第四話:Re:幼馴染と入学式 中編

 ──時間に余裕を持って家から出発したので、電車には無事に乗ることが出来た。

 しかし、通勤時間と被っているからか、乗客は多く席には座れそうにない。


 だから、俺と二乃にのは二人して立ちながら電車に揺られようとしたのだが……


「……近くね?」


 その二乃の距離が、なんだかやけに近い。

 特に満員でもなく、立つ場所には余裕があるはずなのだが、なのにも関わらず近い。


 最早体がくっついていそうな程で、というかむしろ先程からずっと手は握られたままだ。

 もう二乃の匂いで鼻腔びくうはいっぱいだし、長いこと手を握られているため温かさも良く感じてくる。


「………」


 しかし二乃は、俺のつぶやきを聞いて、首を傾げながら上目遣いで見上げてくる。

 案の定と言うべきか、透き通ったその瞳も心做こころなしか潤んでいるようだった。


「……いいよ」


 二回目なのに関わらず、即陥落した俺。

 情けないことこの上ないが、大人びた顔立ちのくせして可愛すぎる二乃が悪い。


 ……しかし、これまでそんな仕草は一切無かったのに、本当にどうしたのだろうか。

 ドキドキと心臓の音が響く中、俺は脳内でそんな事を考えて悶々もんもんとするのだった。



 □



──遅延も無く最寄り駅に到着し、俺と二乃は学校まで徒歩で目指すことにした。

 ただ、学校までは駅からそこまで離れてもいないためか、今も同じ制服の人をチラホラと見掛ける。


 そしてそのまま、これから俺たちが通う高校の正門が見えた時だ。


「……すごい視線だな」


 少しばかり居心地悪く感じながら、俺は思わずそう呟いた。

 何がって、これから同じ学校に通うであろう人達が、こちらを好奇の目でこれでもかと見てくるのだ。


 ……まあ、そんな目で見たくなる気持ちも分からなくはない。


 だって、二乃みたいな目立ちやすい超絶美少女が、いかにも陰キャな俺と手をつないで登校しているのだから。

 二乃のことを初めて見たことがなくても、この状況を見るとそうなるのは当然だ。


 ……本当に今更にはなるのだが、彼女はいつまで俺の手を握る気でいるのだろう。


「………?」


 しかし当の二乃はというと、俺の呟きに何故か首を傾げていた。

 ……中学生の頃から日常茶飯事だから慣れたのか、はたまた天然で無自覚なのか。


 まあ、二乃自身が気にしていないのなら、俺も気にしないでおこう。


 と、そんなことを考えていたら無事に学校へと到着することが出来た。

 見渡せば、一箇所だけ妙に人だかりが出来ているところがある。


「あそこがクラス表か。二乃、行こう」


 微かにそれらしいものが見えたのでそう解釈かいしゃくし、俺は二乃の手を握ってうながした。

 二乃は健気に頷く。ただ、その頬はどこかほんのりと赤い気がする。


 そんなことを考えつつも、俺たちは人だかりができたクラス表の方へと歩き出す。


 すると、人だかりができていたはずのクラス表前には、すっかりと人がいなくなってしまった。

 正しく言えば、その人だかりが俺たちの道を作るように左右へと別れたのだ。


 初めて当事者になって思ったのは、モーセが海を割るような印象である。


 ……そんな事はさておき、彼らの視線は、明らかに二乃の方へと向いている。

 その美貌びぼうさ故に普遍ふへんでないオーラを放つ二乃が原因なのは、言うまでもないだろう。


 改めて自覚した。俺がこんな幼馴染を持っているのが、奇跡的だということを。

 ……少しばかり遠目になりつつ、俺は彼らの気遣い?に甘えることにした。


 今年の新入生は約280人となっており、クラス表には8クラス35人に分けられていた。

 つまり言うと、二乃と同じクラスになる確率は12.5%……あまり高いとは言えない。


 ──しかし、我らが神様というのはイタズラ好きなものらしく……


「……!?二人とも3組だ!」


 3組の項目から【如月一樹きさらぎかずき】と【此花この二乃】両方の名前を見つけ、俺は思わず興奮した。

 二乃も俺の言葉で見つけたらしく、キラキラと輝いた目を俺と合わせてくる。


 出席番号を見た感じ席はそこまで近くは無いが、同じクラスになれただけでも幸運だ。

 余談だが、俺と二乃が同じクラスになれたのは小5以来と結構久々である。


 お陰でテンションが上がった俺と二乃は、手を繋いだまま指定された教室へと向かう。

 先程と違うのは、今度は俺の方も二乃と手を繋ぎたかったことだろう。



 □



 ──その後、なんの問題もなく入学式を終えて、俺たち35人は教室へと戻ってきた。


 登校時、教室にはまだ人は少なかったが、こう見てみるとほとんどが初対面だ。

 そのせいか、空気は少しばかり重い。


 しかし、担任と入学式前に名乗った女性教師が、教壇きょうだんに立って連絡事項を伝え始める。

 その口調は皆の緊張を解すように心掛けた様子で、ベテランだな、と思った。


 やがて連絡事項を全て伝え終えたらしく、教師はメモを仕舞ってチョークを持つ。

 そのチョークを後ろにある黒板に滑らせ、一つの四字熟語をデカデカと書き記す。


 ''自己紹介''


「みんなそれぞれのこと全く知らないと思うし、これから自己紹介しよっか」


 教師がそう宣言した途端、皆……男子の視線が、あからさま後ろへと向けられる。

 その方向はどう考えても二乃の席であり、彼女のことが知りたいのだな、と窓から三列目の先頭にいる俺は察した。


 ……今更だが、そういえば二乃って、どうやって自己紹介をするのだろうか。


 ふとそんなことを考えていたら、自己紹介は出席番号順に行われることとなった。

 紹介する項目としては、名前、出身中学、好きなもの、趣味と中々に多い。


「如月一樹、○△中から来ました。アニメ好きで、趣味は読書。よろしくお願いします」


 体感すぐに俺の出番となったため、緊張しながらも無難に正直に、自己紹介を済ます。

 この見た目からしてオタクだと丸わかりだろうし、あとは仲間が来るのを待とう。


 そう勝手に受け身体勢になって意気込んでいたら、二乃の出番が来た。


「………」


 立ち位置の教壇に立ったはいいが、声を出すことができないためそのままの状態だ。

 一向に自己紹介を始めない二乃に、クラスの皆は首を傾げている。


 さて先生……これからどうするんだ?


「……あ〜、そういえばそうだったね……どうしよっかな」


 今思い出したかのように、教師が頭を抑えながら唸り始める。

 さすがに声が出ない二乃の事情は聞いてはいたのだろう。


 しかし、忘れんなよ……折角ベテランだと思って好印象だったのに。


「………」

「……ん?」


 そんな教師に呆れていると、二乃がこちらを見てきていることに気がついた。

 首を傾げながら二乃と目を合わせると、彼女は何か何か言いたげな様子に見える。


 それが何を示すか理解した俺は、目を見開いて自分を指差した。

 二乃はこくり、と頷いて肯定する。


 ……まじか、この多人数の前でか。

 ……ただ、朝みたいになんやかんやで二乃の頼みを断れない俺は、立ち上がった。


「先生、彼女のこと、俺が紹介しますよ」



 □ (此花二乃 視点)



 やはりあなたはわかってくれる。


 何を伝えたいのかをわかってくれる。


 それを理解するたびに、私の心は温かくなって……


 ──更にあなたを好きになってしまうのですよ、かずくん。

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