第十話:Re:母と趣味 後編

 ソファに座り直すと、早速とばかりに二乃にのが身体を寄せてきた。

 腹が満たされたことによって現れた満足感が、すぐに羞恥しゅうち心へと変化する。


「に、二乃?ちょっと待ってくれ」


 そんな二乃を、俺は時間経過で復活?した理性を振り絞り慌てて止めた。

 別に話したいことがあるのに、こうでもされたら口を開けなくなってしまう。


 しかし二乃は、俺の言葉にえっ……とでも言いたげに、絶望する表情を浮かべた。

 見開かれたことによって際立つグレーの瞳はうるんでおり、今でも泣き出す勢いだ。


「いやまてまてまてまて!」


 その様子を見て、俺は咄嗟とっさに叫んで一旦落ち着くように促した。

 見たことのないその表情に一瞬見入ってしまいそうだったのは、ここだけの秘密な。


「………?」


 とりあえず落ち着いてくれたのか、二乃は泣くことはなくこてんと首に傾げる。

 瞳は潤んだままだが、まさか泣かれそうになるとは俺じゃなくても予想出来まい。


 ……だが、何故泣きそうだったのだろう?

 もしスキンシップが拒まれたから、とでも言うのなら、さすがに気恥ずかしいが……


 頭にそんな疑問と、馬鹿げた例え話がふと浮かんでしまう。

 とりあえず、俺は本題を口にしてみた。


「趣味の話をしようぜ。昨日聞いて知ったけど、二乃もアニメが好きなんだろ?」


 自己紹介の時を思い出しながら、興味津々になって俺はそう尋ねる。

 二乃も、俺の言葉に目をキラキラとさせてコクコクと頷いた。立ち直ったようだ。


 俺たちは幼馴染で昔から遊んでいたとはいえ、お互いの趣味はあまり知らない。

 例の入り浸りな関係ではないため、インドアな俺たちだと必然だったのかもな。


 だからこそ、俺も二乃も乗り気である。


「とりあえず最初に聞くと、二乃はどんなジャンルを見ているんだ?」


 早速、俺は二乃にそう尋ねてみた。

 俺自身は結構な範囲をカバーしてるし、二乃は何が好きだろうと盛り上がると思う。


 すると二乃は、待って、というジェスチャーをして、ローテーブルに置いていたスマホを手に取った。

 いくつかの操作を見事な指さばきで行い、身体を寄せてきては画面を見せてくる。


 ……ちなみにその瞬間、再びドキッ、としてしまったのは言うまでもない。

 プラスして、一緒に見る姿勢だから、顔が先程よりもずっと近い。


 そっちメインではないため俺は首を振って、見せてきた二乃のスマホを確認する。

 ディスプレイには、動画配信サイトで有名なネ○フリのホーム画面が表示されていた。


 二乃はそれの[マイリスト]という項目を、ゆっくりと横にスライドしていく。

 どうやら、自分が見ていたり気に入っていたりするアニメを表現しているようだ。


 俺はこういった動画配信サイトと契約していないため、その豊富さに驚愕きょうがくする。

 まだまだ15歳の若者が言うべきではないだろうが、進化した時代になったものだ。


 ……よく考えたら、録画だけでオタクをやってきた俺が異質なのかもしれないが。


 二乃の[マイリスト]という項目には、主に日常系や、ラブコメディのアニメがあった。

 その中には、俺が見たことのあるアニメもあったが、興味はありつつも見ることが出来ていないアニメも様々である。


「これ全部見放題かあ……興味あるし、今度契約して見ようかなあ」


 その魅力を改めて目の当たりにし、俺は顎に手をえながらそう呟いた。

 テレビの録画も無限という訳ではなく、いつか消さないといけないし……な。


 そう一人考えに耽っていたら、ツンツン、と二乃に肩を突つかれた。

 どうしたのかと振り向き……はゼロ距離になるのでせず、俺は首を傾げて答えを促す。


 二乃はスマホを指差して、どうやらジェスチャーで何かを伝えているようだ。

 そのジェスチャーを見て、俺は目を見開いて二乃に視線を向ける。


「……いいのか?」


 恐る恐るとそう尋ねると、二乃は微笑んでコクッと健気に頷いてくれた。

 その仕草を見て、俺は頬をゆるめる。


「ありがとうな」


 二乃が伝えてきたのは……一緒にアニメをTVで見ないか、ということだった。



 □



 50インチのTVにスマホを繋げて、乃々華ののかさんが用意してくれたお菓子を食べながら。

 俺と二乃は、俺の門限である夕方になるまで、数々のアニメを視聴した。


 ただ……アニメも勿論面白かったのだが、二乃が一々身体を寄せてきて……だな。

 羞恥心に体中が侵食しんしょくされて、今となってはその内容をあまり覚えていない……


 今日は朝からずっと二乃に身体を寄せられたが、最後まで慣れることはできなかった。

 ご存知の通り、二乃も美少女だ。そんな彼女相手に、やはり俺が敵うわけもなかった。


「今日はありがとうな、二乃」

「………」


 でも、それによって二乃は、満足感と幸福感で満たされた笑顔を浮かべてくれている。

 それが嬉しくて、もういいや、と、今は黙って受け入れることに決めた。


「またいつでもいらっしゃい」


 此花家の玄関。笑顔を浮かべている二乃の隣で、乃々華さんがそう言って微笑む。

 久しぶりにこの家へと訪問させてもらったが、今日はとても濃い一日だった。


「はい。また、お世話になると思います」


 だから俺はそう告げて、二乃に手を挙げながら此花家を後にしたのだった。



 □



 今日はとても良い一日でした。


 彼にクッキーを美味しいと言って貰えて、優しいところをまた見られて。


 ……趣味の話ができたり、身体をいっぱい、触ることができたり。


 適切な距離を保ってきた今までとは、想像のできない一日だったも思います。


 明後日からではありますが、学校でも彼と一緒に過ごしていきたいです。


 そして、必ず──かずくんと、結ばれてみせます。

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