第五話:Re:幼馴染と入学式 後編

 ざわり、と、教室内が動揺の空気に包まれる。

 当然だと思う。超絶美少女を、オタク感あふれる平凡へいぼん男が紹介すると宣言したのだから。


「……えっと、如月きさらぎくん。急にどうしたの?」


 俺と二乃のやりとりなど知る由もない教師は、突然立ち上がった風に見えたであろう俺に尋ねてきた。

 俺は、二乃にのの隣へと移動しながらその質問に答える。


「俺が此花このはな二乃の紹介をするんです。二乃から直々に頼まれたので」


 ざわり、と、再び教室内が動揺の空気に包まれる。

 それを聞いた教師が二乃を見るが、彼女はニコッと満点笑顔で頷く。肯定だ。


 それで黙り込んだ教師やクラスを尻目に、俺は息を大きく吸う。


「こいつの名前は此花二乃。俺と同じ、〇△中学の出身だ」


 実は滲み出ている緊張を誤魔ごまかすため、声を大きくして俺は二乃の紹介を始めた。

 それに、こうすることでもう口を入れる隙間などないだろう。


 ……ただ、さすがの俺といえども二乃の情報を全て知っている訳では無い。

 だから、それを二乃に尋ねるように視線を合わせ、帰ってくる答えを皆に伝える。


「好きなものは意外にもアニメ。趣味はお菓子作り……最近はクッキーに挑戦したのだとか」


 そのクッキー食べたかった!と瞬時に思ったが、我慢して心の中に留めておく。

 この空気を作ったのは俺自身なのに、それを崩すことになる。


 ……というか、本当に二乃は''''が分かりやすいよな。

 さすがに、目を合わせるだけじゃ俺も分からないことがあるため、本当に助かる。


 二乃が声が出せなくなった時から、俺たちはジェスチャーでコミュニケーションを取っていた。

 手話、という方法は小さい頃の俺たちには難しく、親もそれを理解して、そのまま今に至っている、という感じだ。


 そんなことを考えつつも、俺は最重要なことを皆に告げる。

 この高校生活で、二乃が居心地よく過ごすことができるように……


「最後に、二乃は昔の病で声を失っている。それでも良いなら、是非ぜひ仲良くしてやってほしい。これは俺からのお願いだ」


 昔は心を閉ざしてしまっていた二乃だが、今はもう大丈夫。

 折角の高校生活だ。友達をいっぱい作って……立派な恋をして……満喫して欲しい。


 それが、幼馴染としての切実な願いだ。

 朝の時もモノローグで告げた通り、俺もそれに手助けしてやるつもりである。


 ……欲張りだが、そこに俺がいたら。

 どうみても不釣り合いな存在だが、そこに俺がいたら、俺はとても嬉しい。


 俺は最後に、頭を深く下げてから、自分の席に戻った。

 二乃と頭を下げると、お礼するかのように俺に微笑んでから、自分の席へ戻っていく。


「えっと……此花さん、そして如月くん、ありがとう。二人はとても仲がいいのね」

「そりゃあ、幼馴染ですので」


 教師の言葉にそう返し、俺は続いていく自己紹介に耳を傾けるのだった。



 □



「一樹氏〜」


 ──自己紹介を終えて少しすると、すぐに下校時間となった。


 次の登校は始業式である三日後。今の内にクラスに馴染もうと、教室内が騒がしい。

 見れば二乃も様々な男女から話しかけられている。それを見て、俺は少しほっとした。


「モノローグにふけって拙者を無視しないでくれませぬか?」

「『一樹氏』とか変な呼び方されたら無視したくもなるわ!てかなんだよその口調!」


 それとさらっとモノローグを読んでるんじゃねえ!御法度ごはっとだろ!

 中学からの友に連続でツッコミ、俺はぜえ、ぜえと荒らげた息を整える。


「ははっ、冗談だよ〜。同じクラスになったから、ちょっとご挨拶にと思ってね」


 ……柊木三助ひいらぎさんすけ。前述の通り中学のオタ仲間で、ぽっちゃり笑顔が素敵な愛されキャラ。

 同じ高校とは聞いてはいたが、こいつと同じクラスなのは正直俺もびっくりしていた。


「それと、このクラスのオタ仲間を早速見つけたから、一樹にも紹介したかったんだ」


 加えて、相変わらずと友達作りが早い。まだ終わってから5分程度だというのに。

 それを聞いて見てみれば、確かに三助の後ろには二人の同級生が立っていた。


 片方はメガネを掛けた男子。自己紹介で思い出すと、確か名前は蓮川四郎はすかわしろうといった。

 普通に顔が整っており、あまりオタクっけがあるとは今のところ思えない。


 もう片方は少し弱気な印象を受ける黒髪ショートボブの女の子。名前は確か橘五美たちばないつみ

 こちらも普通に顔が整っているし、双方あまりオタクっけは見受けられないな。


「この二人カップルらしくてさ、楽しそうにラノベの話をしているのが聞こえたんだ」

「お前すごいな」


 楽しそうに話しているカップルに話しかけるとかどんな神経してんだこいつ。


 見れば、三助の言葉が恥ずかしいのか二人共顔が赤い。……初々しいな、なんか。

 様子を見る限り、カップル揃って高校デビューか何かをしたのだろうか。


「……えっと、よろしくな。蓮川くん、橘さん」


 少しばかり気まずい空気を察知しながら、俺は二人にそう言って頭を下げた。

 そんな俺の言葉で二人はハッ、とした様子で一緒に頭を下げてくる。やはり初々しい。


「こちらこそよろしく」

「おねがいします……」


 そう言って蓮川くんが手を差し出してきたから、俺も手を出して握手を交わす。

 ただ、そこを合わせようとするのはどちらかと言うと夫婦な気が……


「じゃあみんな、早速だけど、〇□ってライトノベル、知ってるよね?」


 すると、三助が話題を展開してきた。恐らく、親睦を深めるためであろう。

 俺も彼らも、三助の気遣いに甘えて話を繰り広げることにしたのだった。



 □



「それな!あそこすげえ萌えだよな!」

「そうそう!漫画の方も見たんだけど、そっちも最高だったよ!」


 なんか数分したら楽しくなってきた件。

 俺たち四人は色々と趣味が合って、すぐに意気投合することができた。


 もうノリでL〇NE交換しちゃったし、とあうかもうグルまで作ったし。

 やっぱオタク同士だけど、凄く楽しい!


 ──と、そんなことを考えて一人興奮していた時だった。


 気がつけば、自分の右手が何かひんやりとしたものに包まれる。

 その感触はというと、小さくて、さらさら……どこか、いや、つい先程まで、ずっとそれを感じていた。


 そちらへ振り返ると、案の定、二乃がぎゅっと俺の手を握って立っていた。

 上目遣いに見上げるその姿はまるで、小さな子どもを彷彿ほうふつとさせている。


「もういいのか?」


 あまりに可愛くて思わずドキッ、としたが、言いたいことを察した俺はそう尋ねた。

 今もまだ、二乃が居た場所では様々な人が会話をしているように見える。


 しかし二乃は、俺の質問にこくりと頷く。


「そうか」


 それを見た俺は頷き返して、その手をぎゅっ、と握る。


「じゃあ、俺たち帰るよ。漫画の方、今度貸してくれたら嬉しい」

「ああ、うん。ばいばい」

「ばいば〜い」


 手を降ってくれる三人を尻目に、俺と二乃は教室を後にした。

 早速友達を作ることが出来たし、これからの高校生活が楽しみである。

 二乃の手の温もりを感じながら、俺は一人そう考えていた。



 □



「あの、私思ったのですけど、如月くんと此花さんって付き合っているのですか?」


「ん?いや、付き合ってないと思うよ」


「「えっ、あれで!?」」



 □ (此花二乃 視点)



 二つのアドバイスを実行してみましたが、どうなのでしょうか。


 今のところ、異性として意識してもらえてるのかすら、少し心配です。


 幼馴染という関係も素敵だとは思うのですが、私はもっと上を目指したいのに。


 ──ただ、それでも、やっぱり……かずくんの手はとても温かくて、安心します。

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