺のせいで気まずい思いをさせてる。悪かった」

「えっ、そんな、謝らないでよ」

「いや、俺が悪いんだ。本当にすまない」


 ミハルは軽く鼻を擦った後、ふぅ、と息を吐いた。


「……実は俺、花が好きなんだ。実家が花屋なのもあって」

「…………」

「でも、こんな見た目で、らしくないだろ? だから今まで隠してた。……あの日、あんたに花びらの違いを説明した時、気が緩んでたんだと思う。あんたがあんなに興味津々に見るから……」

「そんな、らしくないなんて……思ってないし、思わないよ」


 ミハルはふっ、と笑った。


「やっぱり、あんたは優しいんだな。……あの時は正直、変な目で見られるんじゃないかと思ってた。けど、」


 深く息を吸い、一呼吸おいて続けた。


「あんただから話してるんだ。あんたなら大丈夫……そう思ったから。今もこうして真剣に聞いてくれてるのが何よりの証拠だ」


 ミハルの真っ直ぐな言葉と視線に、リオは頬がじわじわ熱くなっていくのを感じた。


「だから…………」


 ふと背中に悪寒が走り、ミハルは振り返った。


「何だ、あれ……」


 数キロ先で建物の高さを超える巨大なエヌミがのっそりと移動をしていた。


「えっ、ミハルくん見えてるの?!」

「あ、ああ」


 すると、キュリフェがどこからともなく飛んできた。


「リオ! その子もソルシエだ!」


 キュリフェは叫んだ。


「フォーンリリー!」


 すると、ミハルの右肩あたりにある百合紋章型の痣フルール・ド・リスが紫色に光り始めた。足元に魔法円が出現し、紫色の宝石が形成されたかと思うと、鋭い光の筋となって左目を貫いた。眩い光が消えると、紫色の衣装に身を包んだミハルが姿を現した。


「ミハルくんが、ソルシエ……」

「やっぱり、ボクの見込み通りだね」


 キュリフェは呆気に取られているミハルに近付いた。


「やあ、初めまして。ボクはキュリフェ♪ よろしくね、フォーンリリー」

「フォーンリリー……俺のことか?」

「そうだよ♪ 突然だけど、キミには世界を救うお手伝いをして欲しいんだ。そこに巨大な黒い物体がいるでしょ?」


 キュリフェはエヌミの方を向いた。


「とりあえずあれを倒して欲しいんだ」

「うちからもお願い」


 変身したリオはフォーンリリーに一歩近づいた。


「あんた……狐坂なのか?」

「うん。マジで超意味不明かもしれないけど、あれ、倒さないと人間界が消滅しちゃうの」


 ――マジで超意味不明なんだが。ここはファンタジーの世界か? 何かの悪い冗談だろ……。いや、狐坂はきっとこんな風に冗談を言う人じゃない……。


 グロワールリリーの真剣な眼差しを見てフォーンリリーは腹を括った。怪物をこの目でしっかりと見てしまった以上、信じるほかない。


「分かった。俺はどうすればいい?」

「まずはエヌミに近付こう。うちに付いて来て」


 グロワールリリーは背を向けて走り始めた。かなりの速さに驚いたフォーンリリーは後を追いながら彼女に問いかけた。


「あんた、走るの苦手じゃなかったのか?」

「そうなんだけど、変身した時は速く走れるようになるんだ。……ていうか、なんで知ってるの?」

「……初めて会った時の走り見たら何となくそうじゃないかと思って」

「うっ……恥ずかしいなぁ……」


 キュリフェがフォーンリリーに近付いた。


「変身すると身体能力が飛躍的に向上するとともに能力値が一番低いものが強化されるからね。グロワールリリーの場合は足の速さだったってこと。キミの場合は跳躍力だね」

「跳躍力……」

「戦えそう?」

「……正直分からない。やるだけのことはやるつもりだが」


 ――そもそも今の自分のポテンシャルも分かってないのに、どう戦えって言うんだ。


「まあ、キミは体力と防御力が高いみたいだからそうすぐにはやられないと思うけどね♪」

「見て」


 前を走っていたグロワールリリーが声を上げ、足を止めた。


「家をすり抜けてる……」


 巨大なエヌミは周囲の住宅を破壊することなく徘徊していた。


「これ、周りにはどう見えてるんだ?」

「何も見えていないよ♪ 稀に見える人もいるけど。ただ、エヌミの姿そのものは認識されていなくても、確実に何かしらの形で影響は出るから早くやっつけるのが得策だね」

「風がないのにボールがどこかへ行っちゃったり、エヌミの力で近くにいた人たちが道端で眠っちゃったりとかね」

「……そうか」


 グロワールリリーはフォーンリリーの反応を聞いて頷いた。エヌミを睨みつけ、偃月刀を構え直した。


「さあ、行くよ!」

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