第九話:Re:母と趣味 前編

一樹かずきくん、今日はお昼食べてく?」


 ──クッキーを食べ終えてなお二乃にのからのスキンシップで蹂躙じゅうりんされて続けていた時。


 突然、背後から先程も聞いた声で、俺の名前と共にそう尋ねられた。

 前述の通り、二乃から身体を寄せられ、手も繋がれているというこの状況で。


 ぎょっとして反射的に振り返ると、リビングの入口に乃々華ののかさんが立っていた。

 やはりと言うべきか、ニヤニヤと口角が上がりきった表情で。


「え〜っと……」

「ああ、心配しないで。私が用意しておくから、若いおふたりは気にせず楽しんでね♪」


 いや、俺としては、そうしている方がやりにくいんですけど……?

 心の中でそうツッコんで、俺はもう誤魔化ごまかすことを諦めた。


 ちなみに二乃はというと、俺に身体を寄せながら乃々華さんをじとっ、と睨んでいる。

 見慣れぬ表情だが、どうやら俺とは違って、最初から誤魔化すつもりはないらしい。


「……二乃も素直になったものよねえ」


 そんな彼女の様子を見て、乃々華さんは微笑ましそうにそう呟いた。

 よく分からないが……母親として、どうも思うところがあったのだろうか。


 ……まあ、確かに昨日から、二乃の様子は以前より変わっているようだった。


 俺は黙って受け入れているが、どうもやたらとスキンシップが増えてきた。

 それが素直とどう結んでくるのかは分からないが、二乃は二乃なりに心境の変化があったのかもしれない。


 ……ただ、何があろうともやっぱり二乃は15年と一緒に暮らしてきたあの二乃だ。

 なにがあろうとも、俺は今と同様に黙って受け入れるつもりである。


「……それで、結局お昼はどうするの?味はあまり、保証できないけれど」


 そんなことを考えていたら、乃々華さんが少し申し訳なさそうな顔で尋ねてきた。


 ……乃々華さんは『保証できない』と謙遜けんそんはしているが、彼女は昔から料理が上手だ。

 そこまで頻繁ひんぱんに食べたことはなくとも、その腕は一流だと脳内の思い出に残っている。


 それに、今日はまだ帰るつもりはない。俺の答えは、無論のこと決まっていた。


「食べていこうと思います。お願いします」



 □



「ごちそうさまでした」


 米粒一つ残っていない皿を前に、俺は感謝の気持ちを込めて手を合わせた。

 成長途中である高校生男児の腹は、しっかりと満たされている。


 この家の割にはフランクなものだが、乃々華さんは炒飯チャーハンを作ってくれた。

 ただ、やはり食感も良く、とても美味かったのは言うまでもない。


「お粗末さまでした。とはいっても、かなり簡単なものだけどね」


 また、そう謙遜する乃々華さん。二乃の父からは、自嘲癖によるもの、と聞いた。


「でも、とても美味しかったですよ。俺の食べっぷり、見てたでしょう?」


 だが、俺としては、こんなに美味な料理を作ってくれただけでもありがたいことだ。

 料理なんて全くできないし、尚更なおさら、な。


 そう思って乃々華さんに言うと、彼女は優しげな微笑みを浮かべてくれた。


「ありがとう。一樹くんにそう言って貰えると、とても励みになるわ」

「なら良かったです」


 少し大袈裟な気はしなくも無いが、気を取り直してくれたなら良い事だ。

 ふと隣を見れば、二乃も食べ終えた様子で背筋を伸ばしながら手を合わせていた。


 先程と違い、二乃はエプロンを外しており髪をまとめていたシュシュも取っていた。

 ちゃんとした私服ワンピース姿の二乃も、とても可愛らしい、と思える。


「あっ、お皿はシンクにだしといてね。あとで私が洗っておくから」

「えっ、でも……」


 料理を作ってくれたのだし、皿洗いくらいはしないと示しがつかない。

 そう思って俺は拒否しようとするのだが、乃々華さんは人差し指を立てた。


「わかってないわねえ。少しでも若いおふたりの時間をいちゃうのはダメでしょ?」


 ……ニヤニヤしてそう言われても、別に俺と二乃はそういう関係じゃないのにな。


 前述の通り、自嘲癖だからせめて娘には、という心境などがあるのだろうか?

 もしそうだったら、オタク気質な俺なんて全く釣り合わないだろうに……


 でも、これ以上押し通そうとして、また揶揄やゆされるのもたまったものではない。

 ならばここは、乃々華さんのお言葉に甘えさせて貰うのが正解だろう。


 そう思って二乃を見ると、どうやら彼女も同じ気持ちをだったらしい。

 お互い困ったような笑顔で頷きあいながら、俺たちは皿を持って立ち上がる。


「じゃあ、お願いします」

「は〜い♪」


 気分良さげにシンクへ向かう乃々華さんを尻目に、俺たちはソファの方へ戻っていく。

 その表情は、双方共に微笑んでいた。



 □ (此花二乃 視点)



 やっぱりあなたは誰隔だれへだてなく優しい。


 色々と余計なことをしている母ですが、関係なく自嘲癖なことを気遣ってくれる。


 昔いじめられっ子だったらしい母の過去を知らないはずなのに、うざがりもせず……


 思えば、年上、年下関係なく、小さい頃からあなたは優しかったですよね。


 無論のこと、それは異様な見た目のおかげで孤立していた私にだって。


 あなたと私が釣り合うとは、思えません。


 でも、私はあなた以外の相手がいるとも、微塵みじんも思えないのです。


 この想いが、どうか、どうかかずくんに届きますように……

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