Episode 9 恐怖は闇の中(2)

 橋の向こう側に飛んでいくエヌミを追いかけ、二人は想像を絶する光景を目の当たりにした。


「闇が広がってる……!?」


 まるで夜を引き連れているかのように、エヌミが通った空間は闇に侵食されていった。エヌミは橋から下の線路へ舞い降り、駅のホームに向かい始めた。


「まずい……!」


 オレオールリリーは全く躊躇せずにひらりと橋から飛び降りた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 いくら身体能力が格段に上がっているとはいえ、五メートルは優にある高さから飛び降りれば確実に骨は折るだろう。そう思ったグロワールリリーはなかなか踏み出せずにいた。


「グロワールリリー、大丈夫だよ! ボクを信じて!」

「で、でも……」

「大丈夫だって! ほら! オレオールリリーは無傷でしょ?」


 先を走って行くオレオールリリーの姿とキュリフェの言葉に励まされ、グロワールリリーは覚悟を決めて飛び降りた。不思議なことに、まるで月面にいるかのようにふわりと着地することができた。


「ね? 大丈夫でしょ♪ さあ、早く後を追いかけよう!」


 駅のホームのベンチには女子高校生が座っていた。参考書に影が落ち、辺りが暗くなったことに気が付いた彼女は顔を上げると、エヌミはその少女に触手を一瞬で巻き付けた。吸収管と思しき細長い管を出すと少女の目に刺し、何かを吸い上げた。すると、見る見るうちに切り落とされた触手が再生した。


「っ……!」


 その様子を見たオレオールリリーは顔を歪ませた。エヌミは用済みの女子高校生を投げ捨てると、ソルシエの二人に向き合った。


「エヌミは僕に任せろ! おまえはあの人を!」

「わかった!」


 ――とりあえず怪我はないか確かめて、安全な場所へ運ぼう。


 エヌミは先を急ぐグロワールリリーに触手を伸ばそうとしたが、複数の光の矢がその間を引き裂いた。


「おまえの相手は僕だ!!」


 オレオールリリーは怒りをあらわにした表情でエヌミを睨みつけた。彼は一気に距離を詰めると飛び上がって弓を構え、至近距離でエヌミの目を見据えた。矢が手から離れ、その目に突き刺さった、ように思われた。


「なっ!!」


 矢は虚無を貫き、儚く消えてしまった。矢を放った瞬間、エヌミは既にその場から姿を消していた。グロワールリリーが狙ったのはエヌミの残像だった。


 ――さっきより早くなってる! 回復したせいか?!


 エヌミはいつの間にかグロワールリリーの前に現れ、それを予想だにしていなかった彼女は走る足を止めることができなかった。エヌミは大きく羽を広げると、目のような模様がはっきり表れた。


「……っ!」


 先程まで全力疾走していたグロワールリリーの動きがぴたりと止まり、エヌミは目と鼻の先にいた。


 ――体が動かない? なんで!?


「グロワール!!」


 エヌミがグロワールリリーの頭上で鱗粉をまき散らすと同時に、オレオールリリーはグロワールリリーを突き飛ばし、光の傘で自衛した。しかし、そのほんの一粒が不運にも目に入ってしまった。


 オレオールリリーはプツリと糸が切れたように膝から崩れ落ちた。遠くの方で彼の名前を呼ぶ声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る