第十一話:Ne:順調な嫁

 ──今日もまた、''いつもの時間''が来た。


 風呂上がりに自室へと戻ってきた俺は、拭き損ねた水滴をタオルで拭いながらPCを起動して、例のネトゲを開く。

 今日一日を振り返るとかなり濃かったのだが、この日課を忘れることは出来ない。


 ……ディスプレイに映ったのは、前回ログアウトした場所である[始まりの街]だ。

 名前の通り皆が最初に訪れる場所で、アイテムやガチャなどを販売している。


 なお、周りにファウの姿は見当たらない。

 フレンドリストを確認するが、まだログインしていないようだ。


 それなら、ちょうど必要なアイテムが不足していたし、今の内に補充しておこう。

 ログインボーナスでガチャアイテムも貰えたから、ついでにそっちの方も。


 そう思い至って、俺はマウスとキーボードを動かした。



 □



【セコンさん、こんばんは〜(・ω・) ノシ】


 ──全ての作業を終えたところで、タイミング良くファウがログインしたようだ。

 ゆっくりと走るモーションを取りながら、青髪美少女がこちらに近づいてくる。


 意外だったガチャの結果に目を丸くしつつも、俺はキーボードに両手を乗せた。


【こんばんは、ファウ】

【今ガチャを引いていたんだけど、まさかのこれが当たったんだ】


 そう送信して、俺は黒い下地に金と紫の刺繍が施されたローブをファウに送る。

 高いステータス上昇と強いスキル付与で、ファウが以前欲しがっていたのを思い出す。


 そのローブを確認したらしいファウの返信は、とても早かった。


【これ当たったんですかΣ( ˙꒳​˙ )!?すごい運ですね・・・!】


 とても興奮している様子で、温和なイメージのファウには珍しく熱が入った様子だ。

 そんなファウを見て、俺は頬を緩ませながら返信を入力する。


【良かったらそのままプレゼントするよ。僕は絶対使わないと思うしねw】


【えっ、いいんですか!?】


「いやだから俺は絶対使わないんだって」


 そのローブは主に魔法を強化するのだが、俺が使う職業にそれが合うのは存在しない。

 俺は基本的に物理攻撃の近接型で、バフ以外に魔法は使うことはないのだ。


 それに比べて、ファウが使う職業はプリースト含めてほとんどそちらに特化している。

 サポートもそうだが攻撃役も上手いファウが使えば、強さに磨きがかかるであろう。


 俺は焦りながらその旨を伝える。


【なら、お言葉に甘えて・・・本当にありがとうございます!大切にしますね⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝】


 少しばかり大袈裟な気はするが、喜んでくれたならばこちらも嬉しい気持ちになる。

 そんなやり取りをしつつも、俺たちは本題にいくため、曜日ダンジョンへと向かった。



 □



 ──新しくゲットしたローブを試すため、無双するファウを俺は盾として守っていた。


【回転率とリスクが以前の装備より著しく良好です!すごいですよこれ!】


【やけに論理的だね。まあ、ファウに合ってくれたようでなによりだよ】


 ノリノリで攻撃魔法を連射するファウを見ながら、大盾を振るう俺は頬を緩ませる。

 ネトゲ上の存在だが、やっぱり嫁に喜んでもらえるのは案外嬉しいものだ。


 そんなことを考えつつも、俺は早速と本題を切り出すことにした。

 昨日のやりとりを思い出しながら、急いでキーボードを叩いていく。


【クッキー、どうだったの?】


 そう問いかけるものの……手作りと言われて、喜ばない男などいるのだろうか。

 今日は俺も二乃からクッキーを貰ったが、手作りとわかるととても嬉しかった。

 味も本当に美味かったし、強欲が過ぎるのは分かっているが毎日でも食べてみたい。


 一人勝手に物思いに耽っていると、魔法を連射しながらファウからの返信が来た。


【美味しいと言って貰えることが出来ましたよ!とっても嬉しかったです(*´ω`*)】


 どうやら良い結果だったみたいだ。

 好きな人から褒め言葉とは、言っている通り本当に嬉しいものだろう。


 さっきはああ考えつつも、不安はあったので俺は胸を撫で下ろした。

 なんせ俺には恋愛経験がない。そう偉いことは言えないし、確信もできるわけがない。


【スキンシップの方も同様挑戦しましたが、なにやら彼の顔が赤かったです】


【多分ドキドキしてるんだと思うよ】


 続けてファウがそう送ってきたが、俺は遠い目になりながら速攻で返信する。

 昨日と同様、顔が赤い事がバレているその好きな子が可哀想に思えてきた。


 まあどちらにせよ、やっぱりその好きな子もファウに好印象を抱いていそうである。


【・・・まあ、いい感じじゃないかな?】


【だったら嬉しいですね・・・じゃあ、あとは何をすればいいでしょうか?】


「………」


 ……いや、それを俺に訊かれてもな。

 恋愛相談には乗っているが、何度も言う通り俺に恋愛経験はないのだ。


「ん〜……」


 だけど、だからって力に慣れないのも、ネトゲ上の夫婦としては示しがな……

 新たな高校生活。昨日も言ったが、やはりファウには幸せになって欲しいのだ。


 ゲーム内で大盾を振るいながら、俺は唸ってなにかないかと考える。


【あっ、そういえば】


 俺が返信できずにいたため双方無言だったのだが、ふいにファウがそう送信してきた。

 もしかしてなにか思いついたのだろうか。期待半分抱きながら、俺は首を傾げる。


【そういえば、春休みの間に近所でショッピングモールができたんですよね】


 ……なんだろう、偶然かなにかか?


 ファウはそう言ってくるが、この辺りでも最近、新しくイ○ンモールが開店した。

 そこは小中学校や近所の高校に近いため、まだ間もないのに大人気だと聞く。


 ……まあ、イ○ン以外にもショッピングモールは種類がたくさんある。

 一人勝手に疑問に思っただけだが、まさか一緒なわけがないよな、ははっ。


【そこで、デート、というのを誘ってみるのはいかがでしょうか・・・?】


「……デート?」


 ファウが続けてそう言うが、男女が日時を決めて会うことが定義の、あのデートか?

 あまり聞き慣れない、というか、俺には縁のなさそうな言葉だ……


 ……ただ、確かに仲が良いらしいし、一緒に買い物に行くのもありかもしれない。

 別の概念にはなるが、俺だって二乃とのデート……じゃなくて、お出かけは楽しいしな。


【・・・いいんじゃないかな】


 少し緊張感を感じながらも、俺は勇気を振り絞ってゴーサインを出す。

 ファウからの返信は、やはり早かった。


【わかりました・・・挑戦します】


 決行日は……明日は用事があるみたいなので、明後日の学校帰り、になった。

 なお、明日の用事は夜までも続くらしいので、明日の恒例行事はお預けである……



 □



「……続くのかな、これ」


 ──しばらくして計画が練り、お互いログアウトしたところで、ふと俺は呟いた。


 デート……恋人同士でやることの一つ。

 つまり、空気によってはファウのカップルが成立してしまうかもしれない。


 その場合、彼女が夜まで楽しむ場合も、もしかしたら有り得なくは無くて……

 二年と続けてきたこの関係が崩れる予感に、俺は少しばかり恐怖を覚えたのだった。

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